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英EU離脱は"なしくずし残留"に終わるか

プレジデントオンライン / 2019年4月20日 11時15分

EU離脱合意案が英下院で否決された直後、発言するメイ首相。(AFP=時事=写真)

■予想外の結果だった国民投票

現地時間2019年3月29日午後11時に迫った、イギリスのEU離脱(ブレグジット)。イギリスはもちろんEUにも多大な影響を及ぼすことが予測されているが、テリーザ・メイ首相がEU側と協議をしたすえにまとめた離脱案が1度は大差で否決されるなど、期日直前になっても迷走が続いている。なぜ、このような事態になってしまったのか。

そもそも、今回のEU離脱を決めた16年の国民投票が、いわば想定外の結果だった。少なくともイギリスの政治家で、本当に離脱することになると考えていたものは、離脱派・残留派を問わずほとんどいなかったはずだ。

当時の保守党政権で首相を務めていたデーヴィッド・キャメロンはEU残留派だったが、EU内で旧東欧圏からの移民急増が大きな政策課題となる中、人の移動の自由について一定の制限を認める譲歩をEUから引き出そうと考えていた。そこで、国民投票を実施してEUに懸念を持っている自国民がこれだけいる(事前の世論調査では、残留派が離脱派を上回っていた)ということを示し、それをEUとの交渉材料に用いようとしたのである。また、保守党の一部政治家たちは、離脱キャンペーンの先頭に立つことで存在感を示そうともくろんでいたふしがある。実際、離脱後の具体的な制度設計について離脱派はほぼノープランだったし、離脱すれば実現できるとしていた公約にも実現不可能な空手形が多かった。

はたして彼らの思惑は外れ、国民は52%対48%の僅差でEU離脱を選択した。キャメロン首相辞任を受けて行われた保守党の党首選挙では、本来先頭に出るべき離脱派の政治家が次々と戦線を離脱。結局自らは残留派だったメイ前内相が、火中の栗を拾う形で、民意として示されたEU離脱を実行していくことになった。

その後、離脱までのプロセスが迷走した大きな理由は、離脱派が掲げていた公約の中に、EUのルール上実現する可能性がないものが含まれていたためだ。たとえば、国民投票であれだけ論点になった以上、人の移動に何らかの制限を加えるという公約だけは実現したい。だが、EUは単一市場の「4つの移動の自由」(財・サービス・資本・人)の切り離しを認めないとしており、人の移動を制限すれば、EU市場へのアクセスも制限される。離脱派が主張した「いいとこどり」はできない。

EUの規制から離れることで、アメリカや中国など「より成長しつつある市場」との貿易協定の自由度が高まるという主張も、イギリスの輸出入の4~5割をEU相手の取引が占める現状をふまえれば、EUから離れる不利益のほうが勝ってしまう。結局、離脱後も貿易財については現実問題としてある程度EUの規制を受け入れざるをえず、そのために一定の「メンバーシップ料」をEUに払い続けることも避けられない見通しだ。

イギリスの金融セクターも、EUの法律に基づく免許を喪失するため、EU向けのビジネスをロンドンの拠点から行うことができなくなる。コンサルティング会社などの試算では、現在の総収入の2割程度が失われるという観測もある。離脱派が当初描いてみせた「EUの規制から離れることで、イギリスはより繁栄できる」「EUへの拠出金がなくなるから財政面でもプラスになる」といった約束は、幻想だったことが明らかになってきた。

■両陣営から反発を食らった折衷案

そうした中で、離脱派と残留派の対立による保守党の分裂を回避しつつ、EU離脱に伴うダメージをできるだけ最小限にするためにつくられたのが、両者の主張の折衷案ともいえるメイ首相の協定案だった。しかし、中間点を取った落としどころのつもりが、離脱派と残留派の双方からかえって反発を食らい、19年1月16日の歴史的大差での否決につながった。

協定案の中で強硬離脱派が問題視したのは、北アイルランドとアイルランド共和国の国境管理をめぐる処理だ。本来はブレグジットとともに両者の間の「4つの移動の自由」が失われるが、それでは弊害が大きいため、20年までは「移行期間」として現状のオープンな国境を維持。それまでの間に新たな協定をまとめることになっている。

