マッキンゼーが"哲学者"を在籍させる理由
プレジデントオンライン / 2019年2月21日 9時15分
いまビジネスの世界では、「STEM(科学・技術・工学・数学)」や「ビッグデータ」など理系の知識や人材がもてはやされている。しかし、『センスメイキング』(プレジデント社)の著者クリスチャン・マスビアウは、「STEMは万能ではない」と訴える。
興味深いデータがある。全米で中途採用の高年収者(上位10%)の出身大学を人数別に並べたところ、1位から10位までを教養学部系に強い大学が占めたのだ(11位がMITだった)。一方、新卒入社の給与中央値では理系に強いMITとカリフォルニア工科大学がトップだった。つまり新卒での平均値は理系が高いが、その後、突出した高収入を得る人は文系であることが多いのだ。
『センスメイキング』の主張は「STEM<人文科学」である。今回、本書の内容について識者に意見を求めた。本書の主張は正しいのか。ぜひその目で確かめていただきたい。
第1回:いまだに"役に立つ"を目指す日本企業の愚(山口 周)
第2回:奴隷は科学技術、支配者は人文科学を学ぶ(山口 周)
第3回:最強の投資家は寝つきの悪さで相場を知る(勝見 明)
第4回:日本企業が"リサーチ"より優先すべきこと(高岡 浩三)
第5回:キットカット抹茶味がドンキで売れる理由(高岡 浩三)
第6回:博報堂マンが見つけた"出世より大切な事"(川下 和彦)
第7回:イキった会社員は動物園のサルに過ぎない(川下 和彦)
第8回:マッキンゼーが"哲学者"を在籍させる理由(竹村 詠美)
■専門家を集めて、多様な視点から結論を導く
ビジネスを円滑に進めるためには、相手の立場や考えを理解し柔軟に対応するセンスが求められます。
私は1997年、ペンシルバニア大学ウォートンスクールを卒業して、アメリカのコンサルティング会社「マッキンゼー・アンド・カンパニー」ニュージャージー支社に入社しました。そのとき同僚の専門性があまりに幅広いことに驚かされました。
マッキンゼーはコンサルティング会社ですが、医学や物理学、哲学などのPh.D.(博士水準の学位)が在籍していたのです。社内にそれだけ多様な人材がいると、ひとつの問題に対して複数の視点を持てるようになります。
専門性がバラバラだと議論がまとまらないように思われるかもしれませんが、マッキンゼーでは議論を整理するためのフレームワークを使っていたため、議論の幅を広げながら、建設的な結論を導き出すこともできていました。
最近はマッキンゼーに限らず、世界的な傾向として多様性に注目が集まっているように感じます。ダブルディグリープログラムを受け、たとえば「哲学」と「コンピューターサイエンス」など分野をまたがった専門性を持つ人も少なくありません。
■テクノロジーだけでは限界がある
こうした傾向は、テクノロジーだけを学ぶことに限界が見えてきたことによる影響もあるのではないでしょうか。テクノロジーは問題解決のために不可欠なものですが、そもそもの前提となる問題設定を間違えてしまうと意味を失ってしまうと私は考えます。
「センスメイキング」を読むと、自動車大手のフォードが投資を続けてきたレーンアシスト(車線逸脱警報・車線維持支援)機能を取り上げて、「車線が明確に引かれていない中国のドライバーにとっては無意味」といった記述がありますが、こういった問題は、世界中で起きているものです。
グローバル化が進んだ現代は、多くの商品について、「作られる場所」と「消費される場所」の距離が開いており、国をまたぐことも珍しくありません。そうすると、文化的な背景の違う人に向けて商品やサービスを開発するわけですから、技術だけではなく、使う人に思いを馳せる力も求められるはずです。
私が仲間と一緒に創業したPeatixも、日本だけでなく東南アジアにも展開していますが、シェアを広げるまでの過程で、現地に身を置き、そこに暮らす人のことを知る重要性を実感しました。
■“思い立ったらすぐ行動”のシンガポール人
Peatixは、グループ・イベントの管理や、チケット販売、集客を行えるウェブサービスとして日本では認知が広がっていますが、日本の実績を示したところで、東南アジアの人に受け入れられるわけではありません。やはり、現地の人がどのような文脈でイベントを開くかを知り、その気持ちに寄り添う必要があるのです。
私はシンガポールに3年ほど滞在し、イベントのお手伝いなどを続けたなかで、日本との違いが見えてきました。ひとつ例を挙げると、イベントを“早く派手に”行いたいという国民性でした。
日本の場合、心をこめて準備して少人数でイベントを開く人が多いのですが、シンガポールでは、思い立ったらすぐに行動し、おしゃれなスポットで有名人を呼んだりして派手なイベントをする人が多い。ただ、バブル時代の日本とも違い、収益を孤児の施設に寄付するなど、ソーシャルへの意識も強く、ミレニアム世代の価値観を感じさせます。
このような彼らの心を理解したうえで、そこに“はまる”サービスとしてPeatixを見せるように意識したことで、シンガポールにおけるPeatixの利用者は増えていきました。
■“波風を立たせない”人間を評価しない米国
これまで、私はマッキンゼーのほか、Amazonやディズニーといったグローバル企業に勤め、仲間とともにPeatixを創業したのち、21世紀教育分野を中心に活動しています。こうした仕事では異文化の人たちの気持ちを理解するセンスが大切です。
私の場合、そうしたセンスを20歳になって経験したアメリカ留学で得ることができたと思います。アメリカに身を置くと、文化や生活スタイルが日本と大きく違うことに驚きました。それまでもテレビなどを通じてアメリカの文化に触れてはいたのですが、やはり現地で生活すると解像度が高くなります。たとえば生活に根付いたキリスト教の影響から、施しの文化が根付いていることなど、さまざまな日本との違いが見えてきました。
また、日本で過ごしていると、波風を立たせない、いわゆる“最大公約数”的な人が評価されがちですが、アメリカでは真逆ということも知りました。自分の強みをアピールできない人は評価されませんから、自分と相手の円が重ならない部分に目を向けなくてはなりません。
