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あの「変装」を嫌がらないゴーン氏の余裕

プレジデントオンライン / 2019年3月10日 11時15分

東京拘置所から保釈される日産自動車の前会長カルロス・ゴーン被告(左から2人目)=3月6日、東京都葛飾区(写真=時事通信フォト)

■NHKも調べ上げた「作業着」のインパクト

日産自動車のカルロス・ゴーン前会長(64)が3月6日、東京拘置所から保釈された。その際、スーツではなく作業着姿に「変装」していたことが話題になっている。

民放のワイドショーだけでなく、NHKのニュース番組でも、こと細かに報じていた。NHKの報道はこんな具合だった。

「乗った軽ワゴン車、身につけていた帽子や作業着は、どこのものなのでしょう」
「軽ワゴン車には埼玉県内の塗装工事会社の名前が書かれていました。NHKがこの会社に問い合わせたところ、女性事務員が『経緯は分かりません』と答えていました」
「かぶっていた青い帽子には『N』の文字がありました。NHKで調べたところ、埼玉県内にある鉄道車両整備会社のものと分かりました」
「都内の作業着販売店によると、着ていた作業服は広島県内のメーカーのものとみられます。似たような作業着は上下セットで5500円だそうです」

ずいぶんと熱心に調べたものだ。公共放送のNHKがここまでやるとは思わなかった。裏を返せば、ゴーン氏の変装にはそれだけのインパクトがあったということだろう。

■「ナポレオンが収監先から脱出したことと同じ」

作業着と軽ワゴン車は弁護士が用意したというが、ゴーン氏の変装をめぐっては、「後ろめたいところがあるのだろう」などと批判的な意見が目立つ。

「変装」は海外のメディアも取り上げた。アメリカのニューヨーク・タイムズは「交通指導員のユニホームのようだ。彼が現われるのを何時間も待っていた大勢のリポーターの裏をかこうとした」と書き、フランスのフィガロ(電子版)は「ナポレオンが労働者から服を借りて収監先から脱出したことと同じだ」と伝えた。

変装の真意は何だったのか。

ゴーン氏の弁護人で、6日の保釈に立ち会った弁護士の高野隆氏は、8日付の自身のブログで「保釈に際して行われた『変装劇』はすべて私が計画して実行したものです」と明らかにした。

■「築き上げてきた名声に泥を塗る結果となった」

また、変装の理由については「素顔をさらして住居に向かったとすれば、間違いなく膨大な数のカメラがバイクやハイヤー、ヘリに乗って追いかけたでしょう。彼の小さな住居は全世界に知れ渡ります。生活を取り戻すどころか、健康すら損なわれてしまうでしょう。そのような事態は絶対に避けなければなりません」と説明。さらにこう釈明した。

「その方法として、私の頭にひらめいたのが昨日の方法でした。それは失敗しました」
「私の未熟な計画のために、彼が生涯をかけて築き上げてきた名声に泥を塗る結果となってしまいました」
「私の計画に進んで協力してくれた友人たちに大きな迷惑をかけてしまいました。とても申し訳なく思っています」

本当に深い意味はなく、マスコミの目をかわそうとしただけなのだろうか。あのゴーン氏のやることだけに疑ってしまう。

■「ゴーンさんもおもしろがっていた」

「無罪請負人」「カミソリ弘中」と呼ばれ、高野氏と同じくゴーン氏の弁護人を務める弘中惇一郎弁護士は報道陣に対し、7日、こう話していた。

「変装には私もびっくりしました。保釈に立ち会った弁護士のアイディアだと思う。いろんなアイディアがあっていいが、あれはあれでユーモアがある」
「ゴーンさんもおもしろがっていたと聞いています」

今回の保釈の成功は彼の作戦勝ちといわれている。沙鴎一歩が興味深く感じたのは、ゴーン氏が「おもしろがっていた」という点である。

■逆境の中でも「遊び心」を失わない強さ

ゴーン氏は年をまたぐ108日間も東京拘置所で自由を奪われていた。しかも仏ルノーと日産の会長職を追われて、これまでの社会的地位を失っている。冬の寒い拘置所生活は生身にこたえるし、失職は精神的ダメージが大きい。それにもかかわらず、あのコミカルな変装を嫌がらずにおもしろがる。ゴーン氏という人物は、逆境の中でも「遊び心」を失わない強い人間なのだろう。

