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"冬でも浴衣"の観光客を歓迎する京都の罪

プレジデントオンライン / 2019年4月1日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Tuayai)

京都では冬なのに浴衣を着て歩く観光客が目につく。なぜこんなことになってしまったのか。京都在住の東洋文化研究者アレックス・カー氏とジャーナリストの清野由美氏は「観光客向けに安っぽいものをつくる『稚拙化』は、やり始めると歯止めがきかなくなる」と警鐘を鳴らす――。

※本稿は、アレックス・カー、清野由美『観光亡国論』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■「ゾンビ化」「フランケンシュタイン化」する文化

伝統文化を守っていくには、とるべき選択肢が二つあります。

一つは、昔の様式やしきたりを、そのまま守っていくやり方を選ぶことです。たとえば能楽は、この方法によって、数百年前の芸術様式を現代に息づかせています。

ただ、能楽の場合は成功しましたが、昔のままに伝えていくやり方は、時に文化を化石化させ、今を生きる人たちにとって無意味なものにしてしまう恐れがあります。それは、生きているようで実は生きていない、文化の「ゾンビ化」だといえます。

もう一つが、核心をしっかりと押さえながら、時代に合わせて姿・形を柔軟に変化させていく方法です。これは文化の健全な継承の形ですが、核心への理解がなければ、本質とは異なるモンスターを生む方向へと進んでしまう恐れがあります。

そのため、前段の「ゾンビ化」に対し、こちらは「フランケンシュタイン化」といえそうです。

中国の観光開発では、古い町並みを破壊し、そこに映画セットのような「新しくて古い町」を建設する手法がよく見られます。一見すると歴史的な雰囲気がありますが、素材や形、作り方などは本物の中国文化とは、かけ離れたものです。

テーマパークのような「新しくて古い町」を見慣れた観光客は、自国文化であってさえ、本物とまがい物の区別がつかなくなります。これがフランケンシュタイン化の持つ脅威です。

■「冬に浴衣」を着て街を歩き回る外国人

京都でもこの数年、町にフランケンシュタイン化が目立つようになりました。その一つが、外国人観光客を相手にした、安価な着物を扱う小売店やレンタルショップの流行です。

そこで扱っている着物は、本来の着物に比べて色や柄が不自然に明るく、派手なものばかり。生地もポリエステル製などの安っぽいもので、日本の伝統を継承して作られたものではありません。

装いにしても、冬に浴衣を着たり、浴衣なのにボリューム感のある華やかな帯と合わせたりと、奇妙で陳腐なケースが多く見られます。本当の着物文化を知らない外国人は、このようなまがい物でも日本の伝統的な衣装だと錯覚し、喜んで着てはそのまま街を歩き回っています。

ホテルや簡易宿所の建設ラッシュの中、京都の建物空間にも、そのようなフランケンシュタイン化が忍びこんでいます。

ある新設のホテルでは、レストランの照明シェードに、逆さにした和傘を取り付けていました。デザイナー目線で見た“和風”の新しい解釈なのかもしれませんが、この光景を見て、知り合いの京都人はぞっとしたそうです。なぜなら京都の一部の地域には、家の中で傘を開くことを不吉な印として忌み嫌う文化が今も伝えられているからです。

■日本人は「着物」や「町家」の継承を放棄した

これらの現象は、日本の文化や伝統に対する観光客や事業主の無知、という表面的な問題だけではなく、根本に別の要因があります。それはすなわち、当の日本人が自分たちの伝統の着物や、町家のような空間の継承を放棄したということです。

まがい物の着物や逆さの傘は、単純に「デザイン目線」から生まれたものではなくて、「観光客を喜ばせるために、無理に創造した日本」として、ほかならぬ日本人が作ったものなのです。

日常に本物が息づいていれば、まがい物はすぐに見破られ、安っぽいコピーが氾濫することはありません。たとえば着物のレンタルも、京都で長い歴史を持つ呉服店が手がけているものだったなら、着物文化の伝承にきちんとつながったのかもしれません。

しかし、残念ながら現在の日本では、いたるところに「文化の空白」が生じてしまっています。そして空白が広がった結果、それを喜ぶフランケンシュタインが入り込んでしまった、ということなのでしょう。

歴史的な文化や文化財を扱う人たちが、本来の意味合いを忘れて、観光客向けに安っぽいものを提供する流れを英語で「dumbing down」、つまり「稚拙化」と呼びます。

■神社の鳥居の前に「ゆるキャラ」がいていいのか

なお日本で稚拙化が引き起こされる原因は、インバウンドの増加だけではありません。

たとえば国や地方自治体、公共機関などが作る「マスコットキャラ」や「ゆるキャラ」。熊本県の「くまモン」の大成功が典型例ですが、今や日本全国どこへ行っても、キャラクターの笑顔に迎えられます。これはインバウンド向けというより、日本人を対象にした観光業の副産物といえるでしょう。

