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置き引き犯が財布に1万円だけ残した理由

プレジデントオンライン / 2019年3月4日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/laymul)

40代前半のタクシー運転手は、女性の乗客が車内に忘れたバッグから現金を盗んだ。金額は14万円。財布には15万円が入っていたが、1万円だけ残したという。なぜそんなことをしたのか。運転手は裁判で「勘違いだと考えて、バレなければラッキーだと思った」と話した。こんなトホホな犯行の経緯とは――。

■女性乗客の財布から14万円をネコババしたタクシー運転手

被告人は元タクシー運転手(逮捕により解雇)、罪状は業務上横領。となれば、犯した罪の内容は察しがつくだろう。女性の乗客が車内に忘れたバッグから現金を盗んだのだ。その額、14万円。大金だから、忘れたほうは慌てて探すに決まっている。タクシー会社に問い合わせされたら、よほどうまく立ち回らないかぎり発覚する確率が高いことはわかりそうなものだ。

それでも盗ったとなれば、そこには理由がなければならない。それはなんだろう。被告人は40代前半、前科・前歴はない。傍聴席最前列には、妻らしき女性が情状証人として証言台に立つべく控えている。いったい何を話すのだろう。事件の規模は小さいが、興味を惹かれるところは少なくなかった。

「(タクシー会社では)遺失物があった際は運転手が保管・管理することになっていますが、被告人は客である○○さんが忘れたリュックサックの中から財布を取り出し、14万円を抜き取って着服。1万円だけサイフに残して戻したリュックを会社に提出しました。○○さんがタクシー会社に連絡し、リュックを取りに行って中を確認したところ、金がなくなっていることが判明。警察に届けたことから、被告人の犯行ということがわかりました」

■1万円だけサイフに残した意図はどこにあるのか

決め手となったのはドライブレコーダーの映像や走行記録。○○さんを降ろしたあと、被告人が別の場所で路上に車を停めたことを追求され、最初は否定したものの、自白することになった。当日、○○さんはホストクラブで飲食した後で、酔っていたことや機嫌が悪かったこともあり、車内に忘れた財布の件でタクシー会社に電話したときには運転手(被告人)から強制わいせつの被害を受けた、とも訴えたらしい。実際にはその事実はなかったのだが、後述するように、女性がこの訴えをしたことが結果的に運転手の犯行の呼び水となった。

被告人は冒頭陳述で検察官が読み上げた犯行の経緯を認め、何を言われても逆らわない構え。弁護人の顔つきを見ても執行猶予付き判決狙いなのは明らかで、実際、実刑になることは考えにくい。この事件の見どころは、バレる確率の高い犯罪をなぜ行ったか、1万円だけサイフに残した意図はどこにあるのか、夫の犯行を知った妻が法廷で何を証言するかである。

■「借金」は2400万円、月平均27万円もパチンコに投入

検察官は被告人の苦しい経済状況を動機として挙げた。住宅ローンの残金2000万円に加え、カードクレジットの借金が400万円もあったという。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/fotoVoyager)

「被告人はパチンコが好きで、会員カードを所持。利用状況を調べたところ相当の額をパチンコにつぎ込んでいたことが明らかになっています」

その金額は、2018年8月~12月の5カ月間で138万円に達している。月平均で27万円以上。勝つ日もあっただろうが、カードクレジットが増えた大きな理由はパチンコにあり、返済への焦りが犯行の引き金になったと言いたげだった。

一方、弁護人は被害者との間に示談が成立し謝罪が受け入れられていること、被害額を弁償したことのみ述べ、すぐに被告人の妻への証人尋問開始。

弁護人が言う。

「あなたはパートに出られていますね。いつからですか」

「去年の5月からです。パートの収入は月に約7万円で、生活費と日用品に使い、足りないときは主人に言って、月に3万円ほどもらっていました」

夫婦の間には子どもが3人いるので、それまでは子育てに追われていたと思われる。借金400万円のことも、今回起訴されるまで知らなかったとのこと。離婚は考えなかったのかという質問にも首を横に振る。

「子どもたちには父親が必要。一緒に借金を返していこうと思います。今後は私が家計を管理し、すべてを把握するよう努めます」

■子供3人、妻は離婚する気持ちはない

サバサバとした語り口から、夫への愛情が残っていることが感じられた。夫は立ち直れる、今回の事件は出来心として許そう、と思っているのかもしれない。そうであれば、子どもたちのことを考えても、いますぐ離婚する必然性はないだろう。

しかし、攻める立場の検察は、夫婦間の愛情とは別のことを問題視していた。パチンコでの浪費である。夫のギャンブル癖をどう思っているのか。

「パチンコは、私から見てのめりこんでやっているようには見えていませんでしたし、やめてほしいとまでは思っていません。きっと……大丈夫だと思う」

ええ? こういう場合、本心はどうあれ、きっぱりやめてもらうと答えるのがセオリーなのに、根拠もなく大丈夫と言っちゃったよ。驚いたのは筆者だけではなかった。裁判長が身を乗り出し、重ねて尋ねる。