こうした経験のおかげで、私はコミュニケーションをする相手との違いをネガティブに捉えるのではなく、むしろ違っていることを前提として、お互いを理解し合おうというスタンスを取れるようになりました。
■コンサルの仕事を“魔術師”のように感じた
つまり、互いの違いに対する“センサー”をはたらかせられるようになったのですが、これはグローバルにビジネスをするうえでは、非常に重要な能力だと考えています。
「センスメイキング」には、無味乾燥な事実を並べた「薄いデータ」ではなく、事実の文脈までをとらえる「厚いデータ」にこそ価値があるといった記述がありました。私が学生時代にアメリカで得た厚いデータは、今でもビジネスや日常生活で活きていると思います。
自分なりのセンサーをはたらかせることは、私のキャリアの変遷にもつながっていると思います。
アメリカの大学院を卒業後、マッキンゼーに入社したのですが、ここでコンサルティングという仕事を選んだのは、マッキンゼーの先輩でもある大前研一さんの著書に影響を受けたことも理由に挙げられます。
仕事を通じて社会に大きなインパクトを与えたいと考えていた私は、コンサルタントの仕事ならそれができると思いました。また、世の中の複雑な事象を数字で的確にとらえて、単純明快な解を出すという仕事がまるで魔術師のように感じられ、自分もそうした力を身につけたいという気持ちもあったと思います。
■コンサルからIT業界に飛び込んだ
ただ、結果として私はマッキンゼーを退職し、1999年にIT企業のエキサイトに転職しました。それまでの約5年間はコンサルタントを続けてきましたから、異業種に参入した形です。
当時まだ不確実性の高いIT業界に飛び込んだきっかけは、コンサルタント時代に業務に取り入られはじめてきた“e-mail”の登場にありました。当時はまだ一般的に「何の役に立つの?」という評価でしたが、私は「世界中にメッセージを送ることができる技術」に大きな可能性を感じ、次第に「インターネットで何かを行いたい」と思うようになっていました。
このように、直感的にIT業界に飛び込んだことは、結果として今のキャリアにつながっていますし、最近はますます自分の直感を信じて行動できるようになってきましたが、若い頃は自分の直感を信じきれず失敗した経験もあります。
たとえば、エキサイトに勤めていた頃です。当時、私はネットオークション事業に新規参入するプロジェクトを任されていたのですが、このとき、「厳しいだろう」という頭のどこかで直感していました。
しかし、当時の状況を論理的に考えれば、新規参入することは決しておかしなことではありません。Eコマースが伸びていくことは明らかであり、競合もそこまで強くない状況でしたから。
■「外注」に違和感
ただ、私が違和感を覚えたのは、オークションのシステムを“外注”していたことにありました。ビジネスの心臓とも言えるシステムを外部に任せてもいいのだろうか、と思ったのです。
とはいえ、私自身はシステム開発の経験はありませんし、コンサルタント時代の経験からロジックで説明できない状態で意見することに抵抗がありましたので、気持ちを切り替えてネットオークション事業に力を注ぐことにしたのです。
しかし、結果として私たちは競合に勝つことができませんでした。そのため、当時の自分の直感をもっと大事にしておけば違う結果につながっていたのではないか、という気持ちが今でもあります。
「センスメイキング」によると、物事を推論するときには先入観を持たずに事実を広く見て、ひらめいた仮説的な連想から考える「アブダクション」というアプローチが有効とのことです。未知の領域にチャレンジするときは、論理的思考よりも、自らのひらめきを信じたほうがいいのかもしれません。
■“儲からない”チケット販売に挑戦できた理由
Peatixは、2011年に前身となるOrinocoによってスタートしたサービスですが、実はビジネスモデルとしては決して大きな利益を見込めるものではありませんでした。
というのも、従来のチケットビジネスは、東京ドームのコンサートのように大規模な人数を集客できるからこそ数%の手数料でもマネタイズできるモデルであり、30人程度の小規模なイベントの主催者をメインターゲットとするPeatixは薄利多売にならざるをえない状況だったからです。
しかし、私を含めPeatixの創業メンバーは、サービスが世の中に広がっていくイメージを持っていました。Peatixを利用する人が増えコミュニティ化していけば、メディアとしての価値も生まれてくるのではないか、と。
そうした予感のとおり、Peatixは創業7年目に入った現在、会員数が350万人を超え、月間6500件のイベントが常に掲載されるまでになりました。このおかげでPeatixの広告主収入も得られるようになり、手数料収入と広告収入が逆転しつつあります。
センスを育て、自らの直感を信じて行動することができると、先行者利益を得ることができます。周りの人たちがロジックにとらわれて動けない、その隙に現場に飛び込み行動すれば、ビジネスの勝利に近づくことができるはずです。
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一般社団法人 FutureEdu 代表理事、Peatix.com 共同創設者
アマゾン、ディスニーなどの日本経営メンバーとして、サービスの事業企画や立ち上げ、マーケティング、カスタマーサポートなど幅広い業務に携わる。2011年に立ち上げた「Peatix.com」は現在27カ国、350万人以上のユーザーをもつ。現在は教育を中心に幅広く活動中。Most Likely to Succeed 日本アンバサダー、Peatix Inc. 相談役、総務省情報通信審議会委員なども務める。
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(一般社団法人 FutureEdu 代表理事、Peatix.com 共同創設者 竹村 詠美 構成=小林 義崇 撮影=原 貴彦)
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