四国お遍路は「ディズニーランド」だった
プレジデントオンライン / 2019年4月7日 11時15分
スタートは徳島県の霊山寺。徳島空港から霊山寺に向かった。お遍路に必要なものは霊山寺などで購入できる。地元の方々からはお接待を受けて、甘いみかんをいただいた。ちなみに四国遍路では、お線香は3本。現在・過去・未来に各1本などの説があるそうだ。
■初めての四国で、いきなり恥をかく
「こんにちは。おひとりですか?」
見るからに1人で歩いているお遍路さんと出会っても、こう尋ねるのはご法度だ。
今回初めてお遍路を体験した私も、大きな荷物を背負って急坂を登ってくる1人の外国人とすれ違うとき、ついうっかり「おひとりですか」と話しかけてしまった。
彼はイギリスから来たそうだが、見るところ周りに誰もいないのに、英語でこう返事をされた。
「ノー、2人です」
どこからどう見ても1人だったので不思議に思ったが、彼は言葉を続けた。
「弘法大師さまと2人です」
私はお遍路早々、恥をかいてしまった。「旅の恥はかき捨て」ではないが、弾丸で四国に来たとはいえ、勉強不足で外国人からお遍路について教わるとは、日本人としてばつが悪い。
素直に恥を認めて反省し、彼に教わったのだが、お遍路は1人で歩いていても常に弘法大師がそばで見守りながら一緒に巡礼してくれるものなのだ。頭にかぶる菅笠や巡拝バッグなどにも「同行二人」と記されているとおりだ。また弘法大師は、巡礼者が手にしている金剛杖に宿っているという。なるほど、そう思って杖を見れば、なんだか不思議なパワーを感じる気がする。
■一人旅満喫中の主婦、日常と非日常を語る
編集部員の私は地方から東京に上京して、もうすぐ10年。いまだに慣れない満員電車で通勤し、職場では締め切りに追われ、土日の取材も多く、先輩からは雑用を押し付けられ、休む間もない毎日だ。
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そんな私を見るに見かねてか、ある日のデスク(上司)からの「気分転換も兼ねて、四国のお遍路に行ってきて」との言葉で、今回お遍路に行くことになった。まあ、冬のお遍路なので、気分転換どころか、寒すぎて修行に近かったんですけどね(笑)。
お遍路の装備は、第一番札所の霊山寺などで一式そろえられる。お店の人によれば、服装に厳しい決まりはなく、「お遍路といえば、全身真っ白というイメージがあるんですが、あれはマスコミがつくったイメージだから気にしなくていいですよ」とお説教されたくらいだ。四国に来ても厳しいことを言われて、私は何かに取り憑かれているのではないかと不安が募った。
結局、私はマスコミらしく、全身真っ白の格好となり、お遍路を始めた。これが結果として大正解だった。何がよかったかといえば、一番は珍しがられて多くの人に話しかけてもらえたからだ。東京では、満員電車を無言で無理やり乗り降りするのが当たり前なので、挨拶を交わすだけで心が温かくなる。
「一緒に写真を撮ってもらえませんか」とお願いされることもあった。そのうちの1人が、広島から単身、軽自動車で徳島まで来たという主婦だ。白装束の面白い人がいると思って、声をかけてくれたみたいだ。
「今日は早起きして一人旅なの。ウチは共働きで、普段は仕事と家事や子育てで忙しいんだけど、年に一回は旦那に子どもと家を任せて、1人で四国に来るの。あなたも仕事で四国に来ているみたいだけど、残業は多いの?」
その主婦は仕事も家事も忙しい様子だった。私が答える間もなく話は続く。
「日常に追われている気持ちはわかるわ。家事をしていて思うのは、家事をやる人がほかにいないと、自分がやらないといけないと思ってしまうの。疲れていても、やらざるをえない。疲れすぎているときでも、ハイテンションで踏ん張ればなんとかなってしまう。人間って馬鹿力があるのよね。でも、たまに無になりたくなるのよ。日常とは違う、非日常に行きたくなるってこと。だから今日は一人旅をしに来たの」
一方的な話すぎて少し心配になったが、家事を仕事に置き換えると自分事のように感じる。主婦は語り続ける。
「ただ、旅は現実逃避じゃないの。日常に戻ったときに応用できるような発見があったらと思っているの。日常の中に閉じこもっていたら発見はないけど、旅に出たら気づきが得られる。それがきっかけで、日常が改善する。だから、たまには日常から離れて旅に出てみるって素敵なことなのよ」
■巡礼は世界共通の人間的な文化
お遍路で歩く道は様々だ。周囲が開けた平坦な道路もあれば、足が痛くなるような険しい山道もある。私も足の裏が痛すぎて、お遍路をやめたくなる瞬間が何度もあった。それでも踏ん張って、次のお寺へと気合で進み続けた。
あるお寺で、四国遍路のボランティアをしている方と出会った。話を聞けば、定年退職後に地元の四国のために何かできることはないかと、四国遍路に来る旅行者の支援をしているそうだ。
「こんにちは。四国お遍路は初めてですか。お作法はわかりますか」
