年600組が殺到「映え写真」が撮れる式場
プレジデントオンライン / 2019年2月21日 9時15分
■県外顧客が85%を占める茨城県の式場
「映画のような挙式写真が撮れる」と全国からカップルが集まる撮影スタジオがある。茨城県ひたちなか市のスタジオ「リュクス」だ。現在は年間約600組がここで挙式写真を撮る。この手法の撮影を開始した2015年度に比べて、4年で5倍となった。
リュクスの写真は、従来の「正面撮り」とはまったく違う。最大の特長は「花嫁のドレスがなびく」「大時計の前に2人が抱き合う」といった作り込んだ構図だ。マーケティング用語でいう「ベネフィットシーン」(顧客満足のシーン)を体現化した手法といえる。
運営するのは株式会社長寿荘。茨城県内でホテルやレストランを展開する、地域では知られた会社だ。撮影スタジオは同社が運営するホテル「クリスタルパレス」の中にあり、隣接して「アクアヴィータ」というウェディングハウスを備える。
興味深いのは、茨城県以外の顧客が85%を占めること。なぜ、そんなに県外からのお客が多いのか。
「インターネットの普及で世界中の情報が目にできるようになり、ウェディング関連も商圏が変わりました。昔の挙式は地域で行うものでしたが、今は違います。おしゃれでロマンチックな挙式写真を探された結果、『リュクスがいい』と選ばれるようになりました」
写真スタジオの仕掛け人で、長寿荘社長の海野泰司氏はこう語る。
「特に、結婚を意識しはじめる20代や30代の女性は、かっこいい写真、かわいい写真をインスタグラムやツイッターなどで目にしており、自分でも積極的に発信します。一方、婚礼写真業界は撮影ポーズも昔のまま。ここにビジネスチャンスがあると思ったのです」(同)
■韓国では婚礼写真の工夫が先行していた
構想のきっかけは、韓国出張でのドタキャンだった。
10年ほど前、海野氏が韓国に行った際、予定がキャンセルとなり時間が空いた。そこで「最近はやっているものを見たい」と希望を出して紹介されたのが、ウエディングフォトのデジタル撮影だった。
「まだ日本の婚礼写真が、表情など瞬間的な撮影にこだわる時代に、韓国はデジタルの特長を生かした撮影技術を確立し、パソコンでレタッチ(画像修正)をしていました。日本のはるか先を行っており、その意識がずっと頭の片隅にあったのです」(海野氏)
だが同社は、最盛期には年間で1000組を超える挙式を行い、従来型の婚礼で成長した会社だ。しばらくは海野氏の構想として温める時期が続いた。その従来型挙式が徐々に減り、日本でも写真のデジタル化が進んできたことから、本格的な事業展開を始めた。現在、同社で扱う婚礼数は最盛期の約4割にまで減っている。撮影事業が下支えしなければ、同社の業績は厳しくなっていたはずだ。
■挙式費用を抑えたい客を狙うも、富裕層が集まった
海野氏は韓国からカメラマンの金時逸(キム・シイル)氏を招聘。金氏は1万組以上の撮影経験を持ち、独特の感性から一連の手法を確立した。現在は金氏をチーフカメラマンに、海野朱袈(あやか)氏など、3人の若手日本人女性も撮影を担う。
「事前調査では『結婚式をしなくても写真だけは残したい』という人も多かった。そこで、たとえば将来、自分の子どもが大きくなった時、『両親はこんな素敵な写真を撮っていたんだ』と思われる出来栄えをめざしました」(海野社長)
現在のリュクスの平均金額は約25万円。それなりの金額だが、挙式平均費用が約358万円(ゼクシィ調べ)に比べるとケタが違う。当初は挙式費用を抑えたい客を意識したが、予想が外れた。実際の客は富裕層が目立ち、会場には高級車で来る人も多いという。
■求められるのは「リアルさ」ではなく「素敵さ」
リュクスの写真には構図以外にも特徴がある。「画像加工ありき」で徹底的にレタッチを施すのだ。
「基本的に撮影は、話し合いながら自由に行います。お客さまの体型や顔つき、雰囲気、選んだドレスや衣装で、使用する背景、2人の立ち位置や目線、手の組み方などポーズが変わります。これはカメラマンの技術ですが、撮影後は画像加工を行います。金カメラマンも『フォトショップは第2の撮影』と話すほどです」(海野氏)
