バドワイザーが"キリン頼み"をやめたワケ
プレジデントオンライン / 2019年2月28日 15時15分
■米No.1シェアのバドワイザー「日本でも本格展開していく」
「バドワイザー」や「コロナ」などのブランドをもち、約3割の世界シェアを握るビール最大手、アンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABI・本社ブリュッセル)が、日本市場に本格的な攻勢をかけてきた。主力の「バドワイザー」はこれまでキリンビールに生産と販売を委託してきたが、今年1月から自社による生産・販売体制に切り替えたのだ。バドワイザーの缶とワンウエイ瓶は米工場が、業務用の樽は傘下にある韓国オリエンタルブリュワリービール(OBビール・本社ソウル)が、それぞれ生産を担い日本への輸出を始めている。
ABIは2015年5月、日本法人のABIジャパン(ABIJ・本社東京都渋谷区)を設立。保有ブランドのマーケティング支援と、飲食店向けの業務用ビールを担当する営業を行ってきた。
18年1月からはアサヒビールが扱っていたベルギービール「ヒューガルデン」の販売を自社に切り替えるなど、日本での事業拡大を進めてきた。コロナ、ヒューガルデン、米シカゴのクラフトビールであるグーズアイランドに続き、最大ブランドであるバドワイザーが今年から加わり、「ABIの商品ポートフォリオはすべて揃った。みな、プレミアムビールであり、今年から日本で本格展開していく」(榎本岳也ABIJコマーシャルディレクター)方針を明かしている。
■まだまだ拡大する日本のプレミアムビール市場
ABIで日本・香港・マカオの統括責任者を務めるゼネラルマネージャーのロドリゴ・モンテイロ氏は、「(高級ビールをより普及させる)プレミアムゼーションを日本市場で進めることが、ABIの最大ミッション」と語る。
また、東アジア統括プレジデントであるブルーノ・コンセンティーノ氏は「韓国、日本、香港、マカオからなる東アジアというビジネスユニットは、昨年新設したばかり。グローバルの中でも最も重要な位置づけだ。その理由はプレミアムビールの成長余地が大きい日本が含まれているからだ」と話す。
ABIJは、アサヒやキリンなどから、営業マンをスカウトして集めている点が特徴だ。とりわけ、営業力が求められる飲食店向けの営業マンが多いと見られる。
実は日本のビール業界には、企業間競争の激しさから大手4社の間での転職実績がほとんどない。たとえば、自動車業界では開発やデザイナーをはじめ人材の流出入は多い。また、百貨店業界では、売り場のユニットごとメンバーが移ってしまうケースなどは昔から存在した。これらに対しビール業界は他業界からマーケティングの責任者がスカウト人事でやってくることはあってもごく稀なケースとして捉えられてきた。
■韓国ビール最大ブランドをすでに買収済み
本邦初の混成営業部隊は、東京などの都市部を中心に飲食攻略を進めていくはずだ。
もっとも、営業を支えるのは生産体制である。特に、飲食店向けの樽はサーバーで供する生ビールであり、品質と鮮度は求められる。このため、はるばるアメリカ工場から太平洋を船で運搬するのではなく、日本に至近な韓国OBビールが生産基地となった。OBビールは1998年にABI(当時のインターブリュー)が買収。現在のCEOは、コンセンティーノ氏が務めている。ライバルのハイトビールとともに韓国市場でシェアを二分しているOBビールで、最大ブランドのCASS(カス)は韓国で最も売れているブランドだ。
ちなみに、戦前までOBビールはキリンが出資していて、同じくハイトは大日本ビール(現在のアサヒビールとサッポロビール)の傘下だった。ハイトは昨年5月まで、大手流通のイオンから第3のビールのPB(プライベートブランド)の受諾製造をしていた。同6月からは、受諾製造先はキリンに切り替わっている。
■M&Aを繰り返し、トヨタを時価総額で上回ったことも
日本のビール市場(発泡酒と第3のビールを含む出荷量)は世界市場の2.6%に当たる511.6万klにしか過ぎない(17年キリン調べ)。それでも世界では7位に位置し、世界15位の韓国市場と比べると2.2倍の規模だ。
