なぜ頭のいい子は、モノを平気で壊すのか
プレジデントオンライン / 2019年3月12日 9時15分
※本稿は、プレジデントFamilyムック『塾・習い事選び大百科 2019完全保存版』の掲載記事を再編集したものです。
■わが子の「アートの感性」を磨けば将来大物になれる
子供の将来を見据え、感性や美意識を磨くことができる新機軸のアート教室が注目されている。その背景のひとつとなっているのが、2018年度ビジネス書大賞で準大賞となった『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)。コンサルタントの山口周氏は多忙なビジネスエリートほど、足しげくアートスクールや美術館に通って、感性や美意識を磨いている、と書いている。
同書の主張は「ビジネスの勝負はアートで決まる」というもの。企業には、アップルの故スティーブ・ジョブズのように、人を魅了する商品やブランドの世界観をつくることができるアーティスト的な人材が不可欠で、こうした人材が活躍する組織にできるが明暗を分けるというのだ。
いま多くの日本企業が経営に行き詰まっている理由は、重要な意思決定においてデータや論理をベースにする「サイエンス」と、経験をベースにする「クラフト」が重視されすぎているから。これを打開するには感性や美意識をベースにする「アート」の比重を高め、3つのバランスを取ることが大切だと山口氏は訴えている(※)。
サイエンス&クラフトの2つを重視した意思決定の「結論」は、MBAで学んだ人材や経験豊かな人材が担当すればあまり変わらない。MBAホルダーなどが多くの企業に行き渡った今、「正解のコモディティ化(汎用品化して価値が下がること)」が起きているという。今後、経営にAIが導入されるようになれば、この傾向はさらに加速していくだろう。
※「経営にはアート・サイエンス・クラフトの3つのバランスをとることが大事」との考え方は、経営学者ヘンリー・ミンツバーグが『MBAが会社を滅ぼす』のなかで提唱。山口氏は『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』のなかで豊富な事例と照らして、ミンツバーグ説の正しさを支持。
■世界のエリートが学んでいる「対話型鑑賞」とは?
豊かな感性と美意識のようなアーティスト的感覚は子供が大人になった時に大いに役立つに違いない。しかし、それらは一朝一夕には身につけることができない。そこで、プレジデントファミリー編集部では、ムック『塾・習い事選び大百科 2019完全保存版』の取材のために小学生などを対象とした2つのアート教室に出向いた。
1つ目は、千葉県佐倉市の佐倉市立美術館だ。同館では2013年よりNPO法人芸術資源開発機構(ARDA※)の協力を得て、地元の小学生などを対象にアートの対話型鑑賞プロジェクト「ミテ・ハナソウ」に取り組んでいる。
※ARDAは、誰もがもつアートという力を開発し、その可能性を社会に活かすことで、心豊かな社会を目指すNPO法人。2002年設立。アーツ×ダイアローグ(対話で美術鑑賞)事業は2011年開始。 美術館や自治体などと協働し、鑑賞コミュニケーターの育成、鑑賞プログラムの企画実施を行うことで、社会にアート・コミュニケーションの場を創出している。
このアートの対話型鑑賞による教育法は、1991年にニューヨーク近代美術館(MoMA)の教育部長だったフィリップ・ヤノウィン氏が開発したもの。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』でも、ビジネスエリートたちの感性の磨き方として、この方法を紹介している。学芸員の永山智子さんは、次のように説明する。
「対話型鑑賞が従来の鑑賞法と違うのは、作品に対する知識は問われないこと。まずは作品をじっくり見て、感じたままを言葉にすることから始めます」
■「難解な美術作品」にひるまず自由奔放に意見を述べる子供
この日のテーマは「知られざるドイツ建築の継承者 矢部又吉と佐倉の近代建築」。かなり渋い展示内容だったが、参加した小学5年生の生徒から言葉が次々にあふれてくることには驚いた。
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建築模型の前で、1人の男子生徒がある部分を指さして「全体を見たときに、ここから雰囲気が変わっている。こっちは昔っぽい。こっちは新しい」というと、鑑賞ファシリテーターが「和洋折衷になっているということだね。どこからそう思ったの?」と返す。
商店の設計図と模型の展示では、2つを比較して「屋上は設計図に書かれていないのにどうやってつくったのだろう」「同じ寸法のところは設計図で省略されているのかな」と次々に発見を口にしていた。
「鑑賞ファシリテーターがもっとも心を砕いているのは、たくさん感じてもらうこと。“アートを見て感じたことは自分にとっての真実で『正解』も『不正解』もない。だから、なんでも思うことを言っていいんだよ”と子どもたちには繰り返し伝えています」(永山さん)
そのうえで鑑賞会では、次の3つの問いを投げかけるという。
「『(作品の中で)何が起こっているだろう?』『どこからそう思った?』『ほかにも発見はありますか?』。これらの問いに対する子供たちの発言を言い換えたり、他の発言とつないだりしながら、受け止める。やっていることはこれだけなのですが、子供の考えが深まったり、表現力が豊かになったりするのです」(永山さん)
■「感じたまま、何を言ってもいい」と言われて心が自由になった
取材当初は「アート作品を見て、感じたことを話すだけで本当に感性が磨かれるのか?」という思いがあったが、鑑賞会後、次のような子供たちに話を聞くと考えが変わった。
「いままで美術館に行っても、あまりおもしろくないって思っていたけど、じっくり見て、感じたことを話してみて、みんなの意見も聞いていたら広がった。また美術館に行ってみたいです」
「算数の授業とかだと正解が絶対にあるけど、鑑賞には正解がない、というかすべて正解だから、なんでも言えました。最初は難しそうって思ったけど、やってみたら楽しかった」
