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吉野家ボロ負けを導いた"牛丼一筋"の呪縛

プレジデントオンライン / 2019年2月20日 15時15分

2006年9月18日、米国産牛肉の輸入再開に先がけ、1日限定で復活した吉野家の牛丼(東京・有楽町)(写真=時事通信フォト)

8年ぶりに赤字転落した吉野家。長らく牛丼業界を牽引し、経営も安定していたが、何が起こっているのか。経営コンサルタントの鈴木貴博氏は「吉野家は『牛丼ひとすじ』で牛肉の部位にこだわるため、原材料のコスト増に対応できていない。事態は決算数値以上に深刻だ」という――。

■「外食産業の優等生」から赤字に転落

牛丼大手の吉野家ホールディングスが1月10日に発表した2018年度第3四半期決算でマイナス5億6200万円の営業赤字を発表しました。前年度の同じ時点では25億9400万円の黒字でしたので、約32億円幅の減益です。

吉野家はなぜ赤字に転落したのでしょうか。通期ではこの状況はどうなるのでしょうか。他のライバル会社は大丈夫でしょうか。そしてどうすれば黒字基調に戻せるのでしょうか。

今回、吉野家が赤字に転落した要因は大きく3つ挙げられます。

(1)2018年10月から4カ月連続して既存店売上高が前年マイナスに転じた
(上期累計は104%だったものが下期5カ月分の累計が99.2%)
(2)原材料費の高騰で売上に占める売上原価の比率が0.9ポイント上昇した
(3)人件費が上昇した(売上に占める販売管理費の比率が1.3ポイント上昇した)

■吉野家とスシローの意外な共通点

つまり売上が頭打ちになる中で、原材料費と人件費が上昇したので赤字に転落したというのが今回の構図です。ではライバルのすき家はどうなのでしょう。

すき家を経営するゼンショーの第3四半期決算は実は営業利益146億円の黒字です。しかも前年同期と比較して10億円近い増益。月次の店舗実績を見ても下期は既存店で売上高は3.8%のプラスと、経営成績は実に堅調です。

吉野家と同じフレームで比較してみると、

(1)既存店売上高は下期もプラス
(2)原材料費などの売上原価もむしろ対前年で0.4ポイント減少している
(3)人件費は上昇したとみえるが、売上に占める販売管理費の比率も0.3ポイントしか上昇していない

このような状況を比較して考えると牛丼業界が何かまずいのではなく、吉野家ホールディングスがうまく行っていないというように見えるのです。

確かに日本全体で今、人手不足に企業は苦しんでいて、従業員の確保が大きな課題になっています。最近では回転寿司大手のスシローが働き方改革の一環で2日間の全国一斉閉店を発表しました。従業員を確保するには時給を上げることやシフトを楽にするなど、企業努力をしていかなければお店がまわらなくなるリスクに直面しています。

■牛丼に使う牛肉の部位にまでこだわる

その観点からあくまで類推ですが、すき家は店舗運営で引き締めを行って、それほど人件費が上昇しないように凌いでいる。一方の吉野家は働き方改革が必要な状況に積極的に対応しようとしたのでしょう。逆に大きな人件費コスト上昇に苦しんでいるという構図です。

さらに吉野家に限っては、「牛丼ひとすじ」のこだわりがあります。そのため吉野家の牛丼で使う牛肉をアメリカ産の特定の部位にすることを貫いています。この観点で見ても、吉野家は原材料のコスト増に対して本来的な対応力は強くはない。ですから牛丼三社の中で言えば、相対的にはいつも最初に経営難に直面する傾向があります。

状況を顧みると、コスト増が利益を圧迫しているのであれば、いつまでもデフレの優等生として並盛一杯380円で販売を続けるのは得策ではありません。状況に応じて少しずつメニュー価格を見直していくなどの対応が必要だということになります。

ただし、実はもうひとつ、吉野家ホールディングスの経営に関しては重要な経営課題が存在しています。

■すき家を運営するゼンショーはなぜ強いか

吉野家ホールディングスも、ゼンショーもどちらも事業を多角化する「ポートフォリオ経営」が進み、経営に占める牛丼の比率が下がりつつあります。吉野家ホールディングスの場合、牛丼の吉野家の比率は全体の約半分。それ以外に讃岐うどんのはなまる、ステーキのどん、寿司の京樽といった別業態のグループ企業が脇を固めています。さらに吉野家とはなまるを中心にアジア出店も成功しているなど海外事業が堅調です。

