"天皇の即位"以外で改元した古代人の理屈
プレジデントオンライン / 2019年3月15日 9時15分
※本稿は、プレジデント書籍編集部著、宮瀧交二監修『元号と日本人』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■日本の元号で一番多く使われているのは「永」
中国の元号数は、元号が制度化された唐の建国(618年)から辛亥革命によって清が滅亡するまで(1911年)の間で189とされている。一方、日本は「大化」(645年)から「平成」(1989年)までを合わせると247もあり、数だけで比べると、意外にも日本のほうが多い。
ただ、元号に使用された文字の種類は、中国が148字、日本が72字となり、中国のほうが多いのだ。日本は中国の約半分の72字で247もの元号をつくり出していることになる。なかなか興味深い事実である。ここに、中国と日本の元号で多用された文字を一覧でまとめたが、日本で一番多く使われている文字は「永」で、29回も使われている。
中国の元号と比べて特筆すべきことは、日本の場合、元号の重複がないという点である。
中国では「建武」「太平」の元号はそれぞれ5回、「永興」「太和」はそれぞれ4回も使われている。しかし、日本ではこれまで同じ元号が使われたことは一度もない。
■「大正」はベトナムでも使われていた
同時に、日本は他国の元号との重複を嫌っていた。日本史の中での重複も、また、他国が使っている元号を使うことも、どちらも避けたい。ここに日本のプライドの高さがうかがえよう。
ただ、例外がいくつかある。日本でも「建武」という元号が南北朝時代、後醍醐天皇によって採用されている。これは漢の光武帝(こうぶてい)が漢王朝を再興し、後漢を建てたときの元号で、改革を推し進めたかった後醍醐天皇が反対を押し切って採用したとされている。
また、実は「大正」も、ベトナムでも使われていた元号であった。この事実を知っていたのが、かの森鷗外である。ベトナム(安南)では10世紀中頃から第二次世界大戦後まで元号を使用しており、「大正」は1530~1540年に使われていた。そのため、このことを知っていた鷗外は、「不調べの至(いたり)」と新聞で批判している。この記事を読んだ政府が焦ったことは想像に難くない。鷗外がいかに博識であったかがわかる出来事である。
■「元号」が制度として残っているのは日本だけ
「元号」を生み出した中国だが、意外にも現在は西暦が公式に使用されている。清の滅亡によって元号は廃止され、1912年には「中華民国元年」とするも、中華人民共和国はこれを採用しなかったためだ。
この点は、いずれ中国国内で問題になるのではないかと感じている。やはり中国には中華思想が歴史的に色濃く残っているのではないだろうか。これからはアメリカをも凌いで中国が世界一の大国になると、勢いに乗りつつある現状では、キリストの生年に由来する西暦を使っていていいのか、中国で生まれた元号を復活させるべきではないのか、といった議論が登場するのは時間の問題ではないだろうか。
元号が中国でも使われなくなった今、これが制度として残っているのは日本だけである。かつてはアジアの国々で広く使われていた元号は、20世紀初めには使われなくなってしまっている。そういった現状を踏まえると、今日、「元号」は日本独自の文化となっていると言えなくもない。
日本で最初の元号は、645年に制定された「大化」である。それ以前は、連載第一回(日本人が「元号」を使い始めた意外な理由)で説明したように中国の元号を使ったり、あるいは干支を使ったりしていたことが考えられている。
たとえば、埼玉県行田市にある稲荷山古墳は5世紀後半の古墳だが、ここから出土した国宝の鉄剣には、「辛亥年(しんがいのとし)」と記されている。「辛亥年」は471年だ。当時は、このような干支を使った書き方が一般的だったことを裏付ける貴重な証拠と言えるだろう。
■仏教書に残る「大化」より古い元号
ただ、「大化」以前にも元号があったのではないかという説もある。法隆寺の金堂に伝わる釈迦三尊像の光背に記された銘文には、「法興元卅一年(ほうこうがんさんじゅういちねん)」と記載されている。これは621年にあたり、「大化」以前である。この「法興」を元号だと考える学者もいる。
私はこれは元号ではなく、「法が興(おこ)りて元(から)31年」という意味であると思っている。元には「から」「より」という意味があるため、単なる文章の一節ではないだろうか。
実は鎌倉時代の仏教書には、「大化」より古いとされる元号が複数例登場している。ただ、それらの元号は平安時代以前の史料では一切確認できないもののようである。おそらく、鎌倉仏教が隆盛した時代に、仏教関係者によって造作されたものだろうとみられており、やはり日本で最初の元号は事実上、「大化」で間違いないだろう。
ただ、「大化」に続いて元号が存在したかというと、連続せず飛び飛びになっていることがわかっている。これは実際には、日本の社会では、まだ元号が浸透していなかったということに他ならない。
『日本書紀』では、「大化」後の650年に「白雉(はくち)」、686年に「朱鳥(しゅちょう)」という元号が記載されている。ただ、のちに「白雉」は「白鳳」に、「朱鳥」は「朱雀(すざく)」と表記されることが多く、どちらの元号も実社会ではほとんど通用していなかったのではないだろうか。
■珍しい亀が見つかったから「天平」に改元
では、元号が本当に定着して使われるようになったのはいつなのか。それは、大宝律令が制定され、日本が国家としての体を成した「大宝」(701年)からであろう。事実、「大宝」からは途切れずに「平成」まで続いている。
『日本書紀』に続く歴史書『続日本紀』には、奈良時代のことが事細かに書かれている。そこには改元の理由についての記述もある。
たとえば、「武蔵国秩父郡から純銅(和銅)が出たため『和銅』に改元」や、「甲羅に『天王貴平知百年』と書かれた珍しい亀が見つかったため『天平』に改元」といった記述がある。こうした祥瑞(しょうずい)(めでたい前兆・吉兆)の出現による改元は、「祥瑞改元」と呼ばれている。
また、改元理由の多くは、天皇の即位による代始めの改元(代始改元、即位改元)である。他に、地震や噴火といった天変地異、疫病の流行といった凶事の発生にともない、その厄を払うために改元する(災異改元)ような場合もあった。
■吉兆は口実、政治的な演出としての改元
ただ、代始改元以外は、その裏に政治的な演出があることも否めない。たとえば、「養老」は、元正天皇が美濃国(今の岐阜県)を行幸した際に病を治す美泉を発見し、これを吉兆として改元したとされている。
もちろんそれは単なる旅行ではないだろう。美濃国は、壬申の乱の際に祖父にあたる天武天皇を助けた豪族たちがいたところだ。おそらく、「今後また何か政争があったときには協力を頼む」といったことを伝えに行ったのではないか。その際に、地元にある美泉に立ち寄って改元を行ったのだから、まさに政治的な演出と言えるだろう。
改元には何かしら理由が必要だ。突然何もなく変えることはできない。もし、「政策がうまくいかないので一新するために改元したい」など、政治的な理由や目的で変えたいと思っても、それを公表するのは躊躇されるのではないだろうか。そこで表向きは天災を理由にしたり、吉兆を理由にしたりすることも珍しくなかったのである。
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大東文化大学文学部歴史文化学科 教授
1961年、東京都生まれ。立教大学大学院文学研究科博士後期課程から埼玉県立博物館主任学芸員を経て、現職。専門は、日本史・博物館学。博士(学術)。NHK「ブラタモリ(大宮編)」に出演。元号についての講演に多数登壇。
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(大東文化大学文学部歴史文化学科 教授 宮瀧 交二 写真=iStock.com)
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