今年1月8日、東京地裁で勾留理由を開示する手続きが行われた際、法廷に現れたゴーン氏は「アイ・アム・イノセント(私は無実)」と主張した。体重が10キロも減る過酷な状況下で、あの力強い主張には驚かされたが、今度の変装をおもしろがる余裕にも感心させられる。

なお「アイ・アム・イノセント」という発言については、「法廷で"私は無実"と訴えたゴーン氏の狙い」との見出しで、1月17日付の連載で書いた。参考にしてほしい。

■生い立ちからもうかがえるゴーン氏の強さ

来週にも行われるというゴーン氏の記者会見がとても楽しみだ。金融商品取引法違反と特別背任の容疑をめぐって東京地検特捜部と正面から対決する公判も非常に興味深い。1審で「無罪」を勝ち取るようなことがあるかもしれない。

ただし沙鴎一歩はどんな判決が出ようと、会社の資産をトップが私的に流用する行為は決して許されないと考えている。

過酷な逆境をバネにして社会的地位を獲得していく。その強さたるや、比類ないものだ。ゴーン氏の強さは、その生い立ちに由来するのだろう。

ブラジルで生まれ、幼少期はアマゾン川流域で貧困生活を余儀なくされた。その後父親の母国、レバノンのベイルートに移り住み、中等教育を受けた後にフランスの工学系国立大学に進学。世界的タイヤメーカーのミシュランに入社し、猛烈な働きぶりで頭角を現した。国籍はブラジル、レバノン、フランスの3カ国にある。未開のブラジルに比べれば、東京拘置所での生活などたいした苦労ではなかっただろう。

■「富を偏らせる政治や経済の仕組み」を問う

今回の保釈のポイントは「変装」以外に2つある。10億円という巨額な「保釈金」と、国際社会から批判される「人質司法」の問題である。

保釈金は条件に違反しなければ没収されずに返されるが、10億円はあまりに巨額である。保釈金はその事件が社会に与える影響力や被告人の経済力に応じて算出され、通常は数百万円といったところだ。

ゴーン氏の事件の場合、本人の所得が巨額だったし、世界から注目される大きな事件だ。そう考えると、10億円は妥当なのかもしれない。

3月7日付の東京新聞の社説は、「巨額報酬を問いたい」との見出しを付け、「ゴーン被告については昨日、いわゆる人質司法の問題を指摘したが、一般的に巨額すぎるような報酬についても改めて考えてみたい。富を偏らせる政治や経済の仕組みに、ゆがみはないのかと」と書き出す。

■富裕層は富を増やし続け、勤労世帯の所得が減る

東京社説はまずこう指摘する。

「著しい収入格差は世界に広まっている。格差を研究する国際非政府組織(NGO)、オックスファムは2018年、世界の富豪上位26人の資産約150兆円と、世界人口の半分にあたる38億人の貧困層の資産がほぼ同額だと報告した。数字を見て資本主義の暴走を感じはしまいか」
「国内に目を向ければ、企業が収入を人件費に回す労働分配率は約66%で、石油ショックに苦しんだ1970年代中頃の水準まで落ち込んでいる」
「富裕層は富を増やし続け、勤労世帯の所得が減る流れが国内外で定着している」

「資本主義の暴走」「労働分配率の低さ」「富裕層と勤労世帯の富の格差拡大」と、社会の底辺に目を向けようとする東京新聞らしい指摘である。この後に東京社説はゴーン氏を取り上げる。

■巨額報酬は、資本主義の「暴走」と「ゆがみ」か

「保釈されたゴーン被告は日産会長として一時、年十億円を超す報酬をもらっていた。これに対し、株主総会で批判が出ていた」
「(日産の)経営再建に際し多くの系列会社が取引を停止され、社員も大量に去らざるを得なかった。多大な犠牲を払った上での再建だ。ルノーも再三困難に直面した。雇用不安を抱える従業員や株主らが、突出した報酬を批判するのは理解できる」