撮った画像に、色味や明るさ、光、肌の補正、痩身などの加工を施す。撮影相手に対して、製本前に加工データを提示して再調整を行う時もある。海野氏の次の言葉が印象的だった。
「お客さまが望むのは、リアルな写真ではなく、出来あがった素敵な写真です」
同じ土俵に上げるのは違うかもしれないが、たとえば免許証の写真は「残念な1枚」になることが多い。「いつまでも残る写真」への意識は、デジタル時代で高まった感がある。
■関西からの客もいるが茨城に滞在はしない
かつては「軽井沢の高原にある教会で挙式」など、撮影場所にこだわる人が多かった。失礼を承知でいえば、おしゃれなイメージのない茨城県という立地は、ハンディにならないのだろうか。
「昨年、リュクスには大分県を除く全国46都道府県から来られました。最も多いのは東京都ですが、2割は関西地方のお客さまです。特にインフルエンサ―のような、流行に敏感な人に支持されていると感じます。森を意識したウェディングハウスも、教会を備えた撮影スタジオも、国内ではなかなかありません。ただし、茨城に滞在される方は多くない。目立つのは『撮影の後は、東京ディズニーリゾートに行く』というお客さまですね」(海野氏)
客単価を上げるには、隣接するホテルで食事会を開いてほしいところ。同社もセットプランを訴求しているが、そうした「ワンストップ」の消費を促すにはまだ課題がある。一方で、カップルたちは「茨城にあるスタジオ」はほとんど意識せず、「特別な写真が撮れる場所」として、行動プランに組み込んでいるようだ。
■様変わりした「結婚式の中身」
こうした美的撮影が人気となったのも、世の中や消費者意識の変化が大きい。結婚式は両家が主催するよりも、カップルの意思が尊重されるようになり、仲人を立てるケースは激減した。ホテルや専門式場、神社で結婚式を挙げる人は減り、「レストランウェディング」に代表される、仲間と楽しむような業態が成長した。客層も大きく変わった。
「昔の挙式は、日本人同士・お互いに初婚が当たり前でした。それが平成時代から離婚が珍しくなくなり、現在は、どちらかが再婚・どちらも再婚が4分の1を占め、外国人の方も増えました」(ホテル関係者)
2017年1月に厚生労働省が発表した「婚姻に関する統計」データもそれを裏づける。
■大半の人が結婚にまつわる「セレモニー」は行う
そもそも結婚式自体を行わないカップルもいるが、「結婚総合意識調査2018」(リクルートブライダル総研調べ)では、結婚を機としたセレモニーを行った人は「85.6%」だった。その中身は「披露宴・披露パーティー55.7%、親族中心の食事会17.0%、挙式9.2%、写真撮影3.6%」となっている。写真撮影はまだ小さいが、リュクスは「不満あるところにビジネスあり」を地で行くケースといえよう。
■「遠方の客をどう取り込むか」は課題
リュクスの撮影事業にも課題はある。ひとつは納期の長さだ。開始時は撮影からアルバム納品まで約4カ月かかった。現在は約2カ月に短縮されたが「目標は1カ月半」(海野氏)という。納得するまで顧客とすり合わせるので、それ以上の短縮は難しそうだ。
ちなみに、お客が申し込みに至るまでのやりとりはメールが主体で、電話を加えた成約率が全体の9割を占める。首都圏や隣接する南東北ならともかく、ほかの地域からでは茨城県は遠いので、「現地を視察してから撮影」とはいかない。それも今後の課題だという。
「撮影を希望されても、茨城県までの距離の遠さであきらめる方が一定層おられます。有望市場の近くに拠点を設けるなど、『出向く』ことも考えています」(海野氏)
人気となり、ビジネスモデルを模倣する競合も出てきたが、「当社は結婚式を数多く行ってきた知見がある」と海野氏は自信を示す。現在、申し込み客の2割弱は「既存客からの紹介」で比率は年々上がってきた。美的写真の市場は、さらに勢いを増しそうだ。
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経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)
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