先述のとおり、勉強不足の私にはありがたい。お言葉に甘えて、お寺のお参りの作法を学ぶことができた。言われて初めて知る作法が多くあったので、初めてお遍路をするときは、お参りの仕方を人に教わったほうがいい。
さて、そんなボランティアの方に、最近のお遍路事情について伺ってみた。
「最近は外国人のお遍路さんが特に多いんですよ。実は巡礼というのは世界中にあるんです。たとえば、スペインのサンティアゴ巡礼やイスラム教のメッカ巡礼があるでしょう。国が違っても巡礼はする。言ってみれば、巡礼は人間的な営みなのかもしれないですね」
確かに外国人のお遍路さんはよく見かけた。
「ただですね、四国お遍路は外国人に優しくないんです。一番は宿の問題。サンティアゴ巡礼の場合だと1泊2000円もしないんです。でも、日本の場合は安くても5000~6000円かかっちゃう。だから、お遍路さんのためにも、最近増えている空き家を活用して、何とか安く泊まれる場所をつくろうという活動もしているんです」
そのボランティアの方は、現役時代より定年後の今のほうが生きがいを感じるという。仕事とは何なのだろうか。
四国遍路とは、弘法大師(空海)にゆかりがある四国の88カ所の寺院を巡拝することをいう。札所(寺院)は1から88まで番号が振られ、番号順でも反対から回ってもよい。逆に回ることは「逆打ち」と呼ばれ、死者がよみがえるとも言われる。お遍路は徒歩のほか、レンタカーやバスなどで回ることもできる。札所では、スタンプラリーのように、御納経(御朱印)がもらえ、御朱印ブームの影響や、あるいはパワースポット巡りとしても、国内外の観光客から人気を集めている。
■ユーは何しに四国遍路へ?
地元ボランティアの方の話にあったとおり、外国人のお遍路さんを見かけることは多かった。お遍路の魅力とは何か。この日記の冒頭で登場したイギリス人が答えてくれた。
「一番の魅力は“人”です。四国の人はみんな優しいです。特に“お接待”は感動します。言葉はうまく通じなくても、フルーツやお菓子をくれたり、夜に泊めてくれたりしてくれます。こんな私に優しくしてくれて、本当に嬉しい気持ちでいっぱいになります」
そもそも、何のために、わざわざ海外から四国にお遍路をしに来るのだろうか。四国遍路といえば、大切な人が亡くなった、大病を患ったからというイメージが強いが、彼は前向きな目的を教えてくれた。
「お遍路は自分へのチャレンジです。自分自身を変えるために巡礼に来ました。歩き続けていると、よけいなことを考えなくなります。ただ、ひたすら歩くだけ。自分と対話し、自分を見つめ直す大切な時間です」
確かに、歩き始めのときは、自分の悩んでいることなどをあれこれ考えていても、次第に考えることをやめて黙々と歩くようになる。悩んでいたことが、ちっぽけに感じられて、どうでもよくなってくる。しかも、普段は頭を休める暇がなくても、歩くだけで何も考えない時間を強制的に確保できる。無の境地ということか、脳が自然とスッキリする感じがして、気持ちがよい。
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■お遍路歴100回超、千里の道も一歩から
お遍路で必須用品のひとつが納め札だ。お札には名前や願い事などを書いて、各お寺の本堂と大師堂に納める。この納め札は色によってランク付けされており、お遍路の結願(けちがん)回数に応じて白、青、赤、銀、金とグレードが上がり、100回以上で錦色となる。そんな錦色の札を納める70代の方に幸運にも出会うことができた。なぜ100回以上もお遍路をしているのだろうか。
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「実は初めてのときは人に誘われて、車で一緒に回ったんです。それなりに楽しかったんだけど、2回目はもういいかなと思っていました。でも、運動でも始めようかと思ったときがあって、健康のために1度歩いて88カ所を回ってみることにしました。それ以来、お遍路にハマってしまったんです。今では完全に趣味ですよ」
笑顔で答えてくれたが、現実的には100回以上も四国を回るのは辛くないのだろうか。
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「千里の道も一歩からで、全然辛くないですよ。だって、ディズニーランドに100回行くのって辛くないでしょう。お遍路とテーマパークは同じなんですよ。初めてお遍路をすれば、それは体が痛くなって辛いときもあるかもしれないけど、お遍路中には人との触れ合いがあって、感謝し感謝されながら、優しさが伝染していきます。そういう愛に満ち溢れた中で旅ができるなんて、幸せ以上のなにものでもないでしょう」
四国に来る前までは、お遍路の旅は暗い旅になると思っていたが、こんなに明るい人とたくさん触れ合うことができて、ハッピーな気持ちになれるとは思ってもみなかった。日常に疲れている方がいたら、ぜひ全身真っ白でお遍路されることをオススメしたい。
(結城 遼大 撮影=石橋素幸)
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