京都人は観光公害を我慢するしかないのか
プレジデントオンライン / 2019年3月18日 9時15分
※本稿は、アレックス・カー、清野由美『観光亡国論』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■1年で「品川区1つ分」の人口が減っている
そもそもなぜ、日本には観光産業が必要なのでしょうか? ここで日本が抱えている社会課題に基づいてお話ししていきましょう。
戦後の高度経済成長を背景に、前世紀の日本ではベビーブームや地方から都会への労働力の移動が起こり、都市部では「人口増加」と「住宅不足」が大きな社会課題でした。
しかし21世紀に入ると、社会は少子化、高齢化にさらされ、経済も成長速度を落としていきます。課題は「人口減少」「空き家問題」と、対極のものになりました。
(図表1)は総務省統計局による日本の総人口の推移です。
統計によると、2016年から17年の1年間では35万2000人が、また17年から18年の1年間では40万1000人が減少しました。
35万人から40万人という人口は、東京23区では品川区、県庁所在地では岐阜市、宮崎市、長野市に匹敵します。わずか1年のうちに、大きな行政区がなくなってしまうと考えると、事態の深刻さがよく分かります。
(図表2)は、世界銀行が調査している、日本の農村部人口の推移です。1975年から2000年まではほぼ横ばいでしたが、それ以降、21世紀になってから激しい傾斜を描いて人口が減っていることが見て取れます。
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とりわけ日本において、農村部の人口減少は深刻な問題を引き起こします。なぜならば、日本のシステムは労働力、エネルギー、食べ物と、生活に必要なすべてを、農村部を含めた地方に依存しているからです。
都市民の暮らしを支えている地方と農村部が凋落するとなれば、経済の中心である都市もそれに伴って力を落としていくことは必至です。
■観光産業の育成は日本に残された数少ない「救いの道」
さらに(図表3)は、野村総合研究所が2018年6月に発表した日本の空き家数と空き家率の推移と、2033年時点までの予測値です。
現時点で全国の空き家数がすでに1000万戸を超えているのも驚きですが、このままで行くと、33年には2000万戸近くにまで達することが見込まれており、ショッキングな予測になっています。
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人口減少と空き家問題は、間違いなく日本が抱える大問題です。その要因は複雑に絡み合っており「これをやればすっきりと解決します」という、即効性のある対策はなかなか生み出しにくい。しかしその中にあっても、成長余地が十分に残された観光産業の育成は、日本にとって数少ない救いの道といえるのです。
■世界に先駆けて観光の「明暗」を経験したバルセロナ
しかし薬に効用と副作用があるように、観光も万能ではありません。
世界に名だたる観光都市として躍進したスペインのバルセロナは、その明暗も世界に先駆けて経験しました。
バルセロナは、1992年の「バルセロナオリンピック」開催を機に、旧市街や観光名所の整備による「まちおこし」を本格化させました。そのとき、経済発展の基盤として重点を置かれたものが「観光」でした。
地域の観光振興における概念として「DMO(Destination Management/Marketing Organization)=観光地域作りにおいて、戦略策定やマーケティング、マネージメントを一体的に行う組織体」というものがあります。
バルセロナはDMOを世界に先駆けて組織し、都市再生と観光振興を結びつけました。サグラダ・ファミリア教会に代表される文化資産の再評価や、商業街・住宅街の再整備に加え、国際会議の誘致など、同市が取り組んだリバイバルプランは「バルセロナモデル」と称され、都市再生と観光誘致の理想形として、世界にその名をとどろかせました。
■観光促進をリードした町で「観光客は帰れ」のデモ
しかし、2010年を過ぎたころから、その反動が表面化します。
観光名所が集中するバルセロナの旧市街は、もともと高い人口密度を持つエリアでした。格安航空会社や大型クルーズ船の浸透で、そのような場所に年間4000万人から5000万人という観光客が押し寄せるようになったことで、交通やゴミの収集、地域の安全管理などの公共サービスは打撃を受けました。
それだけではありません。土地代の高騰で、観光繁忙期に働きに来ていた労働者が滞在する場所もなくなり、サービスの担い手不足という事態も起こったのです。
やがて、観光による経済振興以前に、自分たちの仕事環境、住環境、自然環境をいかに守るかが、住民にとっては最優先の課題となりました。観光促進をリードした町では、市民たちが「観光客は帰れ」というデモを行い、町中には「観光が町を殺す」といった不穏なビラが貼られるようになりました。
世界的に見て、類いまれなる都市再生の優等生とされたバルセロナですが、「観光公害」に悩まされるようになった今、むしろ「ノーモアツーリズム」の先頭に立っているのは皮肉なことでもあります。
■中国人の「観光消費額」はアメリカに2倍の差で世界一
