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東大病院が"東大のお荷物"に変わった原因

プレジデントオンライン / 2019年3月5日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/relif)

東京大学医学部附属病院の経営が悪化している。2017年度は17億円の黒字だったが、これは国からの運営交付金や補助金で“化粧”した結果で、実際には40億円の赤字だった。赤字の原因はなにか。東大病院の人件費率は医業収益の50%で、現場の医師たちは安月給でこき使われている。赤字の根本原因は病院経営を軽視する教授たちにある――。

■「化粧」がなければ40億円の赤字

東大病院が公表する2017年度の事業収入は593億円で、17億円の黒字だが、病院の本来の売り上げである医業収入は440億円にすぎない。残りは国からの運営費交付金39億円と補助金4.6億円、さらに資産見返負債戻入14億円だ。これは国立大学時代の名残で存在する会計上の処理で、減価償却に見合う収益を同時に計上するものだ。補助金や会計上の「化粧」がなければ、東大病院は40億円の赤字である。

では、東大病院の経営の、どこにコストがかかっているのだろう。病院経営のコストといえば、通常は人件費だ。小児科や産科など患者数が少ない「不採算分野」を担当せざるを得ない地方の公立病院の中には、人件費率が80%を超える病院も珍しくない。

ところが、東大病院の人件費率は低い。医業収益に占める割合は50%だ。医師に関しては、2016年度の初期ならびに後期研修医を除く人件費が20億962万円だった。同年度の常勤医師(医員を含む、初期・後期研修医を除く)は730人だから、一人あたりの平均年収は275万円となる。医員が全て無給として、助教以上の563人に限っても、平均年収は357万円となる。

■専門病院に歯が立たなくなっている

ちなみに、勤務医の平均年収は1,696万円だ。東大病院の医師の平均年収を、その半額の800万円として計算すれば、少なく見積もっても医師の人件費として25億円を要する。つまり、東大病院の経営は、彼らが公開する財務諸表よりはるかに悪い。

なぜ、東大病院の経営は、こんなに悪いのだろうか。それは、東大病院に患者が来ないからだ。『手術数でわかるいい病院2018』(朝日新聞出版)によると、2016年度に実施した東大病院の胃がんの手術件数は122件で、関東地方で17位だ。トップのがん研有明病院(541件)の23%にすぎない。常勤医はそれぞれ12人と7人だから、医師一人あたりの年間手術数は10件と77件になる。実に7.7倍の差だ。

これはがん治療に限った話ではない。循環器領域でも同様だ。東大病院の心臓手術件数は234件で関東地方で25位だ。トップは榊原記念病院で1,005件である。常勤医の数は6人と7人。医師一人あたりの年間手術数は39件と144件になる。実に3.7倍の差だ。

この数字の持つ意味は大きい。これは患者あるいは紹介医の判断の積み重ねだからだ。かつて大学病院が担ってきた高度専門医療の領域において、東大病院は専門病院に歯が立たなくなっていることを意味する。

■入院・外来ともに患者数は右肩下がり

山手線内の東京都心部には、全国でもっとも多くの医療機関があり、生き残りをかけてしのぎを削っている。患者を獲得するため、それぞれが専門性を磨いている。この傾向は東京で顕著だ。全国の国立大学病院の中で東大病院が最も苦しい境遇にあるのも、ある意味で仕方がないのかもしれない。東京の次に医療機関が多い大阪でさえ、がん研有明病院や榊原記念病院のような民間の専門医療機関はない。

東大病院の凋落ぶりは数字の上からも明らかだ。図表1は患者数の推移だ。入院患者数は2008年度の39万6436人に対し2017年は35万8923人、外来患者数は2008年の80万931人に対し2017年は69万8780人と、右肩下がりが顕著だ。

東大病院の患者数の推移(画像=「東京大学医学部附属病院の概要」P8より)

『選択』2月号で紹介された東大病院の内部資料によれば、昨年11月の病床稼働率は80.8%で、前年同月比でマイナス2.7%だった。

2017年度上半期の東大病院の常勤医師数は1,026人で、医師一人あたりの売り上げは3,994万円だった。

医師一人あたりの売り上げはがん研有明病院で約1億円、榊原記念病院で約1.9億円だ。東大病院の生産性がいかに低いかご理解いただけるだろう。

■研究の生産性は京大の「7割程度」

もちろん、東大病院は市中病院と違い、学生教育や研究も担う。生産性が下がるのはやむを得ない側面もあるが、42ある国立大学附属病院の中で医師一人あたりの売り上げが最下位であることも追記しておきたい。

