イオンの人事は"3年後の店長"から考える
プレジデントオンライン / 2019年2月25日 9時15分
■「3年後の人名入りの組織図」を書く
組織は人間がつくるものである。言い換えれば、組織は人の構成によって初めて完成し、機能するものである。
イオングループは、毎年3月・9月が人事異動の時期であった。
その前に人事異動方針案を小嶋に提出をするのだが、小嶋はほとんど朱を入れることない。私たちは次の作業である「○○年度組織図」を空白のまま、経営企画室とともに作成することになる。その案を見せても、なんとも返答はない。
そこで、小嶋はOKなのだと思い次の段階に進もうとすると、突然「この組織図に人名を入れなさい!」と指示が来る。そして、組織図に人名を入れて持っていくと、今度は「3年後の人名入りの組織図を書いて持って来い」という。
ここからの業務が大変である。
3年後の全社の規模を見込んで、目標組織図を書き、新たな職位、職務を想定しながら、人名を入れるのである。「空白」部分がないよう、能力開発部長と一緒に、企業内専門職育成期間である「ジャスコ大学」の修了者名簿を見ながら、昇格・解職を想定して編制することになる。それでも空白が埋まらない職位はそのままにして小嶋に提出をする。
すると小嶋は3年後の目標組織図と今回の人事組織図を見比べながら、個人個人の異動の趣旨・目的、各部署からの異動に対する要望、自己申告書の希望などの説明を聞き、ひとつ一つ検討していった。
どうしても組織にはめ込むことができない人物が存在する場合には別途検討をしていく。埋まらない職位は採用部へ中間採用またはスカウトの指示をし、欠落する職位については、能力開発部へ育成の指示をすることになる。
■組織人事は「薬と薬の調合」に似ている
これが毎年2回の人事異動の業務である。
なかにはいわゆる「玉突き人事」で、いい加減に「エイヤ!」と人物名を入れたりする。すると、小嶋はすぐに「これはなんや!」と言って見つけてしまう。まったく油断も隙もない。
「どのような効果をねらって、どのような組み合わせにするかは、薬と薬の調合に似ている。毒も調合の仕方によっては薬剤としての効果を生むといったことが多い」
組織は人間と仕事の組み合わせである。会社を大きく見せるための「枠」として兼任社員を増やすのでは全く意味がない。また、流行り廃りの職位やトップの思い付きや好き嫌いであってもならない。
「構成員が120%能力を発揮させる」、「長所を生かす」という原則をしっかりとしたうえで、組織の運用に適切な人材を配し、全力を傾注する。そうでなければ、組織はまったく意味をなさないとさえ言える。
■「空白地帯」を前提にしないと管理不能になる
組織が有効に機能するうえでの注意事項はいろいろあるが、そのひとつに組織には管理限界(スパン・オブ・コントロール)があるということがいえる。それを前提に考慮しておかないと、そこが落とし穴になることがある。
かつて、MTP(管理者訓練計画)では、「管理限界」という用語があり、監理者が部下を管理する人数は6人から9人が限界だと言われた。が、今日の環境下では、単なる部下の人数ではなく、もっと広く捉える必要がある。
今日の管理限界とは管理と管理のはざま(空白地帯)とも言える。時間・距離・国・習慣・宗教・人種・広さ・特殊な知識・特殊な技術・文化・歴史・言語などなど、ますます国際化、多様性が進んだ会社組織では、こういった空白地帯を前提にしないといわゆる「壁」ができ、管理不能要因となる。
■「人事は掃除屋でもある」
また、過度なトップダウン、極度のコストカット、特殊な部署、過度な分業、長いベテラン担当者や過度の異動、従業員のモラル低下、士気低下なども広義の管理不能要因となりうる。そこには縦横なコミュニケーションがなく、腐敗・不正・事なかれ主義の温床となる。
その結果、組織生命が絶たれるような事件がおきることは昨今の企業不祥事をみてもわかることである。組織編制にはそのことをあらかじめ予見して、牽制制度(チェック機能)を組み込んでおく必要がある。もしくは、監査機能の強化を行う。
小嶋は、清潔を望む心、腐敗を忌み嫌う心を大切にしたいという。
「人事は掃除屋でもある」という。
この言葉は組織や人間の負の部分を知り尽くした者しか言えない言葉である。「光と陰のいずれの部分に対しても、方針を明らかにし、具体的な運用をすることで企業の良き風土がつくられるのである」
■新入社員教育で「就業規則」を読む理由
では、組織としての行動規範はどう教えるべきか。
ジャスコでは就業規則を組織運営のツールとして使っていた。そう言うと一様に驚かれる。「就業規則というと労働基準法で定められたあのことですか?」というようにである。それも新入社員教育の教材として全員に配布するのである。
