地方優良企業で終える会社員人生のススメ
プレジデントオンライン / 2019年3月11日 15時15分
■大企業「シニアにやってもらう仕事がない」
2018年9月、政府は企業に対して65歳までとしている雇用継続の義務付けを、70歳までに見直す方向で検討に入ると発表した。背景には、高齢者の増加にともなう年金・社会保障費増の抑制、そして深刻化する人手不足への対応がある。しかし、人手不足とはいえ、企業、特に大企業のシニア社員に仕事があるかというと話はそう簡単ではない。
大企業では年々、役職定年制を導入する企業が増加。管理職でも多くが55歳前後で役員に昇進していなければ、役職定年を迎えて専門職などへの異動を余儀なくされる。
「多くの大企業で、シニア社員全員に仕事を割り当てることが難しくなっています。つまり、やってほしい仕事が明示できなくなっている。言葉を選ばずにいえば、シニアにやってもらう仕事がないということです」
こう語るのは、ライフワークスの梅本郁子代表。ライフワークスは、味の素や積水化学工業、東京急行電鉄といった大企業などを対象に、シニア社員向けのキャリア研修を行っている。年間約200社、受講者は1万2000人を超える。
「企業からの要請としては、シニア世代も組織に貢献できる人材であってほしいというのが一番です。しかし、『あなたの役割が変わります』と言われたときに、わかっているつもりでも頭が切り替えられない人はとても多い。改めて自分の人生と向き合って戸惑ってしまう。それが40代後半、50代前半の時期なのです」(梅本氏)
もちろん、基本的には、現在の会社でのキャリアアップを狙うという人が多い。ライフワークスでも、社内でのキャリア形成を見つめ直すことからコンサルティングを始める。しかしながら、出世コースに乗り、いずれは役員に、という単線型のキャリアを描けるのはごく一部。内容、待遇とも満足できる仕事を得られない人のほうが多いという。それでも大企業の傘の下、失敗せず、上に尽くして必死に働いていれば老後も安泰──そんな時代は過去のものになりつつあるのだ。
■40年の経験を、地方企業で生かす
そこで次の選択肢として注目されるのが、大企業から中小企業、ベンチャー企業への転身だ。
「シニアにポストを用意できない大手から大手への転職は、もはやごく僅か。大手で培った経験を中小企業やベンチャーで生かすケースが増えています」と梅本氏。事業を拡大したい中小企業が、団塊世代の退職で空いたポストに、経験ある人材を求めるケースが増えているという。都会に比べて、特に人材不足に悩む地方では、自治体を挙げてUターン・Iターン組を積極採用しようとする企業も多い。
梅本氏はこんなケースを紹介する。ある50代後半の大手メーカー社員は、海外子会社で一大プロジェクトに参加するなど、順調なキャリアを描いていた。しかし、よりやりがいのある仕事と待遇を求め、転職を決意。しかし、数社で面接を受けるも、「自分の強み」をうまくアピールできずに次々と失敗したという。
「結局その方は、転職活動をする中で、自分の強みが海外で事業を立ち上げた経験と英語力だと気付くことができ、その経験を生かせる地方の中小企業に転職しました」(同)
50代ともなれば、自分のスキルや経験も、一言で表せるような単純なものではない。梅本氏によれば、だからこそ、本当に他者から求められる「強み」を見つけるのに時間がかかってしまう人が多いのだという。シニアの転職について、当人たちに意識が足りていないことも難航する理由の1つだろう。
マーケティングコンサルタントの酒井光雄氏はさらに厳しい現実を指摘する。「50代で転職した人の平均的な年収は400万円。バブル世代の彼らにとって、この数字は厳しいものですが、それが現実です。幸せな転職をしている人は多くないでしょう」。
さらに酒井氏は、「そもそも転職エージェントに登録しようとしている時点で、負け組です」と手厳しい。
「なぜなら、優秀な人材なら、すでに他社からオファーがきているはずですから。デキる人ならば、それくらいの人脈、ネットワークは持っているものですし、仕事ぶりというのは周りが見ているものです」
社員の個人的なつながりで人材を紹介する、いわゆるリファラル採用。この採用法は、若者に限った流行ではなく、むしろ、経験を積み人脈をつくってきたシニア世代にこそ最適といえる。
■「1カ月に1人」でも中小企業経営者に会いに行く
では、シニア世代に求められるのはどんなポイントなのか。1つは、明確に企業に貢献できる、つまりは「収益を上げられる人材」かどうかだ。
「リタイアを見越してソフトランディングを図ろうとしている人。そんな転職を考えている人は、経営者からすればその時点で『さよなら』。いい条件を引き出せるかどうかは、自分がどれだけ企業の利益に貢献できるかを明示できるか次第。それはビジネスにおいて当たり前でしょう」(酒井氏)
