日本人がカモに「タイの投資詐欺」全手口
プレジデントオンライン / 2019年2月18日 9時15分
■タイで起業して大成功したという日本人
海外で日本人が日本人を騙す。しかも、時に1人あたり数千万円という悪質な投資詐欺が、タイをはじめとした東南アジアで横行している。タイ・パタヤの日本人会の事務局長を務めている筆者は、これまでそうした詐欺にあった日本人の方々の被害相談を多数受けてきた。そこで得た話には、登場人物や被害者を呼び込む手法などで多くの共通点がある。
その典型的な手口は、たとえばこんな具合だ。少し長くなるが、相談者の1人、Aさん(40代男性)が語ったその経緯をみてみよう。
その投資セミナーがあったのは2012年の初夏のこと。当時脱サラを考えていたAさんが、タイで起業して大成功している日本人の話を聞けるセミナーがあると知った。
そのセミナーは、平日の夕方、東京都心のオフィス街のビルの会議室で開かれた。日本でも飲食店の経験が豊富で、実際にタイで飲食店投資をして大儲けしていると自称する50代くらいの日本人男性(仮にG氏とする)が、その場に赴いたAさんを含む40人程度の聴衆に熱心に語りかけたという。
「G氏が言うには、『日本の市場は、将来の成長見通しがとても暗い。でもタイはアジアの中心として、成長の真っただ中。しかもタイでは、日本ブランドは憧れの的なんです』。中でも、驚くべき高い利回りを得られるのは日本料理店だというんです。現地では、日本人経営でサービスの行き届いた高級日本料理店は羨望の的で、『日本食の人気にあやかってタイ人が経営する偽物の日本料理店は多いけれど、日本人が経営するきちんとした店は、それらとは一線を画します』と」(Aさん)
■バンコクの日本料理店への“視察旅行”
要は、日本人経営の日本料理店への投資がイチオシというわけだ。そして、「タイの人にとって、高級な日本料理を食べることは大変なステータス。日本のバブル期に高級店で高い料理ばかりが売れたのと同様に、タイの日本料理店では今、値段を高くすればするほど、飛ぶように売れていくのです!」と畳み掛けてきた。
G氏は「運営にかかるコスト面を見ても、人件費や家賃などは日本の相場の約3分の1。それなのに客単価がこんなに高い。そうすると、見てください、こんなに儲かるんです!」と、会議室のスクリーンに自らの店舗の収益と称するデータを示したという。
「そこには、投資はおよそ1年で回収、2年目には利益のすべてが懐に入るというバンコクの店舗の数値が“実績例”として書いてありました。そしてG氏は、『百聞は一見に如かず』と、タイ・バンコクで自ら経営する日本料理店への“視察旅行”に勧誘しました」(Aさん)
セミナー参加者の約半分がその旅行に同行。その中には、現地駐在員の経験もあってタイに愛着を抱いていたAさんも含まれていた。
■「最高の場所をバンコクで確保できたので、投資をしませんか?」
「G氏には、バンコクの中心部にある店まで連れていかれました。店の駐車場にはベンツやBMWなどの高級車が並んでいて、高級店だなとすぐにわかりました。店に入ると、店員たちがG氏に丁寧にあいさつしていました」(同)
「詐欺話だったら、こうして実際にお店を見せる事はできませんよ!」――G氏は胸を張ったという。
「出された料理は、日本の都心の中級以上の店と比べても遜色無いほどの味や盛り付け。これには受講者も皆、感心していました。周りのテーブルを見ると、確かに非常に値段の高い料理が多数注文されていました」(Aさん)
“視察”の後、G氏は「ここに来てくれた皆さまだけに提供する、特別なお話があります」と切り出した。「こうしたお店を新しく出店できる最高の場所をバンコクで確保できたので、そこに投資をされませんか?」という投資の誘いだったという。
「『タイでは難しいきれいな内装や仕入れ、さらに会計や法務まで、全部を低コストでうちがやります』『みなさんは、たまに旅行としてタイに遊びにこられるだけでいい』『およそ5000万円を投資してもらえれば大丈夫、後はプロに任せてください』と」(Aさん)
「ここまで来てくれた皆さまだけにお誘いする、今だけの特別な投資話です!」という殺し文句に押されてか、何人もの参加者たちが投資をしていたという。脱サラのよい契機だと考えたAさんもその一人だった。
■5000万円出資して日本人街に店をオープン
では、Aさんと投資先の店舗は、その後どうなったのだろうか?