18年は前年比2.5%減の498.69kl。14年連続で減少となり、現行の統計を取り始めた1992年以降では過去最低。最盛期の1994年と比べ、3割以上も市場は縮小している。少子高齢化、若者のビール離れなど理由はいくつもある。
一方、世界のビール産業にM&A(企業の合併・買収)、再編の波が押し寄せたのは1990年代の半ばから。その中心にいたのがABIだった。
とりわけ、リーマンショック直前の08年7月には、約5兆円を投じてバドワイザーをもっていた米アンハイザー・ブッシュの買収を決めた。これにより、社名はABIとなった。
そして、16年に世界2位だった英SABミラーを総額10兆1000億円で買収し、世界シェアは3割近くに達した。バドワイザーもコロナも、企業買収によって得たブランドである。
「ABIは投資会社。日本のビール会社も買収される」(アメリカのクラフトビール会社幹部)という見方はいつもある。だが、旧SABミラーが有していたアフリカ事業の不振から、株価は低迷。かつては16年にはトヨタ自動車を上回る時価総額を誇ったが、いまはM&Aを仕掛ける環境にはない。
■サントリー、キリンの技術者も認めたビールづくり
日本市場攻略のキーとなるバドワイザーは、「キング・オブ・ビアーズ」と呼ばれ、ハイネケンやカールスバーグと並ぶ世界のプレミアムブランドのひとつだ。サッカーW杯のオフィシャルビールであり、「フォレストガンプ」などハリウッド映画にも数多く登場する。日本では85年からサントリーが、93年からはキリンがライセンス生産・販売をしてきた。「指導は厳しかったが、旧アンハイザー・ブッシュからビールづくりの多くを学んだ」とサントリーとキリンの技術者たちは口をそろえる。
サントリーが生産・販売していた1990年前後には年500万箱~600万箱(1箱は大瓶20本=12.66リットル)と市場シェアの1%程度を占めていた。しかし、この10年ほどは100万箱を下回っている。
キリンに対し、ライセンス契約の解除がABIから伝えられたのは昨年夏頃。一方、ビール類の酒税改定が明らかになったのは、2016年の年末だった。2020年10月から2026年10月にかけてビール、発泡酒、第3のビールと3層ある税額が、段階的に統一されていくことが決まっている(ビールが下がり、第3のビールが上がる)。
■ビール大手4社を揺さぶる“元寇”となるか
あわせて18年4月からはビールの定義変更も発表された。ビールとは原材料に占める麦芽構成比が「67%以上」(残りは米やコーンなどの副原料)と定義されていたのを、「50%以上」に緩和され、副原料として果実やハーブの使用も認めるという内容だ。
実は、アメリカで生産されるバドワイザーの麦芽構成比は、“50%台”とされている。しかし、日本では酒税法から、「67%以上」という日本仕様で、30年以上も生産されてきたのだ。麦芽構成比が異なるのに、本家と同じ味わいとなるようサントリーもキリンも、技術力で対応してきた。味わいだけではなく、濾過工程に白樺のチップを使うなど、独自の工夫も重ねていたのである。
しかし、昨年の定義変更により、50%台の仕様であっても、堂々と「ビール」と名乗れるようになったのだ。この影響もあり、ABIはバドワイザーの自社生産に切り替え、バドワイザー本来のレシピでの展開に踏み切った、といえよう。
コリアンダーシードやオレンジピールを副原料に使うヒューガルデンも同じく「ビール」と名乗れるようになったのも、プレミアム戦略にとっては大きい。もちろん、ビールの酒税が段階的に下がっていくことも、バドワイザーをはじめビールには優位になっていく。
ABIJは20代の若者を巻き込み、バドワイザーを展開していく方針だ。
94年に205万人だった20歳人口は、現在120万人前後となり、23年には114万人に減り、34年には100万人を切っていく。若者のビール離れ以前に、若者の人数が減っていくのだ。
それだけに、世界最大手による新しい提案力は求められるし、組織された混成部隊の営業力も試される。ABIによる自前主義の日本攻略作戦は、これまでビール4社による国内戦に明け暮れてきた日本のビール産業にとって、“元寇”あるいは“黒船到来”となるのか。
(ジャーナリスト 永井 隆 写真=iStock.com)
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