"世界一の女性脳外科医"が欠かさない日課

プレジデントオンライン / 2019年2月20日 9時15分

脳神経外科医の加藤庸子氏(写真提供=毎日放送)

女性脳外科医では世界一と言われる手術数を誇る医師・加藤庸子氏は、66歳の現在も週3回の手術をこなし、年間20カ国で技術指導をしている。一方、病院では、散らかったゴミを片付け、患者たちとのラジオ体操を欠かさない。「医学史上最高の女性医師の一人」と言われる加藤氏の仕事風景に密着した――。

■くも膜下出血を防ぐ「クリッピング術」のスペシャリスト

毎年10万人を超える人が命を落とす脳卒中。特に死亡率が高いのが「くも膜下出血」だ。愛知県の藤田医科大学ばんたね病院の脳神経外科医、加藤庸子は、くも膜下出血の原因となる、脳の血管にできた“こぶ”を特殊なクリップで挟み、破裂を未然に防ぐ「クリッピング術」のスペシャリストとして世界的に注目されている。

2006年に大学病院の脳神経外科において日本初の女性教授となり、2012年には日本脳神経外科学会で初の女性理事に選出。66歳の現在も週3回以上の手術をこなしながら、後進の育成にも力を注いでいる。1月20日放送のドキュメンタリー番組「情熱大陸」では、体力的にも精神的にも過酷な脳外科の世界で、患者の信頼を勝ち得てきた敏腕女性医師の生き方に迫った。

■患者たちとのラジオ体操を欠かさない

ユーモアもあれば、辛辣さも併せ持つ加藤。この日、手術前に突然話しかけた相手は、研修医だった。

【加藤】「あなたは不正入学してない?」

【研修医】「してないです(笑)」

【加藤】「女の方が頭がいいからまともにやったら8割女になっちゃうよね。でも良い医者になるかどうかはまた別の話なんだよね。難しいところだけど……」

医師たちの控室では散らかったゴミを片付けて回る(写真提供=毎日放送)

まるで母親のようであり教育者のようでもある。医師たちの控室では散らかったごみを片付けて回り、患者たちとは毎日ラジオ体操を欠かさない。いつからか加藤は「ゴッドマザー」と呼ばれていた。

これまでに手掛けた手術は約3000例。女性の脳神経外科医として世界一の実績だ。アジア脳神経外科学会会長や世界脳神経外科連盟役員を歴任。海外での評価も高く、この道の世界的権威として他ならない存在だ。

【世界脳神経外科連盟 マジド・サミイ元会長】「彼女は医学史上最高の女性医師の1人ですよ」

■おもむろに取り出した「中性脂肪」のパンフレット

不安げだった患者に笑みがこぼれた(写真提供=毎日放送)

大学病院に勤めて40年。加藤のもとには、評判を聞きつけた患者が全国から訪れる。この日、青森県からやってきたのは患者の鈴木孝子さん。二人の子供を持つ母親でもある。彼女の左目奥の脳の血管には、大小2つのコブがあった。大きい方は4mmの脳動脈瘤。いつ破裂しても、おかしくない状態と知り鈴木さんは表情を曇らせる。

すると加藤はおもむろに「中性脂肪」のパンフレットを手に取り、傍らに付き添う夫の腹を見ながら、こう話しかけた。

【加藤】「中性脂肪どうですか、お父さん。次はあなたですね」

【鈴木さん】「本当に! あはははは」

不安げだった鈴木さんに笑みがこぼれ、診察室は一気にリラックスムードに変わった。加藤の治療はもう始まっているのだ。

■1mmに満たない血管を動脈瘤から剝がす

鈴木さんの手術がスタートした。髪の生え際を切開し、4cm四方の穴から目の奥にある動脈瘤を目指す。

【加藤】「ハサミちょうだい」

器具を医師に渡す「器械出し」をする看護師の手がおぼつかない。

【加藤】「慌てなくていいから、ゆっくりやって……ちょっと怖いんだけど。慌てると危ないわ」

加藤は容赦なく器械出しの看護師を交代させた。全ては患者のため。そこに迷いは一切ない。

予想通り大小2つのコブを確認したものの、新たな問題が見つかった。大きい方のコブに別の血管が癒着していたのだ。その血管を一緒にクリップすると血流が止まり、何らかの障害が生まれる可能性がある。1mmに満たない細さの血管を、動脈瘤から少しずつ慎重に剝がしていった。

