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軟らかいものばかり食べると"バカ"になる

プレジデントオンライン / 2019年4月14日 11時15分

認知症の認定を受けていない65歳以上の住民4425人を対象とした4年間のコホート研究の結果、年齢、治療疾患の有無や生活習慣などにかかわらず、歯がほとんどなく義歯を使用していない人は認知症発症のリスクが高くなることが示された。

よく噛んで食べるほうが、頭が良くなる。歯が残っているとボケにくい。そんな「おばあちゃんの知恵袋」のような話が、近年、科学的に実証されはじめている。

小野卓史・東京医科歯科大学大学院教授は、歯、舌の活動をはじめとする口の中の機能が、脳や全身の活動とどう関係するかについて研究。2018年には、歯科医学の国際雑誌「Journal of Dental Research」で、1年間に掲載された中で最も優れた論文に与えられる「IADR/AADR William J. Gies Award」を受賞した。口の中の動きや状態が脳にどのような影響を与えるのか。脳科学者の茂木健一郎氏が小野教授に訊ねた――。

■歯がなくなったら、何をしたらいいか

【茂木】脳と口の中の関係という小野先生の研究は、脳科学の視点からも、健康で長生きしたいと願う普通の人間の感覚としても、非常に興味深いですね。

単純な疑問なのですが、残っている歯の数が少ないと認知症になりやすい、とよく聞きます。これは研究によって実証されているのですか?

【小野】そうです。歯がないことと、認知機能障害に関係がある、という研究結果があります。具体的には、愛知県の6自治体で、認知症の認定を受けていない65歳以上の健常者約4400人を対象に4年間の追跡調査が行われたんですね。

すると、残っている歯の数が多いと、認知症になりにくいということがわかった。反対に、歯がほとんどなく義歯も使用していない人は、認知症の発症リスクが高くなると示されました。年齢や治療疾患の有無や生活習慣といった他の要素にかかわらず、です。

ただし、興味深いことに、この研究では自分の歯がほとんどなくても、義歯を入れさえすれば、認知症の発症リスクは、歯が20本残っている人と同じ程度だったんです。

【茂木】80歳で20本の歯を残そうというスローガンがありますが、自分の歯を大切にすれば、食べ物をよく噛むことができ、認知機能にも有効であるということですね。

ちなみに、義歯といっても、差し歯や入れ歯、ブリッジ、インプラントなどがありますが、義歯の種類と脳との関係はいかがでしょうか。

【小野】それらを比べた研究はないですね。入れ歯やインプラントのほかに「自家移植」という方法もあって、それらの比較をした研究はまだないんです。だから、いつか手をつけたいと思っています。

【茂木】その、歯の自家移植というのはどういうものなんですか?

【小野】例えば奥歯がガタガタになってしまったときに、反対側にある移植しても問題ない歯を、ブリッジやインプラントではなく、移植する。もともとは、「自分の歯を減らさない」というのが発想の原点なんです。使える歯があれば使いましょう、と。

【茂木】歯を減らさないほうがいいというのは、神経が残った状態の歯があったほうがいいということですか。

【小野】それはまだ研究ではわかっていないんです。インプラントと自家移植した歯の違いは、歯根膜があるかないかなんですね。歯の周りに歯根膜といって、センサーがいっぱいついた膜があるんです。歯に加わる力が顎の骨に伝わる際にクッションになっているんですけれど、それがインプラントにはないんです。ただ、神経の有無によって脳に対してどんな違いが生まれるのかは、研究をやってみないとわからないです。

■よく噛むことが海馬に与える影響

【茂木】そうなんですね。よく噛むことが高齢者の認知機能と関係していることはわかりましたが、子どもはどうでしょう。「よく噛んで食べる子どもは賢く育つ」とよく語られます。根拠があるのですか?

