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黒田博樹の古巣復帰が人を感動させるワケ

プレジデントオンライン / 2019年4月11日 9時15分

2016年、セ・リーグ優勝報告会で胴上げされる黒田博樹投手。(時事通信フォト=写真)

■ロシア人も、忖度する

【菊澤】評論家の山本七平氏は、著書『「空気」の研究』で、日本の組織は空気に支配されやすいと指摘しています。確かに多くの日本のエリートは損得計算で動きがちであり、黒い空気を読んで、つまり忖度して行動しようとします。果たしてそれでいいのでしょうか。

【佐藤】個性的だといわれるロシア人も空気をよく読みます。例えば、ソ連時代の選挙は投票率が99%を超えていました。投票では投票用紙に1人だけ名前が書いてあって、それに反対の人は「×」をつけます。もちろん投票ではプライバシーが守られることになっていますが、投票所に居並ぶ選挙管理委員の中には、KGBや秘密警察がいるわけです。ですから実際に「×」をつける人はほとんどいません。ただ面白いのは、1%ほど「×」をつける人がいる。それが北朝鮮と違うところです。でも、そんな人は、当時のソ連社会ではバランス感覚の欠けた人間だと思われていたはずです。

【菊澤】黒い空気に支配されず、損得計算のロジックに囚われなかった人物は、元広島東洋カープの黒田(博樹)投手です。海外の高額オファーを断って、古巣に復帰した彼の行動には、何か清々しい空気を感じました。

ところが、「先生、違うんです。あれは損得計算をして、税金などいろいろ考えて、カープに戻ってきたんですよ」と説明する人もいます。確かに、理論的に説明することもできるでしょう。しかし、そんないやらしい解釈をすること自体が人間としていかがなものか、と思います。もっと人間の良いところを見てあげてほしいですね。

【佐藤】すごくよくわかります。人間の心を動かすのは、単なるロジックだけではありません。例えば、キリスト教世界がそうです。神学者のフリードリヒ・ゴーガルテンという人物が書いた『我は三一の神を信ず』という日本では戦前に出された本の中で、信仰は合理的な計算でもなければ、意志による決断でもない、感化だと言っています。いわば、尊敬できる人が周囲にいると、こういう人になりたいと無意識のうちに思って、感化を受けてしまうというのです。

【菊澤】黒田投手同様に、人間として興味深いと思うのは、アメリカとの戦争は無謀だと知りつつも、連合艦隊司令長官の任を受け、真珠湾攻撃を指揮した山本五十六です。損得計算をすれば、99%日本が負けることはわかっていた。でも戦った。その判断を、山本七平氏は空気によるものだと言っていますが、私は空気ではないと思います。彼は、損得計算を超えて、軍人として正しいと価値判断をしたのだと思います。それが、彼の品の良さであり、真摯さです。

作家・元外務省主任分析官 佐藤 優氏

同じくパナソニックの創業者・松下幸之助も、損得計算を超えた経営をする品の良いユニークな人物でした。非常に人間的です。だから赤字になっても、人はついてくる。そんな人間的魅力が、彼にはあります。

【佐藤】コンプライアンスも法令順守ではなく、先生のお言葉だと、下品なことをしないということですね。『神皇正統記』でも、北畠親房が、どういう人材を登用するかについて、まず品だと言っています。能力や経験だけで登用するとうまくいかない。品を重視しろと強く言っています。

■あら探しは簡単、褒めて育てよ

【菊澤】損得計算が速い学生は山ほどいますが、正しいかどうか価値判断もできる品の良い学生は10人に1人いるかどうかです。

例えば、2人の学生が授業の個人発表直前のギリギリまでプレゼンの準備をしているときに、ロジックの間違いに気づいたとします。そのとき1人は間違いがわかっていても、40枚のスライドを使ってプレゼンをした。もう1人は誤りを発表することに躊躇し、スライドが10枚ほどのプレゼンしかできなかった。この場合、本当の事情を知らない人間から見ると、40枚のスライドでプレゼンした学生のほうを、熱意があると評価するでしょう。しかし、10枚のスライドでプレゼンをした学生は、正直さを選んだのです。教師は、これを見抜いて、褒めなければならないのです。

【佐藤】褒めるって、すごく重要です。私は外務省で研修指導官をやったことがあるんですが、「きみ、ここが足りない。これがダメだ」とあら探し型でやる指導官の場合は、新人が伸びていかないんです。

【菊澤】否定をするのは論理的矛盾を見つければいいだけなので、少し頭が良ければ簡単にできますが、褒めることは意外に難しい。論理を超えて、見えないものを見ようとする想像力が必要だからです。

企業でも、「見える化」ばかりに注力するのではなく、リーダーは見えないものを見ようとすることが大切です。

【佐藤】外交の観点から言えば、例えば、慰安婦問題に関する日韓合意では、1965年に結んだ日韓基本条約で国家賠償は処理済みとされています。にもかかわらず、韓国は賠償問題を蒸し返してくる。

慶應義塾大学教授 菊澤研宗氏

ときに私が指導している学生たちも、そうした議論で、「処理済みなのだから、韓国にこれ以上の賠償金を払うのはおかしい」と言うことがあります。そんなときに、私はこう言います。「じゃあ、君のパソコンに保証期限があるとして、保証期限が1日過ぎただけで直してくれないところと、保証期限が切れているのに直してくれるところのどちらがいいか。もし保証期限が1カ月くらい切れていても、町の電器店なら融通してくれるだろう。そうしたら次に電気製品を買うときに、多少価格は高くても、量販店ではなく、町の電器店で買うはずだよ」と。

外交の世界も一緒です。法的に義務がないというのは、禁止されていることではない。日本に法的な義務はないとしても、韓国との政治的、道義的関係において、慰安婦問題で政府がお金を出すことに何の問題もない。国際法もこれを禁じていない。だから、補償してはいけないという禁止条項はない。こういう話をすると、わかる学生にはわかるのです。

【菊澤】なるほど。面白いですね。

【佐藤】感化力を高める訓練として、まず小説を読めと私は学生に言っています。例えば、小説で恋愛や犯罪の内在的論理を知ることで、人間に対する洞察力を鍛えることができるからです。

そして、もう1つが映画です。悪について理解する場合、言葉から悪が生まれるというのが、キリスト教の非常に重要な考えなのですが、宗教映画を見せても面白くない。そのときは井口奈己監督の『人のセックスを笑うな』を見せるようにしています。すると、言葉から悪が生まれることが実際にわかるんです。

【菊澤】昔、柳田国男が、講演でお化けの話をしたとき、「お化けなどいるんですか」と問われて、がっかりしたと言います。そんなこと、とっくの昔に結論がでており、問題はそこではなく、なぜ日本人がそういうものを長く伝えてきたのか。その深い部分が興味深いのであって、科学的であるかないかという議論ではないのです。見えないものを見ようとする。そうした力が、日本の将来のリーダーには必要だと考えています。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本大使館勤務などを経て、作家に。『国家の罠』でデビュー、『自壊する帝国』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
 

菊澤研宗(きくざわ・けんしゅう)
慶應義塾大学教授
慶應義塾大学商学部・大学院商学研究科教授。慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程修了。防衛大学校教授などを経て現職。専門は組織の経済学、戦略の経済学、比較コーポレート・ガバナンス論。
 

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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優、慶應義塾大学教授 菊澤 研宗 構成=國貞文隆 撮影=村上庄吾 写真=時事通信フォト)

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