もともと子供たちは美術鑑賞も学校の勉強のように、正解がある、型にハマったものだと考えるフシがあった。でも、鑑賞ファシリテーターから「アート鑑賞に正解や不正解はない」「感じたまま、何を言ってもいい」と繰り返し言われて初めて、この対話型鑑賞会で休み時間のように心を自由にして、作品を能動的にみられるようになった。だからこそ、いろいろなことを感じ、発見できた。
このように能動的に物事を見られるようになることこそ、感性や美意識を磨く第一歩。そうやってたくさんのことを感じとり、自分の心を動かす経験を積み重ねることが、やがては社会人となって人の心を動かすような創造性や意思決定の力になるのだろう。
このアートの対話型鑑賞は同館のほかにも平塚市美術館、東京都美術館などでも実施している。
■「ポスカをノコギリで切断」芸術がバクハツする教室
佐倉市立美術館の取材で感じたのは、子供の感性や美意識を磨くには、「心の自由」を担保することが大事だということだった。心の自由があるから、人の目や世間の常識、ステレオタイプにとらわれないユニークな発想や着眼点が生まれる。しかし、現代の子供たちに心の自由は足りているだろうか。そこで、もう1つ取材した。東京都練馬区にある「スタジオパパパ」だ。
ここは一風変わったアート教室だ。先生は教えず、子供に課題も与えない。子供たちはつくりたいものを自由に制作できる、その名も「やりたい放題」というコースがある。
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驚いたのは、黙々と模写する子、彫刻刀でゴム板を彫ってハンコを作る子、紙粘土とスパンコールでカップケーキをつくる子など、静かでおとなしい旧来のイメージ通りの「アート教室」らしい子供がいる傍らで、なんとポスカ(水性サインペン)をノコギリで切断している子がいたことだ。切断して出てきた緑色のインクは、隣の子がつくっていたグルースティック(グルーガンという接着機の材料)で装飾したミニカーにかけられた。
破天荒な行動に少々面食らっていると、教室の主宰者である藤ノ木拓磨さんは「彼は、ペンの中にある丸い球(分離しやすいインクをかき混ぜるために入っている)が見たいんですよ」とニコニコしながら教えてくれた。
さっきケーキをつくっていた女の子は、今度はローラーで壁を赤く染めていた。インクを塗り合って対戦する任天堂のゲーム『スプラトゥーン』を現実世界でやっているようなものだ。まさに岡本太郎ばりに「芸術がバクハツ」していたのだ。
「今日はおとなしいほうです(笑)。壁に黒い絵の具をバシャッとかけて、かけた本人たちも跳ね返りで全身真っ黒になったこともあります。子供たちには、『人に危害を加えない限り、何やってもいいよ』と伝えているんです。『いろんな道具があるけど、全部使っていいよ。壁に落書きしてもいいし、床に水を撒いてもいい。僕にかけちゃったっていいからね!』って。こう言うと喜んで感極まって泣く子もいるんですよ。いまの子は、やっちゃダメって言われすぎているのだと感じます」
■自由に飢えた現代の子供たち
藤ノ木さんがスタジオパパパを設立したのは、東京藝術大学4年生の時のこと。
「大学入学当初から就職をせず、自分のアイデアで仕事をしていきたいと考えていました。では、僕に何ができるかなと社会にアンテナを張った時に目に入ったのが、教育でした」
自分が子供の頃と違って、大人の目を気にせず、自由にのびのびと遊べる時間が少ないこと。また、公共施設では、周りに迷惑をかけないように親が神経を尖らせていること。そうした状況に藤ノ木さんは問題意識を抱いたそうだ。
「子供たちは窮屈そうだなと感じました。目もよどんでいる。こんな風に子供たちが育っていく20年後の社会を見たくないって思ったんです」
■「壊しながら研究する」子供の驚異的な集中力と探究力
スタジオパパパをつくる前に、同様のスタイルのスタジオを仲間と運営していた。そこで実際に子供に接してみて、窮屈な社会の弊害を実感したという。
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「自分で考えて動けない子が多いんです。大人に許される範囲でしか考えたり、行動したりしない。だから、ちょっと失敗しそうだと、すぐに『できない』とやめてしまいます。これでは試行錯誤の末に生まれる革新や新しい物を生み出す創造はできません。だから、ここではすべて自由にしたのです」
藤ノ木さん流の解釈では、あのポスカを切っていた子は「道具について学んでいる」のだという。以前、トンカチでいろんな物を壊していた子がいたが、ある時から急にとても上手にトンカチを使って立派な家具をつくるようになったそうだ。「壊すのも、子供なりの道具の研究なんです」(藤ノ木さん)。
■子供に口うるさくダメ出しする親は芽を摘んでいる
スタジオパパパに通う子供たちは何かに没頭しそれを究めていく傾向がある。また教室の時間や自宅で工作する時間を捻出するために、集中力を発揮・維持して宿題を素早く片付けるなど、勉強にも意欲的に取り組むという。
日本にいま、ポスカを切断している子供を見て「道具の研究をしている」と応援してやれる大人がどれくらいいるだろうか。ほとんどは「物を大切にしなさい」と注意するだろう。家の壁にペンキを塗られたら、たまったものじゃない。掃除が大変だから怒ってしまう。
行儀よい子に育てたい、失敗させたくない、と子供に口うるさくダメ出しする親は多い。だが、そのことで豊かな感性や創造の芽を摘んでしまうとしたら、それは大きな損失だ。その意味で、今回紹介したような教室では、子供の中に眠っているアートの才能を発掘できるかもしれない。また教室でのびのびとやりたいことができる「自由」が与えられることで学習面にもいい影響が出るのに加え、教室で培ったアートの素養が将来の仕事で役に立つことも十分ありえるだろう。
(プレジデントFamily編集部 森下 和海 撮影=大森大祐)
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