Aさんは翌2013年、5000万円出資してバンコクの日本人街に店舗をオープン。タイの現地のパートナーとして、G氏からタイ在住の日本人H氏と、タイ人のI氏を紹介された。タイ現地では両名が店の内装工事や仕入れ、法務、会計など店の管理をすべて行うという事だった。看板には、G氏から「店名の使用許可も得ている」と言われた日本国内の有名チェーン店の名前を記した。
ところが、実際に出来上がった店舗を見に行くと、多くの費用をかけたはずの内装が驚くほど安っぽい。出される料理もひどいもので、その割に値段も高額だったという。
さらに、店舗の場所にも問題があった。バンコクの日本人街だと聞いていたが、実際には、日本人が来るとされるエリアからはずいぶんと離れており、車なしでは来店は不可能。その店舗は郊外なのに、駐車場すらなかったからだ。
その物件を、AさんはI氏から借りる形を取っていたのだが、実はI氏が転貸(てんたい)をしていたもので、家賃ももとの価格より相当に高くなっていた。
■店の赤字は自分で補填、賄賂も要求され……
当然ながら、こんな状態ではお客は来ない。しかもその内装費や家賃のみでなく、仕入れや会計、法務なども、金額が地元の実際の相場よりも約5~6倍。さらにはI氏への不透明な“顧問料”などまで請求されたため、店舗の維持コストが法外にふくれ上がり、当初から店は大赤字となった。
こうなると収益どころか、元金も返ってこない。そのうえで毎月の多額の赤字を補填するためだとして、Aさんは多額の支払いばかり求められるようになった。そしてG氏やH氏からは、店の会計資料も1年以上何ひとつ出てこない状況が続いた。
Aさんは、G氏と視察した人気店とのあまりの違いに、本当に同じG氏が手がけているのか? と疑問に思った。すると、その後に現地でできた飲食店仲間たちの話から、G氏とその人気店とは何ら関係がない事がわかったという。
「現地の日本人で飲食をやっている人から、『G氏は、あの人気店とは全然関係ないよ』といわれました」(Aさん)
実はG氏は、その人気店の従業員に個人的に賄賂を払い、その場でだけあたかもオーナーであるかのように対応してくれと依頼していたのだという。
こうして大赤字となったAさんの店舗だが、高額な仕入れや法務、会計などの契約も、G氏との契約を切る場合は多額の違約金が発生する契約になっており、Aさんが店を維持するには、これらの高額なコストをG氏に支払い続けなければならなかった。
■不法就労の容疑で賄賂を要求される
そこへ追い打ちをかけるように、「名前を勝手に使っている」として、Aさんがつけた大手チェーン店名の海外での利用権を有する米国の会社から通知書が届いた。実はG氏の「有名ブランド店名を使える」という話も真っ赤な嘘だったのだ。
慌てたAさんは急いで謝罪し、店舗名を新しい名前に変更したという。
「脱サラまでして投資したので、なんとか立て直そうと店舗で必死に働いていました。すると今度は、タイのイミグレーション部門だという連中が複数人、店に来たのです」(Aさん)
彼らは、不法就労の容疑でAさんを取り締まりに来た、と告げたという。
「ワークパーミット(労働許可)無しで外国人が働いているので逮捕しに来たのだ、と私に言ってきました。私は、G氏に約5000万円も払って労働許可も得るよう依頼していたという説明をしましたが、イミグレの人間は聞く耳も持ちませんでした」(Aさん)
このイミグレの面々は、「騒ぐと逮捕するぞ」「日本に強制送還にするぞ」と脅してCさんを黙らせようとし、さらには事件を解決するためだとして60万バーツ(約200万円)の賄賂を要求してきたという。
現場を立て直そうという努力も妨害され、投資資金や赤字の補填で支払われたお金は巻き上げられてしまうというわけだ。
■東南アジア飲食店投資詐欺の実態
Aさんに相談を受けた現地の弁護士事務所は、筆者の取材に次のように語った。
「Aさんのケースでは、取り締まりに来た公務員は、タイ人のI氏から賄賂をもらっていました。だからこそ偏った対応をしてきたわけです。そして最後に追加で要求した60万バーツは、この公務員とI氏とで折半をするという約束となっていた事もわかりました」
「こうした飲食店投資詐欺に関連する嫌がらせには、Aさんが被害に遭った手口のほかにも、たとえばタイの商務省に通報して、あらかじめわざと許可を得ていない部分を摘発させる、税務署に通報して、G氏やH氏が脱税指南をしていた店に、わざとその点を脱税だとして摘発させる手口を仕掛けてくる事もあります」
「Aさんのケースでは、実際には無許可だったとわかった大手チェーンのブランド名をAさんが使わないと決めた直後に、それを知ったG氏が、今度はまた別の日本人に使わせてバンコクの日本食店をオープンさせていました。この新店はすぐに潰れましたが、酷い手口です」(以上、同事務所)
