"京都の町並み"が急速に壊れつつあるワケ

プレジデントオンライン / 2019年3月26日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Sean_Kuma)

京都の「町」が、外国資本の買い占めにあっている。中国の投資会社は町家が並ぶ一角を買い取り、そこを中国風の名前で再開発する計画を発表した。京都在住の東洋文化研究者アレックス・カー氏とジャーナリストの清野由美氏は「このままでは京都の最大の資産である『人々が暮らしをする町並み』が消えてしまう」と警鐘を鳴らす――。

※本稿は、アレックス・カー、清野由美『観光亡国論』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■外国人観光客は「効率のよい」お客さん

京都市産業観光局が2017年に調査した結果をまとめた「京都観光総合調査」によると、京都には、外国人、日本人を合わせて、年間5000万人以上の観光客が訪れています。

そのうち外国人宿泊客数は353万人で、宿泊日数をかけた延べ人数は721万人となっています。ただし、これは無許可の民泊施設への宿泊客は含みません。同調査では、無許可民泊施設での宿泊客数を、約110万人と推計しています。

観光客数に占めるインバウンドの割合は13.9%と、数では国内客に及びません。しかし、観光消費額に占める外国人消費額2632億円は全体の23.4%となっており、外国人観光客が「効率のよい」お客さんであることを示しています。

2015年に発表された『京都市宿泊施設拡充・誘致方針(仮称)』によると観光客、特に消費額が大きいインバウンド客をあてこんで、京都市は「2020年までに1万室の増加」を観光政策に掲げています。

『京都新聞』の調査では、「京都市内の宿泊施設の客室数が、15年度末からの5年間ですくなくとも4割増の約1万2000室に増える見込み」となっています(2017年12月5日)。

■「簡易宿所」が3倍以上に増えた2015年

市の政策をはるかに上回るペースで客室数が増えているのは、インバウンドをあてこんだホテルや簡易宿所の開業が、予想を超えたスピードで増えているからです。

ちなみに簡易宿所とは、宿泊する場所や設備を複数の人が共同で使用する有料の宿泊施設のことで、民宿、ペンション、カプセルホテル、山小屋、ユースホステルなどが該当します。

京都市が発表した「許可施設数の推移」によれば、18年4月現在の京都市内の宿泊施設はホテルが218軒、旅館が363軒に対して、簡易宿所が2366軒と、際立って多い数となっています。

京都市における簡易宿所の新規営業数が、飛躍的に跳ね上がったのは15年で、前年の79軒から、一気に3倍以上の246軒に増えました。

これは住民が普通に暮らしていた町家を、宿泊施設に転換する動きとも連動しています。宿泊施設として新規許可を得た京町家は、14年には25軒でしたが、15年には106軒と4倍以上になりました。

なお15年は日本政府が中国に対してビザ発給条件の緩和を行った年です。その前から円安が始まり、日本に来る外国人観光客、特に中国人をはじめとするアジアからの観光客の数が爆発的に増えました。「爆買い」が流行語大賞に選ばれたのも、同じく15年です。

■町家が並ぶ一角を買収し「中国風の名前」で再開発

その後、京都ではインバウンド消費への期待がますます高まりました。

不動産のデータベースを取り扱うCBREの調査によれば、京都で17年から20年までの間に新しく供給されるホテルの客室数は、16年末の既存ストックの57%に相当するとされています。

これはつまり、16年に比べて1.5倍以上の客室数がこの数年で必要とされるようになった、ということです。

そのような背景の中で、京都の町中では今、驚くべき事態が進んでいます。筆頭が、外国資本による「町」の買い占めです。

NHKによれば、中国の投資会社「蛮子投資集団」は18年に半年の期間で120軒もの不動産を買収したそうです。中には町家が路地に並ぶ一画を丸ごと買って、そこを「蛮子花間小路」という中国風の名前で再開発するという計画まで発表されています(『かんさい熱視線』、18年6月29日)。

外国人が京都を買い求めているのはなぜでしょうか。

大前提として、続く観光ラッシュと、2020年東京オリンピック・パラリンピックを前に、観光地の土地の需要と価値が高まっているということがあります。

その一方で、円安の状況が続いているため、外国人から見れば割安感がある、ということも考えられます。また日本はローンの金利も低く、不動産は定期借地ではなく私有が基本なので、一度買ったら永久に所有できるのも大きいでしょう。

■日本は「安くてお得な」不動産投資先になっている

それらの要素は、地理的な距離が近い場所にいる中国人にとっては、とりわけ有利に働きます。

経済発展とともに上海や北京など大都市では不動産の値上がりが激しく、もはやその価格は東京を凌ぐようになりました。要するに、日本は外国人にとって、「安くてお得な」不動産投資ができる場所になっているのです。

国土交通省が発表した18年の基準地価では、商業地の地価上昇率トップが、北海道の倶知安町でした。町名だけでは、なぜ倶知安が1位なのか、にわかに分かりませんが、ここはニセコのスキーリゾート地として、外国人観光客に大人気の土地です。

