米朝会談でトランプは必ず北に"譲歩"する
プレジデントオンライン / 2019年2月16日 11時15分
■2回目の会談を開くに足る「進展」はあったのか
北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長との2回目の米朝首脳会談を、2月27日と28日にベトナムで行う――2月5日に行った一般教書演説の中で、トランプ米大統領はそう発表しました。1月18日にホワイトハウスで行った、金英哲(キム・ヨンチョル)統一戦線部長との会談の後に浮上した話が、大統領自身の言葉で裏付けられた形です。
昨年6月12日にシンガポールで開かれた1回目の米朝首脳会談では、非核化のロードマッブは決められず終わりました。その後米朝の実務者レベルでの交渉につながる可能性も想定されましたが、実際には交渉は進んでいません。非核化交渉に関して、何らかのメドが立ったのでしょうか。もし、そうでないならば、再び首脳会談を行ったとしても、成果は何も得られないばかりか、北朝鮮を増長させる原因にもなりかねません。
金正恩委員長は新年の辞で、「これ以上、核兵器をつくらず、使わない」と表明しましたが、「核を放棄する」とは言っていません。ここにきて、一足飛びに何らかの合意に達したとするならば、それはいったいどのようなものなのでしょうか。アメリカのメディアは、トランプ=金英哲会談でも非核化交渉の合意に向けた進展はなかったと報じています。
オバマ前大統領をはじめとする歴代の米政権が、ここまで問題を放置したからこそ現在の状況があることを考えれば、トランプ大統領はまだ朝鮮半島問題にコミットしてくれている方だとみることもできるでしょう。それでも、1回目の米朝首脳会談から8カ月が経過し、その間に非核化交渉について具体的な進展がないまま、2度目の首脳会談が行われようとしていることについて、日本の立場からは重大な懸念を抱かざるを得ません。
日本にとって最大の懸念は、アメリカが朝鮮戦争の「終戦宣言」に応じるかどうかです。1回目の首脳会談の際に交わされた「米朝共同宣言」の第2条には、「アメリカと北朝鮮は、朝鮮半島に、永続的で安定した平和の体制を構築するため、共に努力する」と書かれています。この文言を根拠に、北朝鮮は「平和体制構築」のための終戦宣言を求めています。
終戦宣言は在韓米軍の駐留の名分を失わせ、同軍の撤退へとつながる可能性が大きいものです。在韓米軍の撤退は、中国や北朝鮮が最も望んでいることですが、日本や韓国にとっては安全保障上の重大な環境変化をもたらすもので、軽々に応じられては困ります。
金正恩委員長は終戦宣言について、強気の姿勢であると伝えられています。この強気の背景に、中国の存在も見え隠れします。1月8日、金正恩委員長は北京を訪れ、中国の習近平国家主席と4度目の中朝首脳会談を行いました。その後習近平主席はトランプ大統領に親書を送り、トランプ大統領は米朝首脳会談と同時期に米中首脳会談も行う可能性があると述べました。北朝鮮と中国の動きは明らかに連動しており、この構図は1回目の米朝首脳会談の時と同じです。
また、北朝鮮は「米朝共同宣言」の第3条を盾に取り、狡猾な主張をしています。第3条には、「2018年4月27日の板門店(パンムンジョム)宣言を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けて取り組むことを約束する」と書かれています。この「朝鮮半島の完全な非核化」のためにも、核兵器とともに朝鮮半島に駐留する在韓米軍の存在は認められないと主張しているのです。
■「マティス辞任」で見えたトランプの信条
ここで気になるのが、トランプ大統領の意向です。われわれはマティス前国防長官の辞任で、トランプ大統領のカネ勘定のシビアさについて思い知らされたばかりです。マティス氏は米軍のシリア撤退に反対し、「同盟国に敬意を払うべき」と主張して辞任しました。これに対し、トランプ大統領は「われわれが多くの裕福な国の軍事的負担を背負っている一方、これらの国は貿易でアメリカにつけ込んできた。同盟国は重要だが、アメリカにつけ込んでいる場合は違う」と、自身のツイッターで反論しました。
この事案からもわかるように、プラグマティックなトランプ大統領にとって、カネ勘定こそが正義なのであり、他国のためにアメリカが出費をするという「お人よし外交」は許せない絶対悪なのです。そのトランプ大統領がアメリカから遠く離れた朝鮮半島や極東を守るため、在韓米軍を維持しようと考えるでしょうか。
トランプ大統領は在韓米軍2万8000人の駐留経費の分担金について、韓国に大幅増額を要求。文在寅政権はこれを拒否し、10回めの協議でも合意にいたらないなど、交渉は難航を極めました。2月10日になってようやく米韓両政府は、韓国側の負担額をこれまでの年間8億ドルから10億ドル近くまで引き上げ、5年だった有効期限を1年とする新たな協定に仮署名。中国や北朝鮮はこうした経緯をよく把握し、思惑を張り巡らせています。
