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「条例をラップ調」日本一若い街のやり方

プレジデントオンライン / 2019年3月4日 9時15分

2012年5月5日、愛・地球博記念公園とリニモの軌道(愛知県長久手市 写真=時事通信フォト)

愛知県長久手市は「日本一若いまち」だ。名古屋市と豊田市に挟まれたベッドタウンとして、人口は半世紀で約5倍になった。だが今後は急激な高齢化が予想される。市はあえて「わずらわしいまち」をキーワードにコミュニティの再構築を進めており、その過程では「ラップ調」のPR動画も作ったという。長久手市が挑むまちづくりのやり方とは――。

■名古屋市と豊田市に挟まれたベッドタウン

愛知県長久手市の知名度が一気に高まったのは、2005年に開催された万博「愛・地球博」の会場となってからである。それに加え、ここ数年は、「日本一若いまち」として知られるようになった。2010年から2015年にかけての人口増加率は10.7%と極めて高く、特に若い世代の人口増加が進んだことで、住民の平均年齢が38.6歳(2015年「国勢調査」)という、全国で最も若いまちとなったのである。

なぜ長久手市は人口増加を続けているのだろうか。最大の要因として、西に2027年のリニア中央新幹線開業を控えて好景気が予想される名古屋市、東には日本経済を牽引するトヨタ自動車本社のある豊田市に挟まれているという、立地上の特性がある。つまりベッドタウンとしての人口増加がもたらされているわけだ。1971年の町制施行以降、地道な区画整理事業によって宅地開発が進められた結果、1970年に1万1000人を超える程度だった人口は急激に増加し、約半世紀の間に、実に5倍の5万6000人を超える規模にまで拡大したのだ。

■イオンモールとイケアもオープン

長久手市の活力は人口の「量」的な増大にのみあるわけではない。まちとしての「質」的な充実ぶりは、市内を東西に貫く「グリーンロード」を歩くことで感じることができる。2005年の「愛・地球博」を契機に開業した磁気浮上式鉄道「リニモ」が頭上を走るメインロード沿いには、2016年に「イオンモール長久手」、2017年には「イケア長久手」がオープンするなど、大型商業施設が一気に開業した。万博会場跡地の愛・地球博記念公園には、スタジオジブリの作品をモチーフにした「ジブリパーク」が2022年度に開業予定と、ここ数年来の動きは目覚ましいものがある。

人口増加に対応した大型商業施設の進出や、学校、公園などの整備により、生活環境の「質」が整えられた。その成果として、2015年の日本経済新聞「子育てをしやすいまち」ランキング1位、2016年の『日経ビジネス』「活力ある都市ランキング」3位、2018年東洋経済新報社「住みよさランキング」2位というように、各種都市ランキングにおいて華々しい評価をたたき出すことになった。これらのランキングは、生活面での利便性や快適度などさまざまな指標による評価であり、長久手市の生活面での「質」の豊かさを表すものと言える。

■気になる「ニュータウン」との類似性

以上の点からすると、長久手市には何の課題もなく、明るい将来が約束されているように見えるだろう。しかし、長久手市で地域の活動にかかわる人びとの声からは、そんな能天気な明るさは聞こえてこない。むしろ、不思議なほどの緊張感に包まれている。それは、単純に明るい展望のみを描くことができないためである。

実際、長久手市の人口動態を注意深く見ていくと、1970年代以降の多摩をはじめとしたニュータウンの動向との類似性に気づかされる。ここから予測されるのは、長久手市では2035年頃まで人口増加が続くと予測されているが、その直後から急激に高齢化が進み、全国のニュータウンで問題となっている高齢化、空き家の発生、地域コミュニティの衰退などの問題が、短期間に、集約される形で押し寄せることだ。

このような問題も、現在の市の豊かさで乗り切れるのではないかと思われるかもしれない。しかし、一般にベッドタウン型の都市は、人口増による一定の税収の伸びや、大型商業施設の開店による地域経済への効果・税収増はあるものの、自動車産業を中心とする大規模な製造業集積地である愛知県西三河地域のようには、法人市民税の大幅な増収を見込むことができない。逆に、人口増によって若い世代に対応した生活基盤整備や、高齢化が一気に進む際の多額の歳出増に対する懸念が大きいと言える。その意味では、ここ数十年にわたる若い世代の人口流入は、将来の大きな課題を潜伏させている状況と見るべきなのだ。

■「小学校区」を単位にしたまちづくり

このような課題に対して長久手市の目指している方向性は、地域住民の参加、共同性の再構築という、ある意味で新規性に乏しいものに見えるだろう。しかし、そのビジョンや取り組みの進め方はとても興味深いものがある。具体的には、現在の人口増加に対応した積極的な投資ではなく、将来の人口減少と急激な高齢化を視野に入れ、小学校区を単位とした住民参加・協働のまちづくりを進めている。

行政組織としては、「住民ひとりひとりの居場所がある=たつせがない人がいない」とする方針に基づき、2012年に「たつせがある課」が設置され、協働型のまちづくりが展開されている。これは現在二期目となる吉田一平市長の方針によるもので、市の政策の柱となる計画策定においても、住民と協働し、ワークショップ型で議論する委員会運営の方針が徹底されている。実際、2019年3月公開予定の「長久手市第6次総合計画」は、市民とのワークショップを中心に、すべて市の担当者の手作りで、市民と協働のもとに策定されている。

