給与格差の拡大を飲ませた人事課長の信念
プレジデントオンライン / 2019年3月12日 9時15分
■ファクトを示し、事業転換を図る
とかく人は変化を嫌がる生き物です。仕事のやり方や内容が変わると、大きなストレスがかかるしリスクも伴うので、社員はきっと反対するでしょう。しかし、時代の流れに合わせて経営を変革することは必要不可欠であり、そうした組織内の“潜在意識の壁”を打ち破るため、私は時として苦言を呈することがあります。
たとえば当社は2015年、保険会社として初めて介護事業に本格参入したのですが、それを表明した当初、社内外から激しい抵抗を受けました。「競合がひしめく“レッドオーシャン”の分野に出て勝算があるのか」「介護会社では保険会社でのキャリアが生かせない」など、不安や不満の声があがりました。当時、不祥事が発覚していた介護サービス大手のメッセージを16年に買収した際は、「このまま介護事業を進めて大丈夫なのか」といった異論も出ました。
私はその都度、「そんなことはない。十分に勝算はあるので理解してほしい」と言い続けました。そのなかで大切にしたのが、「このままでは生き残っていけなくなる」という強い危機感を、具体的なファクト(事実)を示しながら語ることだったのです。
まず、国内市場の縮小です。今後、人口が減っていけば、損保事業の成長は頭打ちになるのが確実です。デジタル技術の進展による異業種との競合に加え、自動運転技術の発達によって交通事故のリスクが激減するためです。
次に、「保険」におけるお客さまとの接点の少なさです。主力の自動車保険では、保険金を年間に支払うケースは契約件数の約1割です。つまり、損保加入のメリットを実感するお客さまは、ごく一握りしかいません。しかも、保険金を受け取るのは、お客さまに災害や事故などの“不幸”があったときに限られる。SNSでつながる今の時代、お客さまと日常的に接しなければ、ビジネスで後手に回ってしまいます。イザというときにしかタッチポイントがなく、お客さまに親しみを持たれていない現状では、「損保離れ」が加速しかねません。
そうした2つのファクトを説明した後、私は「介護事業には将来性がある」というストーリー(考え方)を次のように主張しました。
「介護市場は現在の約10兆円規模から、25年には約20兆円に倍増すると予測されています。また介護事業は、急速に高齢化する日本社会になくてはならない産業です。そこで24時間・365日、お客さまの生活に密着し、介護サービスによってリアルなメリットを提供することができる。当社の経営理念の実現を考えたときに介護事業以上のものはありません」
そして、当社が目指す方向をよりわかりやすくするため、「安心・安全・健康のテーマパーク」というキャッチフレーズも考案しました。その結果、紆余曲折はあったものの、介護事業へ本格的に参入を果たすことができました。社内外のステークホルダーと、最終的には価値観を共有できたからだと思います。当社は現在、介護業界で売上高第2位、居室数第1位となり、経済界からも注目されるようになりました。
■怒鳴られても、持論はまげず
私はあえて言いづらいことを話すとき、小手先の話術に頼ることはしません。今ご紹介したように、ファクトとストーリーを明確に示し、相手に理解してもらえるまで、ブレずに訴え続けます。そうしたスタイルが身についたのは1992年、アジア開発銀行に出向したのがきっかけでした。スタッフの国籍はバラバラで、女性の幹部も活躍していました。まさに“ダイバーシティ”の世界で、強烈なカルチャーショックを受けました。多様な価値観の交錯するそうした環境では、客観的な事実に基づいて自分の意見をはっきり伝えなければ、コミュニケーションが取れなかったのです。
そして4年間の勤務を経て帰国すると、今度は当社(当時は安田火災海上保険)が“ガラパゴス状態”にはまっていることに、強い危機感を覚えました。ガラパゴスの典型が、横並びで昇進する年功序列の人事制度でした。96年に人事部特命課長になると、成果に基づいた評価・賃金制度を軸とする、抜本的な人事制度の改革案を提言しました。
本社の部長は当時、すべて同格とされていたのですが、私は部長ポストを職責の重さなどに応じて「ABC」の3段階に格付けしたところ、社内で物議をかもしました。とりわけ、既得権益を持つ幹部社員の反発はもの凄く、ある幹部から「お前は危険思想の持ち主だ」と怒鳴りつけられたこともあります。しかし、私は上司や経営陣に「このままでは、当社は世界に置いていかれてしまう」という持論を展開し、何とか社内を説き伏せたのです。
私はよく上司とも侃々諤々の議論を繰り広げました。信頼できる上司であればなおのことです。その人を説得できなければ、ほかの人も説得できないと考えたからです。私はむしろ、信頼関係を築きたい人物なら、ときに苦言を交えた本音でぶつかるべきだと思います。
■大歓迎すべき、グッドクラッシュ
相手の人格や信条を傷つけてはいけませんが、お互いにファクトとストーリーを戦わせる「グッドクラッシュ」であれば、後を引くことはありません。現に、私は激しい口論をした昔の上司と、今でも親しく付き合っています。「単なる友達付き合いの友情よりも、上下関係を問わずに丁々発止やり合うビジネスを通じて芽生えた友情のほうが長続きする」というのが私の持論です。
企業にとって最大のリスクは、「リスクを取らないこと」であり、経営者にとって最大の罪は、「経営危機に陥るのがわかっていて何もしないこと」です。また、経営者の大きな役割の1つが「強い組織」をつくることです。そのためには、経営を“自分ゴト”と受け止める当事者意識を、スタッフに植え付けることが重要になってきます。
強靭な企業体質にしたいのなら、経営者はファクトとストーリーによってリスクをきちんと説明し、社員にも危機感を抱かせるべきでしょう。そうすれば、リスクに果敢に立ち向かっていくチャレンジ精神が組織に生まれます。つまり、トップに求められるのは、耳の痛いことでも直言できる資質を涵養していくことだと考えています。
ただし、相手を叱責したり、苦言を呈したりする際には、後を引かないように、その場でフォローすることも忘れてはいけません。頼りにしている部下なら、叱った後に「期待しているからな」と、必ずひと言添えましょう。もし心許ない部下なら、「一緒にやろう」と付け加えるといいでしょう。
耳の痛いことでも直言できる資質を涵養していくこと
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SOMPOホールディングスグループCEO取締役社長
1956年、東京都生まれ。78年早稲田大学商学部卒業、安田火災海上保険(現・損害保険ジャパン日本興亜)入社。2010年損害保険ジャパン代表取締役社長。12年NKSJホールディングス(現・SOMPOホールディングス)代表取締役社長。15年より現職。
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(SOMPOホールディングスグループCEO取締役社長 櫻田 謙悟 構成=野澤正毅 撮影=渡邉茂樹)
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