データ活用なしに医療崩壊は止められない

プレジデントオンライン / 2019年3月26日 9時15分

IT投資の初期コストが医療機関には負担となっている(※写真はイメージです。写真=iStock.com/Casarsa)

急速な少子高齢化で、医療介護分野の「カネ」と「ヒト」の不足が深刻化しつつある。どうすればいいのか。日本総研の翁百合理事長は「医療情報のIT化に対する不安を払拭し、データ利活用できる基盤を早急に実現する必要がある」と指摘する――。

■医療介護分野は「カネ」も「ヒト」も不足

団塊の世代が後期高齢者となる超高齢社会の入り口2025年が迫ってきている。こうした中で、社会保障の持続可能性が問われているが、医療介護分野は2つの不足に直面している。

1つ目の不足は「カネ」である。既に、国民医療費は40兆円を超え、医療の高度化と高齢化から、今後も増加が見込まれている。特に75歳以上の後期高齢者医療保険制度は、その財源の9割以上を現役世代の保険料と税金でまかなっており、このまま手をこまねいては、現役世代は負担に耐え切れなくなってしまう。

もう1つの不足は「ヒト」である。2025年から40年までの局面は、生産年齢人口16.6%減少と激減する。介護人員の不足は25年には37万7000人、30年には79万人と予想されており、今後認知症患者が増えるとこの問題は一層深刻になる。

■データ利活用はどのような効果があるのか

実は、こうした医療介護をめぐる社会的課題に対する解決のカギの1つとなるのが、医療データの連携、活用とAIなどによる分析、センサー、ロボットなどの技術革新である。

健康管理を行き届かせて医療も発展させ、健康寿命を延ばすことにより、高齢者も生き生きと働き、生活を楽しみ、社会の支え手になってもらうことが期待される。一方、高齢化で心配される医療費増大に対しては、その無駄を削減していく必要があるし、医療現場の働き方改革も実現する必要がある。これらにさまざまな医療関連データの分析や技術革新は効果を発揮する。いくつかの具体例を見ていこう。

■呉市の国保はレセプト分析で年間億円単位の医療費を節約

近年患者のレセプト情報、健診情報などを分析して、企業の健康保険組合(健保)や国民健康保険(国保)などの保険者が、加入者の健康増進に向けた行動変容を促し、医療費の管理に取り組む動きが広がっている。

たとえば、広島県呉市の国保が、早くからデータホライゾン社と組み、レセプト分析を活用していることはよく知られている。レセプトを分析することで、生活習慣病の対象者を特定し、重症化予防に向けた受診勧奨、メタボと診断された後の特定健診の受診率引き上げ、重複服薬対象者指導などの取り組みにより、健康増進と医療費の適正化に成果をあげているのだ。

具体的には、糖尿病性腎症等重症化予防プログラム(図表1)により、血糖コントロール目標は対象者の約96.6%が維持改善している(平成26年度)。また、価格の低いジェネリック(後発医薬品)の使用促進で約2億4000万円(平成27年度)、頻回受診者訪問指導で1億4500万円の医療費削減効果があがっている。

呉市の糖尿病性腎症重症化予防事業〔資料=呉市資料(平成29年10月)より引用〕

また、健康保険組合が事業者と組んで、従業員が自分の健康関連データをスマホなどで確認できるPHR(Personal Health Record)をサポートし、健診結果や日常の個人の歩数情報等と結びつけ、健康増進を促すサービスも広がりをみせている。たとえば、DeSCヘルスケア株式会社KenCoMのサービスは、健康データをAIによる分析で個人に合った健康関連情報を提供し、ポイントをためて楽しみながら健康を意識した行動変容を促している。

■データ分析に基づき湿布薬の上限規制を実現

全国健康保険組合連合会(健保連)は、医療費の傾向をレセプトデータで分析し、医療費削減に結びつける取り組みを始めている。たとえば、湿布薬のうち、皮膚の温熱、冷却を主目的として用いられる第一世代湿布薬とよばれるものは、医師に処方してもらえる医療用医薬品であると同時に、薬局でも購入が可能である。

こうした湿布薬は、従来全額保険給付の対象であったが、医療費増加抑制の面でも、また国民の公平性の面でも適切ではないという問題意識から、健保連は2012年4~9月診療分のレセプト(医科レセプト131万枚、調剤レセプト86万枚、実患者数77万人、施設数2万8788施設)により、第一世代湿布薬について分析を行った。

患者や医療機関の属性等を統計的に調整したうえで、患者別・医療機関別(または都道府県別)患者一人あたり湿布薬剤費の分布を分析し、患者別および医療機関別の患者一人あたり湿布薬剤費の乖離率をみたところ、湿布薬剤費の高低は、患者よりむしろ医療機関に起因する可能性が高いと結論づけた。すなわち、患者サイドから多く処方してほしいという要請もあるが、むしろ医療機関サイドが多めの処方をする要因のほうが強い可能性が高いことを示唆しており、医師が過剰な処方をしないよう働きかけることの重要性を意味している(図表2)。