こうして投資した人は、嫌がらせをされたうえに賄賂まで毟(むし)り取られ、店は潰れる。するとまたセミナーが開かれ、カモが集まる――このサイクルを繰り返すのが、タイを始めとする東南アジアへの飲食店投資詐欺の概要である。
■投資した店舗で高額なコストを中抜きされる
Aさんと同様にG氏のセミナーに参加し、バンコクの日本食料理店に視察にも行って、G氏に勧められて投資したBさん(40代男性)も、Aさんと同様、投資した店舗で高額なコストを中抜きされ、日本の有名ブランド店名を利用できると嘘をつかれていた。
さらに現地の税務署から、Bさんの決算など必要な申告自体が何もなされていないと連絡があったという。実はG氏、H氏らは高額の会計の費用を取りながら、店の決算にすら手をつけていなかったのだ。
BさんはG氏やH氏に依頼するのを諦め、自身でどうにか税務申告を実施。ほどなく店を畳んだという。
「G氏が『すべてこちらでやる』と言っていた話や、セミナーで『日本の飲食店経営でも成功した』という言葉をそのまま信じてしまったのが間違いでした」(Bさん)
さらに、別のCさん(50代男性)の出資店もたちまち赤字に追い込まれた。しかも、Cさんは、店舗への出資者は自分1人だと思い込んでいたが、G氏に誘われてCさんとは別の日本人が3人も投資をしていたことが後でわかったという。
「G氏は視察に行った店以外の複数の人気店でも同様に金を渡していたらしく、どのお店でも“あぁGさん!”と呼ばれていたので、地元では有名な実力者なのだと思ってしまいました」(Cさん)
被害も4倍にのぼったというわけだ。
■老後資金3000万円すべてを失う
このような飲食店絡みの詐欺の手口は、G氏たちだけのやり口ではない。同種の詐欺的な手口が複数の日本人によって実施されている事を、筆者は取材で確認している。
取材の途上で筆者は、G氏とは別の日本人から誘われてカンボジアへの飲食店へ投資し、老後資金3000万円をすべて失った高齢の日本人男性のケースも確認した。この高齢の男性は2014年に財産を失った直後、バンコクの日本人の多く居住するアパートの一室で、首を吊って自殺した。
筆者が現地の大手法律事務所に問い合わせたところ、同事務所が把握しているだけでも、バンコクやパタヤなどの都市部で100件以上の被害があるという。現在は同じ犯行グループのメンバーがカンボジアでも同様の手口の投資詐欺を行っており、「このような詐欺を繰り返している日本人法人やグループは、現地警察がマークしているだけで10グループ前後に及ぶ」(同事務所)という。
日本でもタイでも、詐欺罪は犯意の認定などが難しく、被害者の多くが恥ずかしさのあまり泣き寝入りするので表面化しにくい。しかもタイ警察にとっては外国人の間の投資トラブルであり、「単なる事業の失敗だ」と説明されると動きづらい。アジア有数の親日国であるタイを舞台に、日本人が日本人を騙すこうした手口が広まっている背景には、こうした事情がある。
もっとも、現在のタイ政府は日本政府と共同でEEC(東部経済回廊)の開発を行うなど積極的に日泰関係をよくする事に努めている。それもあって、タイの一部公務員の賄賂を使った嫌がらせの手口も、日本の企業や個人が被害に遭わないよう、タイ政府はPACC(汚職防止局)を設立して取り締まりを強化し、問題解決のために尽力していることを、筆者は直接確認している。このようなタイ政府側の努力により、こうしたケース自体は今後減っていく事が期待される。
■「日本人同士だから、騙されない」という油断
この問題について、筆者の所属するパタヤ日本人会の会長で、日本の警視庁公安部OBである岩拼(いわはえ)健一氏は、次のように語る。
「海外の儲け話の場合は、日本の話以上に注意をする必要があります。日本人同士だから、まさか騙さないだろうという気持ちが先行しがちですが、悪事を考えている、働いている日本人も数多くいることは事実です」
「このような詐欺に合わないために、事前の調査や確認は必要です。バンコクはもちろん、パタヤなどの東部の都市でも現地に日本人会なども作っていますので、常日頃から良い関係を作り、投資をする際には、現地に詳しい人を含む多様な先へ相談し調査をしてから冷静に検討をする事をお勧めします」
情報が得にくい海外への投資話は簡単ではない。このような詐欺話が蔓延している中、東南アジアの成長国ならば儲かりそうだと安易に投資するのではなく、現地の実情を多方面からよく調べるなど、細心の注意を払わなければならない。
なお、タイなど東南アジアの日本料理店の多くはきちんとした業務を行っており、ここで述べたようなケースは、ごく一部のものである事は明記しておく。
(アジア・インベストメント・サポート マネージング・ディレクター 福留 憲治 写真=iStock.com)
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