【小野】まずひとつ、JA全中が行った調査が挙げられます。全国の小学校1・2年生の子どもがいる母親に、子どもたちが朝ごはんを食べるときによく噛んでいるか、噛んでいないかをアンケートしたんですね。そして、その子どもたちが、学習意欲があるかないかと聞き、噛むことと学習意欲の関係を調べた。すると、よく噛んでいる子どもたちのほうが、学習意欲が高かったのです。

【茂木】なるほど。

【小野】僕自身も、子どもの頃から歯を正しく使うことが大事なのではないかと思って、研究をしたんです。

【茂木】18年に受賞された論文ですね。資料を拝見するだけでも非常に興味深い研究で、詳しく伺いたいと思っています。マウスを用いられたんですよね。

【小野】ええ。生後3週目の2つの子どものマウス群を比較したんです。一方は、ペレットという通常の硬さのエサを、そしてもう一方は、粉末にした軟らかいエサを食べさせて11週間、飼育しました。エサの栄養価と量はもちろん一緒です。前者を通常食マウス、後者を軟食マウスとしましょう。

【茂木】そして、11週間後、その2群を調べたら、噛む筋肉の重さや下顎の大きさに明らかな違いが出たと。

【小野】はい。そのような違いが出たところで、2つのマウス群に、明暗箱試験を行いました。簡単にいうと、以下のような実験です。

マウスは明るい場所に置かれると、怖がって暗いところに隠れようとします。可哀想なんですけれど、マウスが明るいところから暗い箱に入ると、微量の電流がはしって、ビリッと感じる仕組みを作ったわけです。すると、通常は、しばらくたって次に同じ状況に置かれると、暗い箱に入りたいけれどなかなか入らなかったり、警戒するようになる。学習するわけです。

(左から)脳科学者 茂木健一郎氏と東京医科歯科大学大学院教授 小野卓史氏

【茂木】それで、通常食マウスと軟食マウスの差を調べたんですね。

【小野】はい。明らかな差が出ました。通常食マウスは警戒して暗い箱には入らなくなるんですけれど、軟食マウスは前と同じように箱に入ってビリッときちゃう。

ほかにも、物体位置認識試験といって、物体を4種類置いた観察箱にマウスを入れて慣らし、それを次の日に2カ所入れ替える。マウスは、普通は変化に興味を示して、匂いを嗅いだり、触ったりして調べるんです。しかし、これも、通常食マウスは位置が変わった物体のところで盛んに動くんですけれど、軟食マウスは無関心な様子だった。

つまり、軟食マウスのほうが忘れっぽくなっているのではないかということで、海馬の状態を比べることにしたんですね。

【茂木】記憶を司る海馬を調べれば、噛まないことと脳との関係がわかると。

【小野】ええ。結論を言いますと、軟食マウスでは、海馬において神経細胞であるニューロンの新生や分化が抑制されていたんです。つまり、新しいニューロンが生まれない。そして、神経細胞同士をつなぐシナプスの形成や伝達も抑制されていた。

【茂木】硬いものを食べるか、軟らかいものを食べるかによって記憶力が変わる。我々ヒトは日頃「よく噛んで食べましょう」というけれど、マウスにおいては、明らかな変化をもたらしている。人間にも、似たようなことがあってもおかしくないように思いますね。

【小野】おかしくはないですね。もちろん、動物実験の結果ですから、人間にすべて当てはめられるかはわかりませんが、貴重なデータがとれたと思います。

【茂木】一般の人間の思い込みとしては、記憶力を上げるためには、例えば子どもの頃からパズルやドリルをやればいいんじゃないかということは何となくわかるんだけど、まさか日々の食事でよく噛むというような基本的な生活習慣が、海馬の発達に影響を与えるというのは、ちょっと意外ですよね。口腔の科学って、まだわからないことだらけなんですね。

■歯を食いしばると、脳が反応する

【小野】そうですね。わからないことだらけですけれども、研究が日々進み、知識が日々更新されていて、最近わかってきたこともあるんですよ。

例えば、「歯を食いしばると力が出る」とよくいわれます。実際に、歯を食いしばると握力は上がることはわかっていたんです。そのうえで、近年発達した、ファンクショナルMRI(磁気共鳴機能画像法)という、脳の活動を見る方法で見ると、歯を食いしばると脳が反応して、その結果握力が上がったことがわかった。つまり、末梢だけで起きている現象ではなく、噛む行為が脳に影響を与え、それが身体能力に影響している。

【茂木】面白いなぁ。いま、パーソナリティ心理学の分野で、アンジェラ・ダックワース氏の提唱する「GRIT」つまり、やり抜く力という指標が注目されています。このGRIT、英語では「歯をグッと噛みしめる」という意味なんですよ。比喩ではなく、歯を食いしばるとパフォーマンスも上がるわけですね。

【小野】そうです。歯を食いしばると、頑張れる。例えば一流のスポーツ選手も歯を食いしばってパフォーマンスを上げる。例えば野球の打者もそうで、王貞治さんは、力を込めすぎたせいで、奥歯がすり減ってしまったといわれていますね。一方で、口を開けて声を出すほうが力が入ってパフォーマンスが上がる競技や、スポーツ選手もいる。テニスプレーヤーの大坂なおみさんは声を出すほうが力が出るんでしょうね。

【茂木】面白いですね。御茶ノ水の大学病院という土地柄、先生はそういったアスリートの方もよく診察、治療されてらっしゃるんですか?