「ゆるキャラ」は駅前や商店街、遊園地といった繁華街で出会えれば、にぎやかで楽しいし、効果もあると思います。しかし歴史的寺院の山門や神聖な神社の鳥居の前、境内、美術品の横にまで「ゆるキャラ」を持ってくるとなれば、稚拙化に歯止めがきかなくなります。

日本での文化の稚拙化は、世界遺産に登録された場所でも、見受けられるようになっています。

京都の二条城ではオリジナルの襖絵を劣化から守るために、複製したものに差し替えて展示・公開しています。京都市のHPによると、襖絵の復元・保存は1972年から「二の丸御殿」で取り組まれています。

室町と江戸時代の襖絵はくすんだ紙の色、金箔に表れた「箔足(継ぎ目を重ねた部分)」、そして岩絵の具と墨の深い色合いによって、神秘的で瞑想的な雰囲気をまとっていることが特徴です。その雰囲気があるからこそ、鑑賞者は美術品が伝えられてきた年月に思いをはせ、深い感興を味わうことができるのです。

■「大きな土産物屋さんのよう」と言われた二条城の襖絵

しかし近年、二の丸御殿で差し替えられた複製の襖絵は、岩絵の具の繊細な色合いが単調なものに、独特のくすんだ金色はキラキラ輝く派手なものへ置き換わっていて、それらが強烈なライトで明るく照らされています。外国から訪れた私の友人を二条城に案内したとき、彼から「ここは大きな土産物屋さんのようですね」といわれました。まさに二条城の「稚拙化」がもたらした感想です。

アレックス・カー、清野由美『観光亡国論』(中公新書ラクレ)

維持管理のためにオリジナルをはずし、複製に入れ替えるのは仕方ないことでしょう。ただ、今の時代は幸いなことに複製技術が非常に発達していて、近くで見てもオリジナルかコピーか、見極められないほどすばらしいものができるようになっています。

たとえば大覚寺の宸殿にある襖絵も複製ですが、「箔足」が上手に復元されているので、にわかには複製とは分かりません。二条城でも二の丸御殿の廊下にある菊の襖絵は、やはり「箔足」をうまく復元しており、この建物が持つ重みと調和しています。

そのような技術力があるにもかかわらず、近年展示された二の丸御殿の襖絵や壁画は、金色のラッピングペーパーのような質感でした。

■文化財を管理する人の「真髄を伝える義務」

稚拙化を防ぐには、管理者側の信念がまず問われることになります。二条城でも、「ここは将軍と大名が謁見した格式高い場所である」という認識が管理者側にしっかり根付いていれば、このような複製のクオリティにはならなかったのではないでしょうか。

文化財を管理している人たちには、「保存」と「維持」だけではなく、次世代の日本人と訪日外国人に、日本文化の真髄を伝える義務があります。予備知識のない観光客だからこそ、質の高いものを見てもらい、その「目」を底上げする努力が必要です。

幸い、オリジナルの襖絵は敷地内にある「二条城障壁画展示収蔵館」に保管されています。二条城を訪れる人は、二の丸御殿を回った後に、こちらで本物を見ることをおすすめします。

観光には教育的な側面も含まれます。分からない人たちに合わせて稚拙化を行うのではなく、最高のものを親切な形で提供してこそ、文化のレベルアップは果たされるのです。

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アレックス・カー
東洋文化研究者
1952年、米国生まれ。NPO法人「篪庵(ちいおり)トラスト」理事長。イェール大学日本学部卒、オックスフォード大学にて中国学学士号、修士号取得。64年、父の赴任に伴い初来日。72年に慶應義塾大学へ留学し、73年に徳島県祖谷(いや)で約300年前の茅葺き屋根の古民家を購入。「篪庵」と名付ける。77年から京都府亀岡市に居を構え、90年代半ばからバンコクと京都を拠点に、講演、地域再生コンサル、執筆活動を行う。著書に『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『犬と鬼』(講談社)、『ニッポン景観論』(集英社)など。
清野由美(きよの・ゆみ)
ジャーナリスト
東京女子大学卒、慶應義塾大学大学院修了。ケンブリッジ大学客員研究員。出版社勤務を経て、92年よりフリーランスに。国内外の都市開発、デザイン、ビジネス、ライフスタイルを取材する一方、時代の先端を行く各界の人物記事を執筆。著書に『住む場所を選べば、生き方が変わる』(講談社)、『新・都市論TOKYO』『新・ムラ論TOKYO』(いずれも隈研吾氏との共著、集英社新書)など。

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(東洋文化研究者 アレックス・カー、ジャーナリスト 清野 由美 写真=iStock.com)

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