東京から広島に通勤「副業会社員」の収入
プレジデントオンライン / 2019年3月5日 9時15分
■追い風の副業、未経験者のうち「今後、副業したい」人は41.0%
副業・兼業に対する関心が高まっている。
パーソル総合研究所が2018年10月末時点で実施した「副業の実態・意識調査」(2019年2月12日公表)によると、正社員で「現在、副業している」人は10.9%、「過去に副業経験あり」の人を含めると20.8%。副業未経験者のうち、今後、副業したい人は41.0%に上る。
これを後押ししているのが政府の呼びかけだ。
2018年1月、副業禁止を規定した厚生労働省の「モデル就業規則」を改定し、「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」とし、副業容認を打ち出した。さらに副業・兼業のツールとなるガイドラインを出し、2018年を「副業元年」と位置づけ、普及を呼びかけてきた。
政府の狙いは、経済の活性化にある。
優秀な人材が持つ技能を他社でも活用することで新事業の創出などにつながり、人材を分け合うことで人材確保にも寄与する。また、個人も副業することで自社にはないスキルを獲得し、キャリアアップや収入増につながり、副業をきっかけに起業する人が増えることも期待されている。
■副業の1週間の平均勤務時間は10時間、平均月収は6.8万円
実際にパーソル総研の調査では「現在副業している」人の41.3%が1年以内に副業を開始しており、政府による副業普及呼びかけの影響が見て取れる。また、副業者の1週間あたりの副業の平均時間は10.32時間。副業による平均月収は6万8200円だ。
副業の目的は男女・世代別ともに「収入補填目的」がトップだが、20代・30代男性では「自己実現目的」が2番目に多く、「スキルアップ・活躍の場の拡大」や「本業の仕事に対する不満解消目的」も比較的多い。
正社員といえども給与の補填として生活費を稼ぎたい人がいる一方、仕事以外の趣味などの活動や将来を見据えたスキルアップ志向が強いことがうかがえる。
■「許可なく他社の従業員になることを禁じる」は許可を得ればOK
だが、その一方で副業解禁に踏み切る企業はそれほど増えてはいない。経団連の「2018年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果」(2019年1月22日)によると、兼業・副業を容認している企業は21.9%、禁止している企業は78.1%に上る。
ただし、この経団連調査の対象は比較的大企業が多いが、禁止企業でも「現在認めていないが、認める方向で検討」している企業が2.7%、「現在認めていないが、懸念事項が解消すれば、認める方向で検討」と回答した企業が31.9%に上り、比較的柔軟な姿勢を見せている。
また、パーソル総研の企業調査(従業員10人以上)では「全面的に禁止している」企業が50.0%、「全面的に許可している」企業が13.9%、条件付きで許可している「禁止していない」企業が36.1%。条件付きながらも半数の企業が副業を容認している。そのうちここ1年以内に許可に踏み切った企業が22.8%と、中小企業ほど容認姿勢を打ち出す傾向が徐々に強くなっている。
東証一部上場のある食品メーカーも条件緩和を打ち出している企業のひとつだ。就業規則上は「許可なく他社の役員・従業員になることを禁じる」と規定しているが、同社の法務部長はこう語る。
「逆に言えば、許可を得れば可能ということです。実際、たとえば、研究者が大学の要請で客員教授になる、実家のファーストフードフランチャイズ会社の取締役になるといったケースもあります。原則不許可にしている理由は、社員の健康管理、職務専念義務、競業への機密情報漏えいリスクがあるからです。とはいえ、役員・従業員になることを禁じているだけなのでアルバイト程度は可能性があります」
■広島県福山市役所の競争率80倍の「副業」に採用された人とは
こうしたなか、民間企業の社員を副業で受け入れるという全国初の取り組みをしている自治体もある。広島県福山市は兼業・副業限定で、転職サイトの「ビズリーチ」上において人材を募集。395人が応募し、選ばれた5人が2018年3月から働いている。
仕事の内容は人口減対策の若者定着や女性の子育て支援に関わる施策の企画・推進。戦略推進マネージャーとして市長に近い立場で民間企業の視点から専門的な助言してもらうという位置づけだ。
同市が募集した動機は、民間企業が懸念する情報漏洩のリスクもなく、兼業・副業であれば首都圏の優秀な人材に来てもらえるのではというのが動機だ。
■東京から広島へ月4日の副業勤務で「年収120万円」
勤務日は週1日、月4日程度。1日の報酬は2万5000円。月収10万円、年収120万円をこの副業で得ることになる。
首都圏から新幹線で来る人もいるので別途交通費と宿泊費が支給される。副業する人は雇用関係ではなく、一般的なセミナーの外部講師と同じ扱いになり、報酬も講師謝礼として支出する「謝金」になる。これだと企業が懸念する二重雇用の心配もない。
採用されたのは女性2人を含む30代から50代の5人。製薬会社、映像製作会社、投資ファンドなどの現役の社員だ。働き始めてから1年、現在それぞれが自らのミッションを持ち、各部署と連携しながら活動している。
その一人、都内の映像製作会社の管理職の野口進一さん(42歳)の応募の動機は、「マーケティングや経営企画、映画のプロデュースなどの経験をしてきましたが、培った経験が最も市民生活に近い行政で活かせるのか試してみたかった」というものだった。市役所での主なミッションは、映画などのロケ誘致やクリエイティブ産業の誘致・新興だ。
