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孤独を楽しんでいる人が持つ"2つの条件"

プレジデントオンライン / 2019年6月2日 11時15分

下重暁子氏

■夫婦も家族も、期待するから裏切られる

どうして世の中の人が「孤独」を悪いものと思われているのか、まったくわからないんです。孤独は素晴らしいですよ。そう本で書いたり、お話しするとみなさんに驚かれるんですけれど、その反応に私のほうがびっくりしています。

私は、孤独を「孤高」という意味にとらえているんです。人によりかからない、個性的で、自由な生き方って、素敵でしょう? でも、世の中には孤独を「孤立」とか、例えば「孤食」というふうに悪いイメージで考える人が多い。でも、孤独は人間にとって当たり前のことだと思うんです。1人という意味を考えると、1人でいるということは、実は1人ではない。ほかの誰かがいるから、1人を感じることができる。群衆のなかでこそ、人は孤独を感じるんです。

パートナーや家族と暮らしていても、1人は1人。私にも45年共同生活をするつれあいがいますけれど、1度だって2人で一組だなんて考えたことはありません。1人と1人が、たまたま一緒にいるだけ。互いに自立して、私は私、あなたはあなたと尊重している。といっても、普段から悪口ばかり言い合っているのですけれど。

愛する夫や妻がいて、子どもが元気に育って、という「幸せな家族像」に、縛られすぎているんでしょうね。でもね、家族なんてやっかいなものですよ。血の繋がりがあるからと大切にする人がいますけれど、いいことばかりじゃない。むしろ、悩ましいことのほうが多いんじゃありませんか。テレビや新聞を見ていても、親が子どもを殺したり、子どもが親を殺したり、暗い事件が相次いでいます。戦後、殺人事件の数は一貫して減っているのに、唯一、家族による事件だけは増えている(※)。血は繋がっているけど、心は繋がっていない。それなのに、過剰に介入したり、依存したりする。そんな人間同士の病を現代は抱えているんだと思うんです。

※2016年に摘発された殺人事件のうち55%は親族間で発生している(警察庁調べ)

家族なんて、お互いが役割を演じているだけでしょう。家族であろうと、一人ひとりが違う「個」。下手に側で暮らしている、血縁があることで、わかり合っていると思いこんでいるだけ。家族という幻想にとらわれているんです。それなら、友達や恋人のほうが、相手を知りたいという気持ちがあるからまだいい。

さらにいうと、夫婦にしても家族にしても、相手に期待するからいけないんです。男性も女性も、夫や妻に期待をして裏切られる。結局自分の人生は自分1人のもので、責任は自分に戻ってくるんですよ。そう割り切って生きたほうが、気が楽なんです。夫婦で互いに不満を持つこともあるでしょうけれど、それも大抵は期待のしすぎ。例えば相手が結婚記念日を覚えていないなんて愚痴を言う人がいますが、そんなの忙しかったら覚えてられませんよ。

親子でも子どもに過剰な期待をする人がいるでしょう。いい学校、いい会社、いい結婚相手……そんなの、子どもの人生。期待通りにいかないと不平、不満を持つのはお門違いです。歴史的に見ても、母親は妊娠や、子育てをしてきたので根源的なところで子どもとべったりになりやすいのでしょうけれどね。最近は、大人になっても母子で旅行や映画や買い物に行く「ママっ子男子」なんて言葉もあると知って、びっくりしました。本来、子どもは、親に反抗して乗り越えるものですよ。

■独立していても、「つれあい」と住む意味

では、どうして家族でいるのか。家族でいる意味は何かというと、他人と一緒に暮らすことで違う価値観を知ることが面白いから。それで、自分が優しくなれるからでしょうね。

私は小さい頃に体が弱く、母に可愛がられてきたせいで、わがままに育ちました。人への思いやりが欠けていたと自分で思います。でも、つれあいができて、人と生活していると、思いやりが生まれるんですね。お互いに、不愉快にさせない努力をする。今日は機嫌が良さそうだなとか、体調が悪いのかなとか。1人で生きていても良かったかもしれませんけれど、パートナーがいて、誰かを思いやる気持ちを持てたから、私にとってそれは正解でした。

誰かと一緒にいることで、自分が成長できる。心を豊かにできる。それが家族を持つ意味です。血の繋がりとか、お金とか、そんなものは本当はどうでもいい。家族でいることが心をすり減らすなら、家族の意味があるでしょうか。アカデミー賞にノミネートされた『万引き家族』も、空き巣泥棒と結婚詐欺師の家族を描いた『at Home』という映画も、どちらも血の繋がりのない家族の話でしたけれど、共に暮らすことで新しいお互いの価値を見つけるお話で、とても面白かった。日本という国も、いまの時代も、そういうものを受け入れるようになっているのかもしれませんね。

孤独を楽しむ、自由を楽しむためには、2つの条件があります。それは、経済的自立と、精神的自立です。それは、2人で生活していても同じ。私のところも独立採算制でやっていますし、大きな買い物をするときは、私のほうが不定期で収入があるから頭金を、つれあいは勤め人だから月賦を、とそれぞれの都合に合わせていました。

「孤独」は自由で素晴らしい──。ベストセラー『家族という病』『極上の孤独』の著者・下重暁子が孤独を楽しむ2つの条件を開陳する。

経済の自立は本当に大切です。女性が社会的に自立したとはいえ、まだ男に養ってもらうとか、結婚相手の年収を気にする人が多い。そりゃあ、お金はあったほうがいいですけれど、相手のお金を頼るということは、それだけ束縛も多いと覚悟しないといけません。それは自由がないということですよ。裏腹なところを理解しなければ……。私は自分で稼いだお金は、自分で使い切ると決めています。すでに遺言書も書いています。つれあいと共有しているもののほかは、何の財産も残さず、残りは寄付しようと思っています。

そりゃあ人間、寂しいこともあるかもしれないけど、それは感受性があるから。寂しさと、孤独は違います。自分に責任を持って、自由に生きること。孤独な人生って楽しいものですよ。

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下重暁子(しもじゅう・あきこ)
1959年、早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後日本放送協会(NHK)に入局。アナウンサーとして活躍後、フリーに。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。著書に『家族という病』『極上の孤独』など多数。

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(下重 暁子 構成=伊藤達也 撮影=工藤睦子)

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