社長のトイレ掃除で、業績がよくなる理由
プレジデントオンライン / 2019年2月20日 11時15分
■ゴミが、ささやいてくる
昔話をさせていただきたい。
私は今、企業に掃除の指導をしているが、かつて、不登校児を対象とした塾をつくって、子供たちと向き合っていた。日本長期信用銀行に新卒で就職したあと、人材教育の仕事をしたいと思い、3年目で銀行を辞め、学習塾を始めた。不登校児に特化すれば、困り果てた親たちが集まってくるだろうと高をくくっていた。しかし、現実は甘くなかった。
まず、思ったほど生徒が集まらなかった。入塾してくれても、次の日には来なくなった。経営状態は厳しくなり、自分が困り果ててしまった。しかたないから、塾に来なくなった生徒たちの家庭訪問を始めると、ある傾向に気づく。引きこもっている子たちの部屋は、散らかっていることが多かった。
ひどい場合、散らかっているどころではない。椅子は倒れ、ペットボトルが散乱している。窓を開けないから、空気も淀んでいる。大げさではなく、これこそがゴミ屋敷だ。試しに、ある生徒の部屋を一緒に掃除してみた。すると、彼の表情がみるみる明るくなり、なんと、自ら塾にやってくるようになった。
それまでの私は、子供たちに目標や夢を与えれば、結果が出ると思い込んでいた。しかし、そうではなかった。
不登校の子たちは、何年間もゴミだらけの部屋にこもり、「もっとがんばれ」「学校くらい行け」と親に言われ続けていた。部屋にたまったゴミからも「おまえはダメなやつだ」とささやき続けられていた。完全に自信を喪失し、目標や夢なんて、まったく見えない。そんな状況だから、ゴミが吐く全人格否定のささやきを消してやるだけで、引きこもりの子たちには、大きなことだった。
■自信を取り戻す、唯一の方法
もう少し、昔話におつきあいいただきたい。
私は、塾の方針を大きく変えた。学習指導でガミガミ言うのは止め、時間も最小限にした。そして、彼らが自分をダメだと感じない、楽しい空間づくりを心がけた。とにかく、みんなで一緒に遊んだ。友達がいなかった子供たちは「やっと居場所できた」と感じてくれるようになった。
ところが、「先生のところに来たら楽しいけど、朝起きるのが面倒だから、もう来ないかもしれない。親にガミガミ言われるのは嫌だけど」とある生徒がため息をついた。私はつい、「じゃあ、うちに泊まれよ」と言ってしまった。そんなこんなで、多いときには15人が狭いわが家で暮らすことになった。思わぬ形で始まった合宿だったが、子供たちのよくない習慣がもっと見えるようになった。
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たとえば、あいさつをしない。「おはよう」だけは言えるよう、私から声をかけ続けた。玄関は荒れ放題だから、「靴だけはそろえよう」と、これはルールにした。また、多くの子は座る姿勢が悪かった。だから、椅子から背もたれを外した。みんな朝が苦手だから、ジョギングに誘ってみた。ついでに腕立て伏せや腹筋運動を、ゲーム感覚で競い合って楽しんだ。成長を褒めてやると、子供たちは自ら動くようになっていった。
しばらくして、生徒の1人が「プロのドライバーになりたい」と夢を語り始めた。のちに彼は、自動車関係の短大に入学し、ソーラーカーコンテストに出場して日本一になる。卒業式では答辞を読んだ。多くの生徒が、ゆっくりと自信を取り戻していった。この経験は、私にある教訓を刻み付けた。「環境と習慣を変えないと、人は変われない」と。
■「集める」のではなく「集まる」
塾をつくったころ、私は「どうやって生徒を集めるか」「どうすれば優秀なスタッフを集められるのか」と、「集める」ことばかりを考えていた。ところが、子供たちが生き生きとしていられる環境を整えたら、自然に生徒が集まるようになった。「集める」と「集まる」は、まったく違うことを学んだ。「なぜ、客が来てくれないのか」とか「なぜ、優秀な人材が集められないのか」と悩む経営者は多いが、先にやるべきことは「集める」ことではなく、「集まる」環境をつくることなのではないか。
「トイレ掃除で会社は変わるのか」という問いに対し、私は「変わる」と確信している。これまでに約200社を直接指導してきたが、掃除を徹底し、環境を変えることで、例外なく業績が上向いた。多くの会社が、「集める」から「集まる」への変化を経験している。そして、社長も社員も、よい環境のなかでよい習慣を身につけることができた会社は、大きな成長を遂げる。その代表的な事例を紹介しよう。
■みるみる美しくなった会社
福岡県筑後市に九州木材工業という社員70名の会社がある。規模は小さくても歴史があり、創業から90期以上連続黒字を続けている優良企業だ。そんな会社の社長が社員2人を連れ、私が主催する研修にやってきた。社長に話を聞くと、「全体が緩んでいる」と危機感を隠さなかった。自分なりに2年ほど掃除に取り組んでいたが、まったく根付かず、社員から不平不満が噴出したという。
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それもそのはずで、社員に就業時間外の「サービス」で掃除をさせ、社長自身が率先垂範で動いていない、という「定番の失敗」をダブルで犯していた。初回の研修を終え、掃除の「肝」をつかむと社長はすぐに動いた。1日丸ごと臨時休業し、会社の不用品を整理した。なんと4.6t分が会社から消えたという。さらに、就業規則を変えた。始業時間を早くし、社員に「仕事」として掃除をしてもらうようにした。
私が現地を訪ねると、応接室に社員15人くらいがそこに入り、新入社員から社長までが一緒に床に這いつくばっていた。おしゃべりしながら、楽しそうに、コミュニケーションを取りながら、みんなで掃除をする姿があった。社長が本気になり、社員がそれについてきた九州木材工業は、みるみる会社が美しくなっていった。
■営業に行くな。うちに連れてこい
社員が一丸となり、見た目にも美しくなった九州木材工業には、大きな変化が訪れた。以前は、社長が営業マンに「もっと外に行け!」と発破をかけていたが、今では「営業に行くな」と言っているらしい。訪ねてきた客が「こんなキレイな工場は見たことがない」と褒めてくれる。自信を持った社長は、「営業に行くのではなく、お客様に会社に来てもらえ」と言うようになったのだ。九州木材工業の製品は高単価でリードタイムが長いが、工場を見た客に「この会社なら信用できる」と高く評価され、主力商品の契約がどんどん増えている。
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掃除で会社がよくなる理由について、多くの人は「整理整頓すると生産性が上がって、儲かるんでしょ」「スッキリするから、仕事がはかどるんでしょ」「コスト削減できるから利益が増えるんでしょ」などと言う。ハズレではないが、すべてを表現していない。私が考える掃除とは、社長をはじめ、社員たちが会社ごとにある理念やビジョンを突き詰めて、それに沿った振る舞いを身につけるトレーニングだ。
トレーニングを積んだ人・会社がよい結果を残すのは、ある意味当たり前だ。また、トレーニングなのだから、ここまでやったら終わりというゴールはない。よい会社が掃除を続ければ、さらによくなる。最後に、掃除の場所としてトイレを選ぶ社長が多いのは、会社で一番汚れた場所を自分でやることで、社員に自分の本気・覚悟を見せることができるからだ。
(メンタルリスクマネジメント代表取締役、日本そうじ協会理事長 今村 暁 撮影=小川聡)
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