この観点から見てみると、実は牛丼事業と讃岐うどん事業の利益を、ステーキと寿司が大きく足をひっぱっている。吉野家もはなまるも対前年では減益ながら、セグメント利益としては吉野家が約22億円、はなまるが約7億円の利益を稼ぎ出しているのです。ここにもうひとつの大きな経営課題が存在しています。

同じ構図ですき家を運営するゼンショーを眺めると、実は牛丼の比率は36%とさらに多角化が進んでいます。ファミレスのココスとジョリーパスタもゼンショーグループですが、ゼンショーの場合特に目をひくのが回転寿司業界のはま寿司が、スシロー、くら寿司に次いで業界3位へと拡大している点です。すでにはま寿司はゼンショーグループの中でファミレス部門を抜いて、牛丼に次ぐ第二の柱へと成長しているのです。ここが吉野家ホールディングスの業態ポートフォリオとの最大の違いです。

■突発的な大リスクを孕む外食業界

牛丼業界に限らず、外食業界全体の課題として、ひとつの業態に力を入れ過ぎていると、突然の業態リスクに直面することで存亡の危機に陥る現象が目立ちます。

牛丼業界でいえば2004年に起きたアメリカ産牛肉のBSE問題があります。この年の2月11日、吉野家全店で牛丼の販売が終了し、それは2006年9月まで2年半続きました。この事件以降、牛丼業界に限らず、外食業界では多業態ポートフォリオを持つことで経営リスクを分散させることが経営戦略上のセオリーとなりました。

マクドナルドの異物混入事件では、外食産業最大手の日本マクドナルドの経営の屋台骨がゆらぐほどの打撃をうけました。居酒屋のワタミはブラック企業が社会問題になる中で糾弾され、和民やワタミを冠する店舗は売上を大きく減らしました。牛丼のすき家でも深夜のワンオペが破たんすることで、ローコスト経営戦略の見直しへと舵をとらざるを得ない状況へと追い込まれてしまいます。

これ以外にも、アルバイト店員によるツイッター炎上や、異物混入、あってはならないことですが産地偽装や食中毒など、外食経営には常に大きなリスクがともなっているのです。

■多角化経営の困難「ステーキと寿司はジリ貧」

それを軽減するための対策がポートフォリオ経営で、違う業態の店舗フォーマットをいくつも持つことで、ひとつがダメになってきたら他が支える。ないしは他の業態へと衣替えをすすめる。そして本社コストや、原材料仕入れ、物流など出来る限りのコストをさまざまな事業で分担するようにする。

これが理想なのですが、実は現実には簡単ではない。そして吉野家ホールディングスの場合は、このポートフォリオ経営の方がより経営の足をひっぱっている様子なのです。

そもそも外食産業には「死の谷」という現象があって、業界最大規模のチェーンと、小さいけれども特色のあるチェーンは生き残りやすい一方で、中途半端な規模のチェーン店は赤字に転落してしまうという構造があります。

寿司の場合、スシロー、くら寿司、はま寿司のように業界トップを争う位置にいるとまだ利益もついてくるのですが、そこから順位を下げるととたんに業績が悪くなる現象があります。そこに吉野家グループの京樽が位置します。

同様にステーキでいえば今一番勢いがいいのがいきなりステーキやペッパーランチを運営するペッパーフードサービス。それと比較してステーキのどんはじり貧の位置にあります。

■吉野家の未来には「荒療治」が必要だ

そして普通に考えればわかるのですが、この2業態は、どんなに工夫をしたとしても牛丼の吉野家と物流や店舗開発の面でシナジー(相乗効果)を効かせる余地が大きくはありません。

ではどうしたらいいのでしょうか。

吉野家ホールディングスが行うべき最重要経営課題は、このような事業ポートフォリオの見直しです。あくまで理想論だけで話を進めれば、まずステーキのどんと京樽のふたつの業態は不要です。吉野家の力ではどうしようもありません。むしろステーキ業界と和食・寿司業界とシナジーを効かせることができる他の外食企業に売却するなどして、この分野からは撤退すべきです。

そうすると吉野家ホールディングスは牛丼と讃岐うどん、それぞれ業界の中ではある程度生き残りやすい2業態が残ります。しかし2業態ではこれから先、別の経営危機が訪れた場合に脆弱な構造になってしまいます。

そこでさらに理想を言えば、同規模で経営思想も近い別の外食企業と対等合併をする。そのことによって4つないしは5つの事業の柱がある、より強い外食ホールディングカンパニーになる。

今回の吉野家の決算を見る限り、それくらいの荒療治に踏み込まないと企業としての未来が難しい。ことは決算数値以上に深刻だというのが私の見立てなのです。

(経営コンサルタント 鈴木 貴博 写真=時事通信フォト)

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