これまで非公式に検討されてきた在韓米軍縮小または撤退の方針が、2回目の米朝首脳会談を契機に現実化する可能性について、われわれは十分に想定しておかなければなりません。
トランプ大統領が「終戦宣言」について北朝鮮に安易に妥協することに日本は反対すべきですが、もし大統領がそう決意したなら、それを止めることはできないでしょう。
むしろ、トランプ大統領のシビアなカネ勘定と「自分のことは自分でやれ」という叱咤に応じて、日本が国防体系を抜本的に見直すべきです。もちろん、これには憲法改正も含まれます。さらに、法律でも何でもない「非核三原則」など、早々に捨て去るべきです。
■北朝鮮への制裁は効いているか
「北朝鮮が2回目の米朝首脳会談に応じたのは、北朝鮮への制裁が効いているからだ」という見方があります。これはおおむね正しい反面、部分的には間違っています。
北朝鮮は核放棄の行動と引き替えに制裁緩和を求めていますが、これは制裁が厳しく効いているからに他なりません。国連決議に基づく制裁はこれまで10回行われ、そのうち2016年までの7回は効いていないとされます。これらは不法物資のやり取りに対して規制を掛けたに過ぎず、北朝鮮経済の5%程度にダメージを与えただけと推定されるからです。
しかし2017年以降、トランプ政権になってからの制裁は、北朝鮮の商業活動全般を規制対象とするもので、同国経済の3割以上にダメージを与えたと推定されています。石油精製品や産業機械の輸入、車の輸入も全面的に禁止されました。その結果、2018年の北朝鮮の対中輸出は大幅に減少したと見られています。
さらにアメリカ当局は、北朝鮮の海外口座6300万ドル分を凍結しています。2005年のブッシュ政権時代に行われた2500万ドル分の口座凍結を、はるかに上回る規模です。
とはいえ、このような制裁だけで、北朝鮮を追い詰めることはできません。過去、北朝鮮では金日成(キム・イルソン)の死後、90年代後半に200万の国民を飢え死にさせていますが、そのような国難をも「金王朝」体制は生き延びてきました。制裁で首が絞まるのは金一族をはじめとする政権中枢の要人たちではなく、末端の国民です。国民がどれだけ困窮しようとも、上層部の人間たちからすれば「知ったことではない」のです。
加えて、北朝鮮が違法な「瀬取り」(編集部注:洋上で船から船に物資等を積み替えること)による密輸を繰り返していたことも明らかになりました。国連安全保障理事会の専門家パネルは1月30日、北朝鮮が韓国などと共謀して、約150回にわたり、国連の制裁決議に違反する瀬取りを行っていたとの報告書をまとめました。国連やアメリカ、そして日本も、船舶監視を強化していますが、瀬取りの取り締まりには限界があります。
さらに専門家パネルは、韓国が昨年、陸路からも約338トンの石油精製品を北朝鮮に持ち込んだことを指摘しました。また、北朝鮮が中国に北朝鮮近海での漁業権を販売し、外貨を獲得していたことも報告されています。
北朝鮮は制裁をすり抜け、違法な取引で生命線をつないでいます。制裁の網の目は穴だらけというのが現実です。こうした状況を見ると、北朝鮮が「制裁で首が絞まり、助けを求めている」とは一概には言えない部分があります。制裁だけで北朝鮮を追い詰めることがなかなかできない以上、交渉による打開がどうしても必要なのです。
■トランプが制裁緩和に応じる可能性は高い
では、2回めの米朝首脳会談で、トランプと金正恩は具体的にどのような歩み寄りをし、交渉を妥結させるのか。私は、アメリカが制裁緩和に応じる形の譲歩を見せる可能性が高いと考えています。具体的には、石油などのエネルギーの輸入制限の部分的解除、北朝鮮の海外口座凍結の部分的解除、人道的支援の実施などです。テロ支援国家の指定の解除も考えられます。
トランプ大統領は1回目の首脳会談の後、「最大限の圧力という言葉はもはや使いたくない」と述べました。その言葉の意味を、第2回会談の前に改めて考えておく必要があると思います。
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著作家
1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。代々木ゼミナール世界史科講師を務め、著作家。テレビ、ラジオ、雑誌、ネットなど各メディアで、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説。近著に『朝鮮属国史――中国が支配した2000年』(扶桑社新書)、『「民族」で読み解く世界史』、『「王室」で読み解く世界史』(以上、日本実業出版社)など、その他著書多数。
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(著作家 宇山 卓栄 写真=ロイター/アフロ)
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