また、研究の生産性も決して高いわけではない。図表2は医学部の臨床研究の生産性を比較したものだ。

各大学の臨床研究の生産性比較(画像=上昌広)

少し古くなるが、2009年1月から2012年1月までの間に、大学病院に所属する医師100人当たりが発表した臨床論文の数を示している。この調査は、当時東大医学部5年生であった伊藤祐樹君が行った。米国医学図書館のデータベース(PUBMED)を用いて、“Core Clinical Journal”に分類される論文の発表数を調べた。

東大は全体で5位。トップの京大の7割程度の生産性だ。診療と研究のいずれの点においても東大病院は極めて効率の悪い組織となっている。

■「東大病院はすでに経営破綻している」

東大病院の問題は、これだけではない。野放図なハコモノ投資も目につく。その中心が「病院地区再開発」と称し、敷地内に臨床研究棟や病棟などを新築していることだ。

『選択』2月号の記事によれば、2017年度、そのために119億円を支出した。このうち52億円を補助金や財政投融資で賄い、不足する67億円を大学本部から借り入れた。債務償還と併せ、2017年度に本部から83億円を補填された。過去の分と併せて、本部からの借り入れは総額138億円に達している。

この状況は異様だ。知人の税理士である上田和朗氏は「東大病院はすでに経営破綻している。この状況で、将来の経営の手足を縛るハコモノ投資をする理由がわからない」という。

東大本部の財務状況を考えれば、いつまでも東大病院の尻ぬぐいは続けられない。東大は1兆1,324億円の資産を保有するが、多くは処分できない土地や建物だ。現預金は1,227億円にすぎない。転売可能な有価証券や美術品・収蔵品を併せても1297億円しかない。

2017年度の東大の経常収益は2347億円で、このうち運営費交付金・補助金が929億円(42%)だ。政府は国立大学への運営費交付金を毎年1%ずつ減らす方針を示しており、80年後にはなくなる。

東京大学は明治時代に国庫から大学基本財産にしかるべき金額を組みいれ、その運用益によって大学経費を賄う基金構想が議論されてきたが、いまだに実現していない。東大の運用基金は2018年3月末現在で108億円で、運用益は9,100万円にすぎない。

392億ドルの基金を10%の利回りで運用し、18億ドルを大学の運用経費にあてるハーバード大学とは比較にならない。また、22億3700万ポンドの収益を、出版関係(7億9800万ポンド)、研究収益(5億7910万ポンド)、授業料(3億3250万ポンド)など多様な方法で確保し、政府からの補助金に依存しない英オックスフォード大学とも違う。

■東大病院は医学部教授たちの私物ではない

少子高齢化が進むわが国で、政府からの補助金に依存する東大の経営基盤は脆弱だ。授業料を上げたところで、期待できる増収は20億円程度。東大が生き残るためには、赤字を垂れ流す病院を何とかしなければならない。

東大の存続のためには、東大病院を何とかしなければならない。その際、重要なのは国民視点で議論することだ。東大病院の多くの診療科は国民にとって必要不可欠でない。東大病院で無理にマイトラクリップ手術をせずとも、患者を榊原記念病院に送ればいい。経験の乏しい医師に手術されるのは患者も避けたいし、このような治療を止めれば、病院経営も改善する。

いっそのこと患者がこない不採算の診療科は閉鎖すればいい。看護師は他の病棟に異動すればいいから、雇用問題は生じない。結局、そのような診療科に固執するのは医師だけだ。このような状況はすでに職員も感じているようだ。現在の東大病院は「お医者さんのやりたい放題」(東大病院職員)という。

東大病院は明治以来、先人が築き上げてきた国民の財産だ。医学部教授たちの私物ではない。どうすれば、この財産を次世代に引き継げるか、いまこそオープンに議論し、時代にあった在り方を模索すべきである。

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上 昌広(かみ・まさひろ)
医療ガバナンス研究所理事長・医師
1968年、兵庫県生まれ。93年、東京大学医学部卒。虎の門病院、国立がんセンター中央病院で臨床研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究する。著書に『病院は東京から破綻する』(朝日新聞出版)など。

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(医療ガバナンス研究所理事長・医師 上 昌広 写真=iStock.com)

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