この方針は、直近の長久手市予算編成にも貫かれている。2019年度当初予算では、前年度比5.5%増の200億円超の一般会計予算が組まれた。若年人口の増加に対応した保育園・児童発達支援センター、児童館一体型施設の整備費として約6億8000万円が計上されるとともに、各小学校区の拠点である「地域共生ステーション」整備費などに5億円以上を計上している点に注意したい(中日新聞朝刊 2019年2月5日)。

「地域共生ステーション」とは、小学校区ごとに住民が地域づくりに参加する拠点とする施設で、2013年から現在まで全6小学校区のうち4小学校区で設置されている。この拠点をベースに、地域づくりにかかわる諸団体や地域住民が協働するためのまちづくり協議会と地区社協による組織づくりを進め、さらに地域の悩み事を包括的に把握し、地域での解決につなげる専門職であるコミュニティソーシャルワーカーを配置することにより、福祉を中心としたまちづくりが展開されている。

■「わずらわしいまち」を再構築する市長

2016年6月に「ニッポン一億総活躍プラン」が閣議決定された後、厚生労働省を中心に、地域住民や地域の多様な主体が「我が事」として参画し、世代や分野を超えて「丸ごと」つながること地域づくりを行う「地域共生社会」の取り組みが推進されている。推進のための第1回全国サミットが、2018年10月に長久手市を会場として開催されたことは示唆的である。それは、長久手市が今後の地域課題を先取りしつつ、地域の課題を地域住民の参加によって自ら解決していく方向性を模索している点に求められるだろう。

もちろん、住民参加に期待することが現実的なのかという疑問も浮かぶ。実際、長久手市の自治会加入率は、2004年の60.3%から2017年には53.8%に減少し、愛知県内最低の水準である。特に人口増加が進む名古屋市に隣接する西部地域では4割を下回っている。

近隣関係など地域コミュニティ基盤の弱体化が進む中で、住民の参加、支え合いのしくみに期待を寄せることは無謀にも見えてしまう。こうした問題に対して、長久手市の目指すあり方を、吉田市長は「わずらわしいまち」を再構築させるのだと表現する。ここには、住民参加を掛け声に終わらせないための、一見するとネガティブなひびきを持つ「わずらわしい」関係をあえて前面に打ち出すことで、住民たちが協力するためのしくみづくりを施策として進める意図が込められている。

■「まちづくり条例」のPR動画はラップ調

その取り組みの一つとして、各小学校区の地区社協では、地域参加の少ない住民層に向けて、地域福祉学習会や、主に高齢者を対象としたサロンから子ども食堂まで、多世代の住民の課題を把握し、住民自身がその問題を解決していくための組織づくりを展開している。こうした取り組みにおいては、支援をするという働きかけだけでなく、住民が共同して問題を解決し支援する側へと転換することが意図されている。

また、障碍者の就労支援を中心に、子ども食堂をはじめとするさまざまな地域活動を展開するNPO法人楽歩のように、専門家だけではなく、当事者も地域住民も共にまちづくりに参加するための基盤を地道に追及している活動もある。さらに、こうした活動は、地域住民以外の参加にも広がっている。

市内には愛知医科大学、愛知淑徳大学、愛知県立芸術大学、愛知県立大学という専門性が異なる4つの大学がある。市内に通学する大学生を合計すると約1万3000人で、市の人口の2割程度の規模となる。長久手に通学してくる大学生を巻き込み、大学生のボランティア活動を地域との活動につなげ、まちづくりに生かすための「長久手市大学連携推進ビジョン4U」の取り組みが進行中だ。

このような住民参加のまちづくりを進めるための制度的な基盤が、2018年7月に施行された「長久手市みんなでつくるまち条例」である。条例の施行後、まち詩「さかそう ながくて じちのはな」という楽曲がつくられた。作・編曲やボーカルは名古屋学芸大学の森幸長准教授で、市のサイトではPR動画をみることができる。説明文には「このPR動画には、36の団体等の約590名の市民のみなさんが出演しています。皆、ラップ調のリズムに乗りながら、楽しく歌を口ずさんでいます」とあり、市は住民参加の象徴として位置づけている。

まち詩「さがそう ながくて じちのはな」のPR動画の画面キャプチャ(画像=PR動画よりプレジデントオンライン編集部作成)

現在最も若い地域である長久手市のまちづくりから見えてくるのは、地域のコミュニティ基盤が弱まる中で、新たにその再構築を進めることによって、将来の深刻な課題解決を先取りするための布石である。人口増加や大型商業施設の生み出す活気ある賑わいに目が向けられがちであるが、今後の地域社会のあり方を考える上で注目すべきは、現在進行中の、そして将来爆発的に向き合うことになる課題の解決に取り組む地域の動きと、その足取りのリズムにあると思われる。

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松宮朝(まつみや・あした)
愛知県立大学教育福祉学部 准教授
1974年生。北海道大学大学院文学研究科博士後期課程中退、同助手を経て、2001年より愛知県立大学に勤務。社会学・地域社会学専攻。愛知県長久手市の地域福祉計画、大学連携推進ビジョン策定にもかかわる。共編著として、『トヨティズムを生きる』せりか書房(2008年)、『食と農のコミュニティ論』創元社(2013年)、分担執筆として「地域コミュニティにおける排除と公共性」金子勇編著『計画化と公共性』ミネルヴァ書房(2017年)など。

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(愛知県立大学教育福祉学部 准教授 松宮 朝 写真=時事通信フォト)

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