野口氏は「市に暮らす人は当たり前の風景にすぎませんが、ロケ地として魅力的な資源があることに改めて驚きました。埋もれた町の魅力や資源を掘り起こし、ロケ地として活用しながら観光資源やクリエイティブな産業の振興につげたい」と意欲を燃やす。これまで市役所内でVRの活用に関する講座や福山市立大学で映像編集に関する講座を開催してきた。さらに人的ネットワークを駆使して首都圏のクリエイティブ事業を展開する会社のサテライトオフィスを福山市に誘致する話も進んでいる。
野口氏の仕事ぶりについて福山市企画財政局の中村啓悟企画政策部長はこう評価する。
「当市はロケ地として使われていますが、その魅力をしっかりと発信できていません。野口さんは、福山を“丸ごと撮影都市”と呼んで戦略的な発信計画に取り組んでいる。また、働きながら休暇をとる候補地としてクリエイティブ系の会社のトライアル誘致も実を結びつつあります」
■遠い広島まで遠征「なぜそこまでして副業したいのか?」
とはいっても本業のある身。月に4日勤務とはいいながら本業に支障を来すことはないのか。
「福山市役所勤務には木曜日、金曜日の連日2日ずつ月に4日間をあてています。その分、本業の仕事を固めて処理したり、いない間の引き継ぎをしたりと最初は大変でした。でも、逆に時間に制約があるのでムダな仕事を省いたり、効率を考えて仕事をしたりするようになり、よい意味で割り切れるようになった。意外とできるものだなと実感しています」(野口氏)
じつは野口さんは福山市の副業をきっかけに岩手県の水産加工会社の組織づくりや農業系会社の支援など副業先が広がりつつある。野口さんにとって副業の魅力は何なのか。
「もちろん今の会社でいろんな経験はできますが、それでも一つの組織、一つの文化の中でのキャリアです。副業は自分で選択して違う文化に飛び込むことです。敷かれたレールではなく自分で選んだ自由がある。自由があるからがんばれると思うし、副業を言い訳にすることなく今の会社でもしっかりやろうという気持ちになります。やり始めたときは意識していませんでしたが、今は自由を手に入れた解放感のようなものを感じています」
家族は妻と去年の夏に生まれたばかりの子どもが一人。今は二人三脚で子育てをしているが「副業ができているのは妻のバックアップのおかげ」と感謝する。
■2人の子を育てながら広島で副業する都内在住39歳女性のスキル
子育てでは5歳と3歳の娘を抱える西依清香(にしより・さやか)さん(39歳)も負けてはいない。
都内の自然エネルギー関連会社に勤務しながら子育てと福山市の副業をこなす。応募の動機はこうだ。
「ビズリーチ主催の福山市の副業の説明会の案内を夫がメールで転送したのがきっかけです。私が中小企業診断士の資格を持ち、地域支援事業の手伝いをした経験があるので、夫から『興味があるんじゃない?』と言ってきたのです。私も子育てしているので地域の少子化対策にも興味がありました」
福山市の宿泊出張の際は、夫が保育園の送迎など世話をしてくれる。「私がいない日は子どもにご飯を食べさせて寝かしつけてくれますし、夫の理解と協力に感謝しています。内心、副業のメールを転送して(本当に働きだしてしまって)失敗した、と思っているかどうか知りませんが」と笑う。
西依さんの主なミッションは女性・母親視点を生かした子育て施策の拡充と市役所内の働き方改革のサポート。
「子どもを持つ母親の負担を少しでも軽減することや子どもを持つことを不安に思っている若い世代に対する施策の提案もさせてもらっています。最初は行政の仕事のやり方や流れを知らないので試行錯誤でしたが、提案する以前に協力体制を築くことが大事だと思うようになりました。また、受け入れの窓口である企画政策課をはじめ新しい人たちの出会いからも刺激を受けましたし、副業を通じて世の中に対して意味のある仕事をしてみたいという思いに改めて気づかされたことも大きな収穫です」
■「市役所の職員も5人の働きぶりを見て刺激を受けています」
昨年の11月には地元の新聞にも取り上げられた福山市立大学の学生と企業を巻き込んだセミナーをプロデュース。「就活の会社研究ではなく、30歳までに結婚・出産を含めた仕事とキャリアをどう考えるのかというワークショップを開催したところ、学生や企業からも高い評価をもらった」(西依氏)ことも自信につながったと言う。
副業を含めた自身のキャリアについて西依さんはこう語る。
「私はこの道一筋で昇進したいというキャリア観は持っていません。自分がおもしろいと思ったら、それに向かってフレキシブルに動けることがすごく重要だと思っています。3~5年の経験を経て、仕事の幅を広げるために次のステップは何かを考えて自分で決め、結果的に何かの役に立っていることになるといいなと思っています」
福山市は引き続き5人の副業者に働いてもらいたい意向だ。前出の中村部長は語る。
「5人の方に来てもらってよかったと思います。行政の課題は1年程度では答えが出ませんし、2~3年かかるような事業もあります。市役所の職員も5人の働きぶりを見て刺激を受けています。職員の意識改革も副業者の受け入れのもう一つの目的ですが、一緒に仕事をすることによって大きな効果が生まれると信じています」
先のパーソル総研の副業者調査によると、副業をやることの本業への最も大きい効果として、「既存のやり方にこだわらず、よいと思ったやり方で仕事をするようになった」「自分の仕事のやり方や経験を定期的に振り返るようになった」と答えている。民間企業と自治体という異文化で二足のわらじの経験がもたらす意義は大きいと感じた。
(ジャーナリスト 溝上 憲文 写真=iStock.com)
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