トヨタ"月20万でレクサス放題"が狙う客
プレジデントオンライン / 2019年2月20日 9時15分
■狙いは「自動車を使いたい」と思う人を増やすこと
2月5日、トヨタ自動車が新しい自動車ビジネス「KINTO(キント)」を発表した。契約者が一定の金額を支払い、気に入った自動車を一定期間利用するもので、トヨタは“愛車サブスクリプションサービス”と呼んでいる。
この事業は、世界有数の自動車メーカーであるトヨタの転換を意味する。従来、トヨタは自動車メーカーとして良い車を作り、それを販売することによって成長を遂げてきた。それがトヨタのビジネスモデルだ。この発想は、今後も重要であることに間違いはない。
ただ、わが国では、少子化と高齢化に加え人口減少が進む。それでは自動車の販売台数が右肩上がりで推移することは見込めない。その状況でトヨタが生き残るには、よい車を作って売ることに加え、負担が少なければ自動車を使いたいと思う人を増やすことが重要になる。
そこに重要な転換がある。トヨタは従来型の自動車製造・販売のビジネスモデルに加えて、サブスクリプション・ビジネスを構築することで、持続的な成長を目指そうとしている。トヨタによる2つの戦略への取り組みは、他の自動車メーカーにも無視できない影響を与えるだろう。
■買い替えサイクルは「8.7年から13年超」に長期化
トヨタが「KINTO」を開始する理由として、特に大きいのが新車販売台数の減少だろう。
1990年代、わが国の新車販売台数(登録車と軽自動車)の合計は580万台程度だった。これが2018年には520万台にまで落ち込んでいる。
加えて、自動車ユーザーの買い替えサイクルが長期化している。自動車検査登録情報協会によると、1980年代前半の平均使用年数は8.7年だった。それが2018年には13年超まで長期化している。
乗り換えサイクル長期化の背景には、わが国の自動車生産技術が向上し、自動車の耐久性が高まったことがある。また、1980年代後半に発生した資産バブル(株式と不動産価格の急騰)が崩壊した後、わが国経済が長期低迷に陥った影響も大きい。実質ベースでの賃金が伸び悩む中で、多くの人々が自動車の購入を手控えた。
新車販売台数が伸び悩む中、トヨタは自動車の所有に加え、利用する層を増やすためにサブスクリプションに着目した。これは、気軽に車種を変えることのできるリースと呼んでもよいだろう。同時に、トヨタがサブスクリプションに進出したことは、自動車メーカーが、従来とは異なる、新しいビジネス領域に踏み込んだことに他ならない。
海外ではインドをはじめ人口が増加している新興国では、自動車への需要は高まっていくだろう。そうした市場において、トヨタは現地のニーズに合った新車を開発し、シェアの拡大を狙っている。トヨタは自動車の製造・販売戦略に加え、サブスクリプション戦略を進めることで、自社の経済圏の拡大を目指していると考えることができる。
■サブスクの強みは「お客ごとに商品を変えること」
経済が成熟してきたわが国においては、モノを所有することへのこだわりを持つ人が減っている。かわりに、必要に応じてモノを使い、そこから得られる体験や満足度の向上を重視する人が増えた。シェアリング経済はそのよい例だ。トヨタの“サブスクリプション・ビジネス”は、この変化に適応することを目指している。
サブスクリプション・ビジネスとは、継続的に顧客に課金を行い、商品やサービスを利用し続けてもらうサービスを言う。ポイントは、デジタル技術を用いたカスタマイズ(顧客の好みに応じた商品やサービスを提供すること)にある。
サブスクリプションは“定期購読”と訳される記されることが多い。新聞や雑誌の定期購読はよい例だ。新聞を購読する場合、すべての利用者は、大量に印刷されたすべて内容が同じ新聞を購読する。ここに、カスタマイズという概念が入り込む余地はない。
一方、サブスクリプション・ビジネスでは、サービスの内容は顧客(個人)の需要や好みに応じて変化する。100人サブスクライバーがいれば、サービスの内容は100通りあるということだ。
デジタル技術の活用によって、ネット空間において一連の契約を完結し、ユーザーの好みに合ったコンテンツや製品の使用方法をリコメンド(お勧めする)ことも可能だ。それによって、顧客の関心や好みが深堀りされ、さらなる需要の獲得が期待される。音楽ストリーミングサービスであるSpotify(スポティファイ)はその代表例だ。
■3年間に6種類のレクサス車を半年ごとに乗り換え
トヨタのサブスクリプションである「KINTO」は、まさに車との“付き合い方”を提案し、車を使う歓びを実感できる機会(コト)の創造を目指した取り組みだ。
サービスは「KINTO SELECT」と「KINTO ONE」の2種類。SELECTは3年間に6種類のレクサス車を半年ごとに乗り換えられ、月額料金は19万4400円(税込み)。ONEは3年間で5車種のうち1台を月額料金で利用するもので、4万9788円のプリウスから10万6920円のクラウンまで料金には幅がある。
契約はオンラインで完結し、車両の登録や税金も料金に含まれている。自動車のサブスクリプションは、スポーツカーやSUVといった異なる車種を乗り比べる楽しさに加え、限られた利用権を独占するという意味での“所有”に伴うコストを軽減するという意味で、新しいカーライフを人々に提供するだろう。
■購入の敷居を下げれば、ユーザーはまだまだ増やせる
つまりトヨタは、よい車を作り販売することに加え、車のあるライフスタイルや生き方を創造しようとしている。サブスクリプション・ビジネスへの取り組みとともに、トヨタを“自動車メーカー”としてとらえていくことは適切ではなくなる。他の企業や業種でも、既存のビジネスモデルや業種の境界は薄れていくだろう。
自動車を所有するには、多額の資金が必要だ。特に、若い世代にとって、数百万円を負担することへの抵抗感は強い。同時に、子供が生まれたタイミングなどで「やっぱり、車があると便利だ」と痛感する。子供が生まれ自動車を使うようになったことで、週末の時間が楽しくなり、もっと良い車がほしいと考える人もいるだろう。トヨタは、車を使うことで生み出される体験・感動を醸成しようとしている。
自動車には人々の生き方(文化)が反映される。さらに、自動車は、わたしたちのライフスタイルを形成する。「車は楽しい」と実感してもらうためには、自動車を手に入れるための敷居(購入資金の負担、メンテナンス、保険などのコスト)を下げることが重要だ。エントランスにおける費用が下がれば、車を身近に感じる人が増える。そのためにトヨタはサブスクリプション・ビジネスに進出した。
■一概に「高い」とは言い切れない
トヨタのサブスクリプション料金に関しては、「高い」との指摘もある。同時に、自動車との付き合い方には、私たちの情緒も影響する。「スピードを体感したい」「移動の時間を快適にしたい」「格好をつけたい」など、自動車に乗る理由はさまざまだ。レクサスが欲しいと思っている人は、夢が手に届くところまで来たと感じるだろう。一概に金額の多寡だけでは評価できない。
トヨタは、“自分の車”に乗ることへの敷居を下げ、普及モデルから高級車に至るまでの自動車と人々の“距離感”を縮めることを重視している。今後、利用が進むとともに、対象車種の拡充や付加的なサービスの提供など、トヨタはサブスクリプション・ビジネスを強化していくだろう。それが同社の成長にどのような影響をもたらすか、実に興味深い。
(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=時事通信フォト)
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