酒井氏はこんなケースを紹介する。大手商社の60代社員が、取引先のメーカーに仕事ぶりを認められ、リタイア後に営業部長として請われ再就職。その後、親会社の社長に見込まれ、あれよあれよという間に子会社の社長に上りつめてしまった。
また大手化粧品会社で中国のマーケティングを担当していた50代社員が、経営陣の交代によって社風が変わったと会社に見切りをつけて、異業種の他社に自らプレゼン資料を作って持ち込み、好条件で転職した。「彼は今その企業で役員になっています」(同)。
酒井氏は、さらにシニア、シニア予備軍のサラリーマンの振る舞いについてこうアドバイスする。
「同僚と夜、居酒屋で愚痴をいう時間があるなら、中小企業の経営者に会いに行くことです。1カ月に1人でいいから経営の指南を受けたり、話をしたりすることを勧めます。中小企業の、これはと思う賢い経営者とつながっておく。キャリアを積んだシニアなら、1度は会ってくれます。今はセミナーや講演会だったり、SNSでもそういう機会は転がっている。そして、会うときは常に自分が何者かを示す『面接』の場だと意識しておくことです」
日頃から常に自分が試されているという意識こそが、シニアの転職を成功させるポイントだということだ。
■中小企業経営者の、リアルな声
実際のところ、中小企業の経営者は大手からの転職をどう考えているのか。1887年創業で、岐阜羽島の老舗繊維・樹脂メーカー、三星グループの岩田真吾社長は大手から人材を採用した中小企業の経営者だ。実際に採用したのは、大企業で工場管理の経験がある課長クラスの人材だった。
「プラスチックの着色加工というニッチな分野の責任者が欲しかったので、ただ工場管理の経験があるというだけではなく、専門的な実績が必要でした。さらに、できれば、岐阜で働くモチベーションのある人がいい。数名の候補をヘッドハンターに挙げてもらい、結果として、筆頭候補の人を採用できたんです。4月に採用して半年たちますが、とてもいい働きをしてくれています。本人も、大企業で承認の業務が増えてきたところから、現場で幅のある仕事に変わったので楽しんでくれているようです」(岩田氏)
大企業では、やることが明確化されている分、融通がきかないこともあるが、中小では会社に合わせて柔軟に制度も含めて事業全般に提案してくれる人材が求められる。「自ら積極的に動く人でないとダメ。その条件も満たしてくれました」(同)。
都会の大企業から、地方の中小企業へ。老後はそのまま地元に貢献しながら生きる──。自分が培ってきた財産の真価を知り、キャリアを考えることが、シニアの企業人が幸せになるために求められている。
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ライフワークス社長
東北大学教育学部卒。1986年、リクルートに入社。教育研修事業の営業や、リクルート人材センターなどを経て、2000年にミドル・シニア世代のキャリア支援を行うライフワークス設立。
![](https://president.jp/mwimgs/f/e/-/img_fe7e678dac93879656d05be52a469bef11024.jpg)
マーケティングコンサルタント
ブレインゲイト代表。学習院大学法学部卒。著書に『男の居場所』(マイナビ出版)、『「マーケティング」大全』(かんき出版)など。プレジデントオンライン「社長の参謀」で連載も持つ。
![](https://president.jp/mwimgs/7/c/-/img_7c340ad501983cede34ce9e9a70f368a11708.jpg)
三星グループ社長
1981年、愛知県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後の2003年に三菱商事に入社。その後、ボストン コンサルティング グループを経て、09年に三星グループに入社。15年より現職。
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■▼大企業でシニア社員のポスト不足が深刻化
![](https://president.jp/mwimgs/7/c/-/img_7ce04007606f6f1cb2ac6b9dbb624066623013.jpg)
![](https://president.jp/mwimgs/4/a/-/img_4ad42065ecd6b023d880d7a27f2d7ec3395550.jpg)
(伊藤 達也 撮影=澁谷高晴、黒坂明美、研壁秀俊 写真=iStock.com)
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