【小野】はい。ただ、日頃診察する人はほんとうに老若男女問わず、さまざまな方々です。

■歯のケアで、認知障害が好転

【茂木】先生は矯正科で診療をされていますが、どのようなことを患者さんに伝えるんですか。

【小野】矯正科に来られた大人の患者さんで、歯がない人には、自家移植を提案することがあります。もちろん、選択肢としてインプラントや入れ歯、ブリッジもありますし、それぞれにメリットとデメリットがある。きちんと説明したうえで、選んでいただくことになります。「100点満点の治療はありませんから、マイナスもきちんと知りましょう」と。

【茂木】そういってきちんと説明してくれる歯医者さんを見つけることが大事なんですね。

【小野】口の中の衛生状態が悪くなって歯がなくなると、噛めなくなって好き嫌いも出てきて、栄養状態も悪くなり、全身の状態も悪くなる。だから年齢にかかわらず、どこかで歯止めをかける必要はあると思います。

【茂木】まさしく「歯止め」なんですね(笑)。日本語はよくできているなぁ。なるほど、口腔の健康が、全身の健康の鍵なんですね。

【小野】そうですね。例えば歯周病菌がアルツハイマーの患者さんの脳から見つかったというデータも発表されました。歯のケアが重要なのは確かなんです。

現在では、認知症は突然認知症になるのではなく、健常な状態からMCI(軽度認知障害)という「マイルドな認知障害」を経過して進むものだと考えられているんです。MCIになると、1年で約10%の人が、認知症になってしまう。4年だと移行率は約50%です。

MCIから健常な状態に戻ることもできて、回復率は14~44%ある。となると、MCIのうちになるべく健常な状態に引き戻すことが大事になります。いま我々の歯科医療が目指しているのはまさにここなのです。

【茂木】MCIの段階で兆候を掴み、適切な治療をしようというときには、これまでは認知行動療法などのアプローチがとられてきた。しかし、実は歯科医療、口の健康が大事であるということですね。

【小野】そうですね。個々人でできる一番の予防法は、やはり歯磨きです。

歯並びが悪いと、磨きにくい箇所が出てくる。そこに汚れがたまって、歯垢になり、歯垢から歯石になるとスケーラーという刃物でしか取れなくなって、歯周病になってしまう。そうすると、歯周病菌が血液に混じって全身に回り、糖尿病や心臓病にも関係するといわれています。脳にも影響するかもしれないと、近年では研究が進んでいるところです。

だから、基本である毎日の歯磨きを大切にすべきだし、土台となる歯並びが悪いと歯磨きも難しいから、できれば相談してほしい。歯並びが良くなって笑顔に自信が出たり、年をとってから、ふと「歯が残っていてよかったな」と思うなんて話もよく伺いますから。

【茂木】そういう、「幸福感」は脳にもいい影響を与えますしね。

今、人工知能がどんどん進化している中、それこそ、知能が高いとはなにかとか語られるけれど、翻って人間の持つ身体の意味が問われていると思うんです。そんな中、口の中の健康が、認知機能はもちろん、幸福感にも関わってくるというのは、大変興味深いですね。

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茂木健一郎
1962年、東京都生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、92年東京大学大学院物理学専攻課程を修了。『脳と仮想』(新潮社)など著書多数。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。専門は脳科学、認知科学。
小野卓史
1987年東京医科歯科大学歯学部卒業。91年同大学歯学研究科修了。2010年より同大学大学院教授。専門は歯科矯正学。同大学歯学部附属病院副病院長で、先端歯科診療センターの他科の専門医と協力し包括的な診療を行っている。

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(脳科学者 茂木 健一郎、東京医科歯科大学大学院教授 小野 卓史 構成=伊藤達也 撮影=小倉和徳)

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