■なぜ、女性乗客の財布の15万から14万を抜いたのか

裁判長「400万円の借金がありながら、5カ月間に138万円もつぎ込んでいる。そのことをどう思うかと質問しているのですよ」

妻「はい。びっくりしますけど、そんなに負けているという認識はありませんでした」

裁判長「今後、パチンコとの関わりについて、どう考えますか」

監督責任のある妻が借金がかさむ要因となったギャンブル癖を楽観視したままでは、執行猶予付き判決を下しにくいということなのか……。大丈夫と答えてはいけない雰囲気にようやく気がついたのか、妻は答えを修正した。

「夫と話し合って、どういうお金の使い方をしているのか把握するように努めます」

被告人質問は事件の経緯を確認することから始まった。

動機は単純で、被告人は酒に酔っていた女性乗客○○さんと車内で楽しく会話をし、酔客相手に問題なく仕事をこなしたと思っていたのに、その女性客が車に忘れものをしたという連絡を会社に入れた際、なんと自分から強制わいせつされたと言った、と知らされ腹を立てたことだという。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/MosayMay)

「私から卑猥なことを言われたと苦情を受けたと聞き、頭にきて、(めぼしいものがあったら)盗ってしまおうと思いました。もちろん、お金が欲しかったのも事実ですが、“なんだよ!”という気持ちが強かったです」

1万円だけサイフに戻したのは、全部盗るのは申し訳なかったのと、もしかして相手が自分の勘違いだと考えてバレなければラッキーだと思ったそうだ。15万円入ったサイフから14万円抜かれて気づかないわけないんだがなぁ。

■母の遺産2000万円が入り、堅実だった生活が狂ってしまった

つぎに、検察がローンや借金返済事情を質問していく。住宅ローンの返済額は月に10万円だから家賃並み。タクシー運転手の給料は手取りで30万円代後半だが、妻のパート収入を合わせれば、月収はざっと45万円。そこまで苦しい数字ではない。やはりパチンコなのかと疑ったら、思わぬことを被告人は告白しだした。数年前、母の遺産が入ったことで、堅実だった生活が狂ったというのである。

「1年に500万ずつ、4年間で2000万円ほど入ってきました。タクシーの仕事は続けていましたが、その間は怠けがちになりました。生活水準が上がってしまい……そして遺産が尽ききてからも、生活水準を落とせないまま今日まできてしまいました」

年間500万円の不労所得があれば暮らし向きは楽になる。遺産の受け取りが2年前に終わるのはわかっていたが、その間の幸せそうな家族の姿を見ていたため、生活水準を落とせなかったという。

■「借金の話をしたら、家族がバラバラになりそうで怖かった」

生活費が足りなくなり、妻に内緒で借金をするようになった。確かに臨時収入を狙ってパチンコもしたが、ギャンブル資金欲しさからではなかったようだ。だからこそ、妻は被告人のギャンブル癖を疑う検察に、楽観的な証言をしたのである。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/fatido)

悪循環が始まる。借金はたちまち膨らみ、返済に追われるようになった。月の返済額は約6万円だという。利子があるから、いくらも減っていかない。給料だけではまかなえなくなったのに、ぜいたくな暮らしを続けていた。不安を抱いた妻がパートを始めてからは勤務態度を改め、遺産相続以前の給料を稼ぐようになったが、今回の事件を起こすまで、借金のことは隠し通していた。なぜなのか?

「自分の見栄から、妻に『大丈夫なの?』と聞かれても『平気だ、平気だ』と言っていました。借金の話をしたら、家族がバラバラになりそうで怖かったのです。留置場で、これからはちゃんとやっていきたいと反省し、許してもらえるとは思いませんでしたが、妻にすべてを話しました」

幸運なことに、離婚したいとは言われなかった。保釈中のいまは、妻の収入+子どもの学資保険を切り崩して生活費を賄いながら仕事先を探す日々だ。

■遺産バブルは終わり、前科が残った。でも家庭の崩壊は避けられた

せっかく得た親の遺産。あとから思えば、家のローン返済を早めたり、将来に備えて貯蓄したり、有効な使い途はいくらでもあったはずだ。被告人だってそんなことはわかっていた。4年間、少々ぜいたくな暮らしをさせてもらい、それが終われば、また地道にやっていこうと思いついた。

誤算だったのは、“遺産相続バブル”で上がった生活水準をもとに戻す難しさだ。見栄っ張りの被告人は、家族にさえ虚勢を張り、こっそり借金をするようになる。それが次第に膨れ上がり、ストレス解消や臨時収入狙いでパチンコにはまり、挙げ句の果てに、現金14万円を盗んで御用となったのが今回の事件だ。

バブルは終わり、借金と前科が残った。でも、家庭の崩壊だけは避けられた。カード決済はやめ、現金でしか買い物しないようになった。今後は妻が家計を管理することにもなった。パチンコもやめた。

立ち直るための条件が整った、被告人の再起に期待したい。

(ノンフィクション作家 北尾 トロ 写真=iStock.com)

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