また、地域別にみると、石川県、北海道などで薬剤費が高い一方で、中国地方や宮城県などで低い傾向もわかり、湿布薬処方の標準化の余地が大きいことも示唆するものであった。

資料=規制改革会議健康医療WG健康保険組合連合会提出資料(2015年3月19日)

健保連は、以上のような分析結果を基に、湿布薬のような市販品類似薬で保険給付から除外できるものはないか、一定の上限を設定し処方の標準化ができる医薬品はないか検討すべき、という規制改革要望を行い、これを検討することが閣議決定された。

厚生労働省内での検討の結果、2016年診療報酬改定で、一人あたりの処方が1月70枚までと制限されることになった。今後の医療費をめぐる議論は、こうしたデータ分析に基づいた議論が重要であり、これを踏まえた政策決定が行われることが期待される。

■手術・治療のビッグデータ分析により手術のリスク評価を可能に

医療の質向上という点では、NCD(National Clinical Database)というデータベースの効果を紹介しよう。2011年に登録がスタートしたNCDは、臨床現場の医療情報を体系的に把握し、医療の質向上に資する分析を行うために集められた手術・治療についてのデータベースである。

現在5000以上の病院などの施設が対象となっており、ビッグデータが形成され研究者による分析も行えるようになり、心臓血管外科、消化器外科領域では、多くの論文が一流欧文誌に発表されるようになり学術的な向上につながっている。さらに、このデータ分析を活用し、個々の患者の手術のリスク評価も可能になったり、各施設と全国平均を比較して、個々の施設で医療の改善に役立つ情報の提供も可能となるなどの効果が見られ始めている。

今後、これらの情報に加えて、医療機関のカルテ情報、今後入手できる生体情報やゲノム情報など、データを匿名加工し、ビッグデータ化して分析できるようになれば、先進医療の発展や創薬の研究開発にも結びつくことも期待できる。このために2017年に立法されたのが、次世代医療基盤法である。高い情報セキュリティを確保した事業者を国が認定して医療情報などの匿名化ができるようにしており、個人情報を保護しながらデータ利活用を広げる環境整備も行われている。

近年では一人ひとりのゲノム情報など分析し、これにあった治療薬の開発が期待されているが、こうした個別化医療の発展もデータ分析がカギを握るといえるだろう。

■なぜ医療のデータ活用・IT化は遅れているか

このように、医療のデータ分析やIT化は今後の医療の発展のために不可欠であり、これを進めていく理想像は既に政府でも検討され描かれている(図表3)。しかし、日本ではデータ利活用に向けた歩みは今まで遅かった。その理由は以下のとおりである。

まず、医療機関のIT化投資の初期コスト負担が医療機関等にとって大きいことがネックになっている。医療や介護の現場に医療介護の質の向上、現場のミスの低下、生産性の向上など、コストを上回るデータ利活用、IT化のメリットが還元されるよう工夫し、そうしたメリットをわかりやすく説明することが求められる。

また、カルテなどの診療情報は、病院内の連携は進んでも、地域内の外部との共有に躊躇する医療機関は少なくない。さらに医療機関のIT化は、導入システムによってベンダーが異なっているため、システム仕様がバラバラで、データの標準化が進まず、連携が進まない場合も多い。

加えて、オンライン診療、オンライン服薬指導は、対面原則が一義的に重視されてきた経緯がある。オンライン診療は2018年に診療報酬上も認められたが、保険適用対象の疾病は限定されているほか、オンライン服薬指導はさらに遅れており、まだ対面指導以外認められていない。

もう1つのネックは、医療情報のIT化に対する不安であろう。医療関連情報の情報連携は本人同意を前提とすることに加え、セキュリティ管理や改ざん防止を徹底する関係者の努力が不可欠であるし、国民のITリテラシー向上のための教育も求められる。

以上のようなハードルを一つひとつ乗り越え、データ利活用できる基盤を早急に実現することは、2つの不足という大きな課題を抱える医療介護分野にとって不可欠なことである。

資料=未来投資会議(2017年4月14日)資料より抜粋

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翁 百合(おきな・ゆり)
日本総合研究所理事長
日本銀行勤務、日本総合研究所主席研究員、理事などを経て、2018年より現職。2015年より慶應義塾大学特別招聘教授を兼任。2016年9月より未来投資会議・「健康・医療・介護」構造改革徹底推進会合会長を務める。京都大学博士(経済学)。著書に、『国民視点の医療改革』慶應義塾大学出版会(2017年)等多数。

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(日本総合研究所理事長 翁 百合 写真=iStock.com)

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