なるほど、ゴーン氏の「株主総会で批判され報酬」と「大きな犠牲を払った会社の建て直し」は問題である。ゴーン氏が富裕層であることは間違いない。東京社説は最後にこう訴える。

「ゴーン被告の巨額報酬は、格差の現実を改めて可視化し人々に提示した。それが資本主義のゆがみであるなら、たださねばならないだろう」

資本主義の「暴走」と「ゆがみ」。この2つの表現は実に分かりやすく現代社会を捉えていると思う。

■長く自由を奪うことで精神的に追いつめる

「人質司法」の問題については、に朝日新聞の社説(3月7日付)と産経新聞の社説(同)が詳しい。朝日社説はこう書いている。

「裁判所、検察官、弁護人の三者で争点や主張を整理する手続きが、まだ進んでいない段階での異例の措置だ」と指摘したうえで、こう書き進める。

「前会長の身体拘束がいつまで続くかに注目が集まり、外国メディアからは日本の刑事司法に対する批判も出ていた」
「そこには誤解や偏見も少なからずあったが、否認を続けると拘束が長くなるのはデータからも明らかだ。長く自由を奪うことで精神的に追いつめ、争う意欲を失わせる手段として、捜査当局が勾留手続きを利用してきたのは紛れもない事実だ」

■極端に言えば、戦前の特高警察のやり方と同じ

朝日社説は海外からの報道による日本の司法批判を正面から受け止め、「人質司法と呼ばれるこうした悪弊は、もっと早く是正されてしかるべきだった。しかしそれは果たせなかった。関係者はその教訓と責任を胸に、今回の事件を勾留実務の改革に結びつける契機にしてほしい」と改革を呼びかける。

検察の主張する罪を認めない限り、保釈せずに拘留を延々と続け、取り調べには弁護士を同席させない。被告人は精神的にも肉体的にも干上がってしまう。そこが検察の狙いなのだ。極端に言えば、戦前の特高警察のやり方と同じだ。

いくら起訴された被告人とはいえ、人権はある。人質司法の改革を求める朝日社説の訴えは分かる。ただ外国メディアの誤解や偏見をしっかり捉えて書いてほしかった。これでは事情を知らない読者は置いてけぼりだ。

■否認事件で保釈申請が認められるのは極めて異例

産経社説は保釈申請が認められたことに否定的だ。

「被告が起訴内容を否認している事件で、公判前整理手続きで論点が明確になる前に保釈申請が認められるのは、極めて異例だ。これを安易な先例とすべきではない」

朝日社説と同じく「異例」であると書くが、その後が「先例にするな」と大きく違う。見出しも「安易な先例化を危惧する」である。

■海外メディアの批判は、地裁の判断に影響を与えたのか

「弁護人を変更した3回目は国内住居に監視カメラを設置し、パソコンや携帯電話の使用を制限するなど、より厳しい条件を提示して保釈許可決定が出た」
「だが、証拠隠滅を回避する実効性を、弁護側が課す条件で判断することに問題はないのか」
「ゴーン被告はいまも日産の取締役であり、日産や事件の関係者に強大な影響力を行使できる立場にある。口裏合わせなどの可能性は否定できない」
「海外における資金の流れの全容解明は捜査の途上にあるとされ、ゴーン被告の保釈が今後の捜査や公判の維持に影響を与えることはないか、疑問が残る」

ここまでゴーン氏の保釈を問題視する産経社説は、バランス感覚を欠いていないだろうか。検察擁護の社説と受け取られても仕方がない書きぶりである。

新聞社の社説にはバランス感覚が必要だ。その感覚を失ってスタンスばかりを重視していると、やがては読者も失う。そこを理解してほしい。産経社説はこうも書く。

「長期の勾留に対してはゴーン被告自身の強い反発があり、主に海外のメディアからも強い批判があった。これらが地裁の判断に影響を与えたとすれば問題だろう」

なぜ海外メディアからの批判に耳を傾けてはいけないのか。いまの国内外の世論の動向を知ってこそ、裁判官は時代に沿った判断ができる。これからの司法には柔軟な思考が要求される。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)

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