「私は就業規則を労基法の絶対記載事項だけではなく、むしろ組織運用の一環として捉えている。したがって新入社員教育にはこの就業規則教育が重要と考えている」
なぜなら、就業規則は会社と従業員との契約である。したがって組織人としての行動規範、すべきこと、してはならないこと、心がけなければならない約束事がここにある。だから新入社員教育の際に就業規則を徹底して学び、この遵守を社員に求めるのである。
例えば、命令系統の統一というような項目がある。そこには、「あなたを命令する人はただ一人であり、他人からの命令や指示は、助言提案と理解しなさい」とある。
これは従業員を動かすための「ハード」である。そして、この「ハード」を知ることで、個人の行動を規制誘導すること、即ち「ソフト」を動かすことができるのである。
■従業員の意識を変えるなら「ルール」を変えればよい
「企業の社会的意義とか倫理といった抽象的なものでも、これをきちんと行動レベルで実現していくには、それに関わる制度を確立しなくてはならない。制度として具体的な方法を明示し、手続きとルールが明文化されて初めて行動に結びつくのである」
組織運営上には、数々の制度やルールが存在し、会社の風土を醸成している。業界には業界としての暗黙のルールもあり、会社にはその会社の独自のルールが存在する。この制度やルールが、従業員の意識や行動をつくっていくのであるが、それが明文化されていなければ、行動には結びつかない。
一方で、従業員の意識や行動を変えたいなら、制度やルールを変え、明文化し、それを教え、遵守させればよいということだ。
制度やルールは保守的順守的性格を有しながら、時に応じて変えていく必要がある。でないと時代遅れになり、ルールは守りましたが、会社はダメになりましたということになる。
この保守と革新の要素を合わせもつ巧妙な設計が必要なのである。変化を予見して先手を打っていく。組織が有効に機能するためには、後追いの法律とは全く異なった手法の厳しさが必要なのである。
■優秀な上司が陥る“マネジメントの罠”
かつてこんなことがあった。
合併した後に人事交流で旧オカダヤ地域に来た、他の会社出身の人事部長がいた。優れた人物だったが、反発が起こり、人事業務の滞ることがしばしばあった
その人事部長は悩んだ末に、「私のどこがいけないんでしょう?」と、部下である私にその原因を尋ねてきた。
私はこのように答えた。
「あなたの仕事の姿勢については何ら問題がないと思います。ただ、あなたの出す指示書は細かすぎる。相手は店長なのだから、幼稚園児に出すような、事細かく具体的な動作にまで及ぶ指示書は受け付けないと思います。前の地域ではそうであったとしても、この地域では店長は一国一城の主としてある種の“包括委任”で育っています。これを改めない限り、せっかくのあなたの能力も発揮できませんよ」
■組織と制度の運用は「人間の問題」
小嶋は常々、「精神や目的・原則は変えないままであっても、相手によっては柔軟に対応していかないと人は動かんわな。規則があれば事足りるというようなことは組織運営においてほとんどない。つまるところ人間対人間の世界だし」ということを言った。
小嶋の人事手法は一見制度主義者に映る面がある。
しかし、最終的には、それを運用する人次第だということをよくわかっている。制度を重要視することはもちろんのことではあるが、その運用については、組織と個人、人と人、人と仕事の組み合わせというように「人」が軸である。
運用者の識見・力量によって、組織運用の効果は大きく変わってくるのだ。
その後、その人事部長は転勤となったが、数年後、再び私と上司部下の関係になった。小嶋は上司である彼と部下である私の二人を称して「細かいO君、粗いT君(東海=私のこと)」と呼び、からかった。
組織と制度の運用の仕方は、つまるところ「人間の問題」なのである。
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東和コンサルティング代表
三重県生まれ。岡田屋(現イオン株式会社)にて人事教育を中心に総務・営業・店舗開発・新規事業・経営監査などを経て、創業者小嶋千鶴子氏の私設美術館の設立にかかわる。美術館の運営責任者として数々の企画展をプロデュース、後に公益財団法人岡田文化財団の事務局長を務める。その後独立して現在、株式会社東和コンサルティングの代表取締役、公益法人・一般企業のマネジメントと人と組織を中心にコンサル活動をしている。
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(東和コンサルティング代表 東海 友和 写真=プレジデント社書籍編集部)
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