患部の状況によって使い分けるため、加藤は130種類を超えるチタン製のクリップを用意している。軽くて硬くさびないチタンは、体内に残したままにできるのが特徴だ。コブが破裂しないように、ゆっくり慎重にクリップを閉じていき……手術成功だ。

手術から1週間。鈴木さんは穏やかな表情で、青森で帰りを待ちわびる子供たちのもとに帰っていった。

■「辞めないこと、諦めないことが大事ですよ」

92歳の母親と愛犬レディーと暮らす(写真提供=毎日放送)

現在加藤は、92歳になる母親と愛犬レディーと暮らしている。

【加藤】「性格がキツイところが(母と)似てる。(私は)お嫁にもいってなくてどうしようもないよな(笑)」

母は大学の先生で父は開業医。その背中を見て医者を志した。「健康そうだから」と、脳神経外科を勧められた。理屈はよくわからなかったが、手先が器用な加藤に、緻密さを必要とするこの仕事は向いていた。しかし、当時は女性の脳神経外科医がほとんどおらず、逆風は強かった。

【加藤】「女性のあなたには手術をしてほしくないと言われたこともある。でも辞めないこと、諦めない事が大事ですよ」

自らの経験を教訓に、女性医師が結婚や出産後も仕事を続けられる環境を整えようと、日本脳神経外科女医会の発足などにも尽力している。激務のかたわら、後進の育成にも精力的に動き回る姿は若い女医や看護師たちにとっての鑑でもある。

【岡山大学病院総合内科 片山仁美医師】「すごい励みになるし、背中を押してくれる存在です」

■毎年20カ国で講義をしている

「加藤の手術を直接見て学ぶことに勝る勉強はない」と言われる(写真提供=毎日放送)

2018年冬、加藤はウズベキスタンの病院に招かれた。現地では若い医師への講義に加えて、実際に脳動脈瘤の患者の手術をする予定が組まれていた。こうした講義を毎年20カ国で行っている。脳神経外科の分野において、「加藤の手術を直接見て学ぶことに勝る勉強はない」と言われているからだ。

手術の模様は、院内に中継される。現地の医療スタッフは、その一挙手一投足を見逃すまいと必死でモニターを見つめていた。

【加藤】「みなさん見えました? クリップ用意して」

患者は、数カ月前に一度くも膜下出血を起こしており、現在も2mmを超える脳動脈瘤がある危険な状態だ。少しの刺激で破裂する恐れがあり、決して簡単ではない手術だった。だが、手術を終え「バンザイ。紅茶飲もうか」と手をあげる加藤からは、余裕すら感じられた。

こうした途上国への支援のほとんどを、加藤は手弁当で行っている。

日本に帰国すると、今度はかつての患者たちが待ち構えていた。加藤に命を救われた人たちが、定期的に慰労会を開いているのだ。

【患者】「先生ありがとうございます。命を助けていただきました」

【加藤】「ちょっと大げさです」

なかには、涙ながらに感謝の気持ちを述べる人も。だがここでも加藤は気を回し、「ネギとかどうですか? 食べなきゃ」などとユーモアを交えながら患者をいたわる。そんな一面も、ゴッドマザーと呼ばれるゆえんなのだろう。

そして今日も、加藤は誰かの命を救っている。その後ろ姿から、スーパードクターの雰囲気など感じさせることなく……。

「情熱大陸」はスポーツ・芸能・文化・医療などジャンルを問わず各分野で第一線を走る人物に密着したドキュメンタリー番組。MBS/TBS系で毎週日曜よる11時放送。MBS動画イズムで無料見逃し配信中。過去の放送はこちら。https://dizm.mbs.jp/title/?program=jounetsu

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加藤 庸子(かとう・ようこ)
脳神経外科医
1952年愛知県生まれ。1978年愛知医科大学医学部卒業。2006年藤田保健衛生大学医学部 脳神経外科で日本初の女性教授となり、2012年には日本脳神経外科学会で初の女性理事に選出。自らの経験を教訓に女性医師が結婚や出産後も仕事を続けられる環境をと日本脳神経外科女医会の発足などにも尽力し、現在も週三回以上の手術をこなしながら後進の育成にも力を注いでいる。2014年に藤田保健衛生大学坂文種報徳會病院に勤務地を移し、脳血管障害を中心とした部門である脳血管・ストロークセンターを設立しセンター長を務める。2016年藤田医科大学ばんたね病院院長補佐、現在に至る。

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(「情熱大陸」(毎日放送) 写真提供=毎日放送)

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