バルセロナをはじめ、世界各国の観光地が悩まされている「観光公害」ですが、その要因は多様です。
日本国内でいうと、観光立国戦略のもとで外国人の入国者、とりわけ中国人に対するビザの緩和措置が挙げられますが、世界で共通の要因としては以下のものが考えられます。
・LCC(Low Cost Carrier=格安航空会社)の台頭で、海外旅行体験のハードルが著しく下がったこと
・SNSなど、言語の壁を超えた情報の無料化が進み、そこに「セルフィー(自撮り)」という新しい自己顕示のトレンドが生まれたこと
新興国の観光客の中で、とりわけ大きな現象は、中国人観光客の爆発的な増加です。
中国国家統計局によると中国人の海外旅行者数は2005年には3000万人でしたが、16年には1億3000万人へと大きく増加。国連世界観光機関の「国際観光支出」によれば、世界での観光消費額も2位のアメリカに2倍の差をつけて、ダントツになっています。
■年間1000万人ペースで中国人パスポート受給者が増える
日本政府観光局の「訪問客数の推移」によると、来日する中国人観光客も16年に過去最多の637万人となり、前年比で25%以上も増えたとされています。
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中国人、特に団体客のマナーの悪さが群を抜いて目立つのは、数が圧倒的に多いので仕方がないのかもしれません。しかし、現在の中国ではパスポートを発給されている人は、まだ人口の数%に過ぎないといわれており、今後、年間1000万人の単位で受給者数が増えていくとされています。
中国人の次には、やはり人口が圧倒的なインド人の観光客も控えています。インバウンド数の伸びとともに「観光公害」は今後も、私たちの想像を超える規模で広がっていくことが予想できます。
■バブルの頃は日本人観光客も「爆買い」していた
ただし、「観光公害の原因は中国人である」などと決めつけることは間違っています。一国が経済成長を果たし、その国民が世界中を闊歩するようになると、世界各地で軋轢を起こすようになることは世の習いだからです。
ですので、外国人が日本をダメにしている、という安易な論調に乗ってはいけません。
アメリカ人は1950、60年代に、フランスやイタリアに観光に出かけ、傍若無人に振る舞ったことで、「醜いアメリカ人(アグリー・アメリカン)」として嫌われました。
その後は経済力を付けたドイツ人と日本人が、「アグリー・ジャーマン」「アグリー・ジャパニーズ」と呼ばれました。バブルのころは、日本人観光客もパリの高級ブランド店などで“爆買い”を行って、顰蹙(ひんしゅく)を買いました。
もちろん、受け入れ側のキャパシティをはるかに超えて増大する中国人観光客への対応は必要です。しかし、それは「中国人観光客が悪い」という話では決してありません。観光「立国」を果たすには、世界の誰をも受け入れた上で、その状況をコントロールする、という構えが重要なのです。
■観光「立国」と観光「亡国」のターニングポイント
ここで歴史を振り返ってみれば、日本という国は長い鎖国を経て、明治時代に開国しています。
世界から観光客が押し寄せて、国のシステムを脅かし始めた今は、明治時代以来の新しい「開国」のタイミングです。そして国が大きく変わろうというのであれば、当然ですが、そこには巨大な軋轢が生まれます。
果たしてそこで、適切な「マネージメント」と「コントロール」ができるかどうか。
うまくできた場合は、その後に本当に大切な、そして持続可能な観光「立国」が待っているでしょう。しかしそれができなければ観光「亡国」にもなりかねない。
日本は今、そうした歴史的なターニングポイントに立っているのです。
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東洋文化研究者
1952年、米国生まれ。NPO法人「篪庵(ちいおり)トラスト」理事長。イェール大学日本学部卒、オックスフォード大学にて中国学学士号、修士号取得。64年、父の赴任に伴い初来日。72年に慶應義塾大学へ留学し、73年に徳島県祖谷(いや)で約300年前の茅葺き屋根の古民家を購入。「篪庵」と名付ける。77年から京都府亀岡市に居を構え、90年代半ばからバンコクと京都を拠点に、講演、地域再生コンサル、執筆活動を行う。著書に『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『犬と鬼』(講談社)、『ニッポン景観論』(集英社)など。
清野由美(きよの・ゆみ)
ジャーナリスト
東京女子大学卒、慶應義塾大学大学院修了。ケンブリッジ大学客員研究員。出版社勤務を経て、92年よりフリーランスに。国内外の都市開発、デザイン、ビジネス、ライフスタイルを取材する一方、時代の先端を行く各界の人物記事を執筆。著書に『住む場所を選べば、生き方が変わる』(講談社)、『新・都市論TOKYO』『新・ムラ論TOKYO』(いずれも隈研吾氏との共著、集英社新書)など。
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(東洋文化研究者 アレックス・カー、ジャーナリスト 清野 由美)
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