AI時代でも「生き残れる会社」の人材育成
プレジデントオンライン / 2019年3月5日 9時15分
■社内よりも「市場」での価値で勝負をする
【佐藤】AI(人工知能)の進展に伴い、これまで多くの優秀な人材を集めてきたメガバンクでもリストラや人員削減を行わざるをえない事態に直面しています。せっかく採用した優秀な人材を十分に使いこなせないままリストラの対象にするなんて本当に馬鹿げた話ですが、総合商社も対岸の火事ではないはずです。
どのようなかたちで構造的転換を図り、どう人材を育成していくのか。大きな経営課題なのではないでしょうか。
【國分】今後10年間で、我々がこれまで積み重ねてきた商社型のビジネスモデルがどれだけ生き残ることができるのか。その半分は消えてしまうのではないかという危機感を持っています。
そうした中、AI化に伴う変化によって、新しいビジネスモデルを生み出し、いかにプラスに転化させていくのか。そこで必要になってくるのが人材の多様性です。この多様性がなければ、本当のイノベーションは起こせない。そう考えています。
【佐藤】それは総合商社の問題だけではなく、日本政府、国家の問題でもありますね。
【國分】私も40年以上、商社パーソンとして働いてきましたが、総合商社というところは、ものすごく均質な人たちが多いのです。雰囲気や発想、行動も似ている。例えば、海外出張で飛行機に乗った際に、乗客を見て、「あの人は商社の人間だな」とだいたいわかってしまいます。それくらい雰囲気が似ているのです。
【佐藤】私も講演会に行くと、公安警察や公安調査庁、防衛省の情報本部の人間なのか、目つきだけでなく、立ち居振る舞いやメモの取り方でわかります(笑)。
【國分】つまり、そうした均質な人たちが集まった組織で、本当にイノベーションが起きるのか。確かに商社の経験という点では、まだ使える部分はあるのですが、もうそれだけでは足りないのです。
ここで言う多様性とは、単に女性活用を推進すればいいといった話ではなく、女性だろうが男性だろうが、どの国籍だろうが、価値観、文化、発想が異なる人たちが集まらなければ、革新的イノベーションは起こせないということなのです。
その意味でも、若い社員たちには日頃から、カンパニーバリュー(社内における価値)よりも、マーケットバリュー(市場における価値)で勝負をしなさいと言っています。これまではカンパニーバリューで勝負する人でも偉くなれましたが、これからはマーケットバリューの高い人をいかに会社の中に抱えていくかが大切になってくるはずです。
■「丸紅アカデミア」で人材を育成
【佐藤】そうした人材を、どのように育成していこうと考えていますか。
【國分】その一環として、2018年4月から丸紅アカデミアというプログラムをスタートしています。期間は1年で人数は25人。拠点は東京とシンガポールです。プリンシパルにはシンガポール政府投資公社(GIC)の元幹部に務めてもらいます。
丸紅のプラットフォームを使って、社内の人材がどう化学反応を起こせるのか。そのヒントになる実地の教育をやろうということです。
【佐藤】それはすごく面白いですね。実は、私も日本の外務省にそうしたアカデミーをつくりたかったのです。
丸紅アカデミアではGICの元職を入れるそうですが、実はこれがすごくポイントになってくるはずです。それはなぜか。元職には今の情報は入ってきませんが、エリートの文法がわかっているからです。もし文法がわからなければ、いくら情報を入手しても“情報を読む”ことはできない。現職の人は守秘義務があり、どうしても必要以上に抑制的になるのですが、元職は情報を意外と自由に読み解いてくれるでしょう。
もうひとつ、お伺いしたいのは、どうすればプロジェクトで失敗しないのか。あるプロジェクトが、将来性のあるイノベーションなのか、それともおかしいのかを、どうやって見抜くかということが重要になってくると思うんです。
【國分】日本人はプロジェクトを、非常に楽観的な予測に基づいて進める傾向がありますが、私は悲観的な予測も同時に用意しなければならないと考えています。収集した情報を、科学的に分析し、最悪のケースにも備えておく。情報が溢れている中で、確度の高い情報をどう見極めていくのか、訓練と技術が必要ですが、日本人はそうしたアプローチが非常に苦手なのではないかと思います。
■相手の情報は正しいか見極める方法
【佐藤】相手の情報の確度を見極めるために、情報の世界でよく使う手法があります。例えば、中国の人口はどれくらいか聞いたとしましょう。そのとき中国の人口を100億人と答えた人がいたら、いくら習近平体制の将来を熱く語ろうとも、聞く必要はありません。もちろん、7000万人と答えた人の話を聞く必要もないわけです(注:中国の人口は約13.8億人)。
大事なことは、その人がどういう公理系(一般に通じる道理)に基づいた考え方をしているのかどうかです。今、国立情報学研究所教授の新井紀子さんの『AIvs.教科書が読めない子どもたち』という本がベストセラーとなっています。2011年に始まった「ロボットは東大に入れるか」という人工知能プロジェクトを通して、AIは何を得意とし、何を苦手とするのかを分析したものです。この本を読むとAIも万能ではないことがわかる。それは新井さんが公理系に基づいた議論をしているからです。
公理系からはみ出して、この人の話は面白いとか、夢があるという理由だけでプロジェクトを判断すると、騙される危険があるのです。
【國分】たしかに当社には蓄積された過去の事例がたくさんあり、プロジェクトの可否を判断するために、過去の失敗から学ぶことも行っています。だからといって、現在進行中のプロジェクトが絶対に失敗しないということはありえません。そのプロジェクトを何のために行い、どのステージに向かっていこうとするのか。大きな視点による戦略性を持つことが重要だと思っています。
【佐藤】お話を伺っていて強く感じるのは、丸紅には健全な愛社精神があるということです。きちんとお金をかけて、研修をして、人材を育てていく。そうした会社には自然と健全な愛社精神が育まれます。もし能力のある人たちだけを集めても、会社に対する帰属意識やチームワーク、後輩を育てる意識は醸成されないでしょう。
私も外務省時代、いろいろと嫌なこともありましたが、それでも外務省に入ってよかったのは尊敬すべき先輩たちがいたからだと思っています。
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作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本大使館勤務などを経て、作家に。『国家の罠』でデビュー、『自壊する帝国』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
國分文也(こくぶ・ふみや)
丸紅社長
1952年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。75年丸紅入社。30代のときに米国で石油トレーディング会社設立を経験。2010年丸紅米国会社社長、12年副社長を経て、13年4月より現職。
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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優、丸紅社長 國分 文也 構成=國貞文隆 撮影=村上庄吾)
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