問題は、期限までに協定がまとまらなかった場合の「バックストップ(安全策)」だ。EUは北アイルランドのみをEUの関税同盟に残す提案をしていたが、国土の分断につながるという理由でイギリスが拒否。結局、もしまとまらなかった場合には「北アイルランドを含むイギリス全体がEUの関税同盟に残る。ただし、20年までの移行期間の期限を最大2年間延長できる」という案でメイ首相はEUの合意をとりつけた。

このバックストップ条項に、強硬離脱派は猛反発。イギリスを恒久的に関税同盟やEUの規則に縛り付けるものとして非難した。19年1月29日、英下院は、バックストップを代替策に置き換えることを求める動議を採択し、この点でEUから譲歩を引き出せば、保守党がまとまり、メイ首相の協定案が生き残る目が出てきた。しかし、肝心のEUが「再交渉」を否定している。このまますんなり着地というわけにはいかないだろう。

■「合意なき離脱」の可能性は低い?

今後のシナリオは、大きく分けて3つある。まず、議会がこのまま何も決められず、19年3月末の離脱期限を迎えることで実現する「合意なき離脱」。激変緩和のための移行期間もなく、離脱1日目から関税や通関手続きが復活することになり、イギリス経済へのダメージは最も大きい。もう1つは、メイ首相が提示したものを修正した新しい協定案が英下院で可決され、それに基づく離脱。3つ目はこのまま離脱できない「なしくずし残留」の状態がずるずる続くというものだ。

3つのシナリオの可能性はかなり拮抗しているが、筆者は英議会が最低限の役割を果たすだろうという期待から、合意なき離脱の可能性は低いとみる。それだけは避けたいと考える議員は多く、19年1月29日の採決でも合意なき離脱を拒否する動議は過半数を得ている。EU側も回避したい意向のため、期限延長には柔軟に対処すると予測される。

期限延長にもいくつかのシナリオが考えられる。19年は欧州議会の改選の年にあたり、改選後の新議会は7月から始まる。それまでの3カ月程度期限を延長し、その間にメイ首相の協定案の手直しやそれに伴う立法的措置を行うことは十分ありうるだろう。

一方、再度国民投票を実施するような場合は、準備や手続きなどを考慮すると少なくとも19年末ぐらいの延長が必要で、話はもう少し複雑になる。前回の離脱キャンペーンが嘘の主張に左右されたという反省にたち、改めて民意を問おうという主張には一理あると思えるが、今も離脱票を投じたことを後悔していない国民も多い。一見クリアな解決策のようで、離脱派と残留派の分断をより深める可能性もあるのだ。

イギリスのEU離脱は、日本の企業にとっても悩ましい問題だろう。特にイギリスに製造拠点を置く自動車メーカーなどの製造業は、混乱に備えた在庫の積み増しや操業調整に追われ、胃の痛い日々を送っているはずだ。

一方で、ブレグジットが世界の金融システムの危機に発展するリスクはほぼないとみる。金融業界は、早くからイギリスの単一市場離脱を想定した体制をつくらざるをえなかったこともあり、すでにある程度の準備ができている状況だ。英国の金融当局もストレステストを実施し、合意なき離脱のような強いストレスがかかっても金融システムの頑健性が担保されることを確認している。EU当局も特別立法などでハードランディングを回避する施策を用意しており、細かな事象はともかく、リーマン・ショック時のように世界の金融システムそのものが揺らぐような事態にはならないだろう。

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伊藤さゆり(いとう・さゆり)
ニッセイ基礎研究所 主席研究員
早稲田大学政治経済学部卒業後、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)を経て、ニッセイ基礎研究所入社、2017年7月から現職。早稲田大学大学院商学研究科非常勤講師兼務。著書に『EU分裂と世界経済危機 イギリス離脱は何をもたらすか』(NHK出版新書)など。

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(ニッセイ基礎研究所 主席研究員 伊藤 さゆり 構成=川口昌人 写真=AFP=時事)

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