同調査では、トップ5の2位から4位までは、京都市東山区と下京区が占めました。前年に比べた変動率、つまり上昇率は倶知安で45%以上、京都ではいずれも25%を上回っています。

京都の不動産を狙うのは、もちろん外国資本だけではありません。京都の市街地では、風情ある町並みの中に、安手のホテルを建設するパターンも増加しています。

これまで、空き家になった町家跡にコインパーキングが乱造されていました。今ではそれが立体化してホテルが建設されるようになったのです。

■ビジネスホテル建設で町家が破壊されていく

私が京町家を一棟貸しの宿に改修する取り組みを始めた2000年代初頭は、まだその価値が見出されておらず、町家は次々と取り壊されていました。

アレックス・カー、清野由美『観光亡国論』(中公新書ラクレ)

そのような事態を、ただ手をこまぬいて眺めるだけでなく、新しい仕組みを作って運用することで、町家と家並みを救いたいと考え、一つ一つ法律や規制をクリアしていきました。やがて町家の宿泊施設転用は一つのムーブメントになり、京都ではその後、数百軒以上の町家が宿泊施設として再生されました。

しかしこの数年で流れは逆行し、今は町家を残すより、小さなビジネスホテルを建設することの方が活発化し始めています。足元の観光ブームが、町家保存から町家破壊へと、さらなる転換を促しているのです。

京都市にも古い民家の保存をうながす規制はあります。しかし重要文化財級の町家であっても、それを守り抜くような断固とした仕組みにはなっていません。

たとえば2018年には室町時代に起源を持つ、京都市内でも最古級という屈指の町家「川井家住宅」が解体されました。オーバーツーリズムが問題になる以前は、不動産業者は古い町家には目もくれませんでしたが、そこの土地がお金になると分かった途端に、町並みは不動産原理に則って、急速に破壊されていきます。

■このまま地価が上昇するとコミュニティと町並みが崩壊する

業者は通常よりも高い稼働率と、短い投資回収期間で宿泊施設の事業計画を作り、調達した資金をもとに、次々と町家を買い漁っていきます。

当然のことながら、事業で最も重視されるのは利回りであって、町並みの持続可能性や、住民の平和で健全な生活ではありません。ただし非現実的な数字をもとに回していく計画は、投資ではなく「投機」です。

京都は商業地と住宅地がきわめて近いことが特徴で、それが京都のそもそもの魅力になっています。名所に行く途中に、人々が日常生活を営む風情ある路地や町家が、ご近所づきあいというコミュニティとともに残っているのです。

しかし、地価の上昇は周辺の家賃の値上がりにつながります。土地を持っている人であれば、固定資産税が上がります。観光客は増えていても、京都市は高齢化が進んでいますので、住民はそのような変化への対応力を持っていません。家賃や税金を払いきれずに引っ越す人が相次げば、町は空洞化し、ご近所コミュニティはやがて町並みとともに崩壊していくことでしょう。

観光客が増えて、彼らが落とすお金で地域が潤う、というのが京都市をはじめとする関係者の希望だと思います。しかし現実をみるかぎり、残念ながら、既にそのような楽観的なレベルをはるかに超えている、と言ったほうが適切です。

「観光」を謳う京都のいちばんの資産は、社寺・名刹(めいさつ)とともに、人々が暮らしを紡ぐ町並みです。

皮肉にも京都は、観光産業における自身の最大の資産を犠牲にしながら、観光を振興しようと一所懸命に旗を振っているのです。

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アレックス・カー
東洋文化研究者
1952年、米国生まれ。NPO法人「篪庵(ちいおり)トラスト」理事長。イェール大学日本学部卒、オックスフォード大学にて中国学学士号、修士号取得。64年、父の赴任に伴い初来日。72年に慶應義塾大学へ留学し、73年に徳島県祖谷(いや)で約300年前の茅葺き屋根の古民家を購入。「篪庵」と名付ける。77年から京都府亀岡市に居を構え、90年代半ばからバンコクと京都を拠点に、講演、地域再生コンサル、執筆活動を行う。著書に『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『犬と鬼』(講談社)、『ニッポン景観論』(集英社)など。
清野由美(きよの・ゆみ)
ジャーナリスト
東京女子大学卒、慶應義塾大学大学院修了。ケンブリッジ大学客員研究員。出版社勤務を経て、92年よりフリーランスに。国内外の都市開発、デザイン、ビジネス、ライフスタイルを取材する一方、時代の先端を行く各界の人物記事を執筆。著書に『住む場所を選べば、生き方が変わる』(講談社)、『新・都市論TOKYO』『新・ムラ論TOKYO』(いずれも隈研吾氏との共著、集英社新書)など。

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(東洋文化研究者 アレックス・カー、ジャーナリスト 清野 由美 写真=iStock.com)

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