60年以上"通知表がない"公立小の仕掛け
プレジデントオンライン / 2019年4月9日 9時15分
※本稿は、苫野一徳『「学校」をつくり直す』(河出新書)の一部を再編集したものです。
■「総合的な学習」の形骸化
今後、“国”は「探究」をカリキュラムの中核にしていく方向性をはっきりと打ち出しているように見えます。出来合いの答えばかり勉強するのではなく、自分(たち)なりの問いを立て、自分(たち)なりの仕方で、自分(たち)なりの答えにたどり着く、そんな「探究型の学び」を中心とした学びです。でも、その方針が“学校現場”とはまだまだ大きな乖離があるのも事実です。次のような反発も、きっと起こることと思います。
よく聞かれるのが、「総合的な学習」も、結局は失敗だったじゃないか、という批判です。「活動あって学びなし」になっているとか、「なんちゃって総合」になっているとか、ひどい場合には、学校行事の準備にあてられて機能していないとか言われます。
確かに、そういう面はあると思います。「総合的な学習」の形骸化にはわたしもよく出くわします。先生はしっかりやっているつもりでも、実は子どもたちを先生のシナリオ通りに動かしてしまっているような「総合」もたくさんあります。
■成功した「総合」の事例から学ぶ
でも、だからと言って「総合」は失敗だったと結論づけて、「決められたことを決められた通りに」の教育へと舞い戻ることが「よい」ことと言えるでしょうか?
こうした議論の際に欠けているのは、むしろ“成功”した事例への言及です。そしてそこから学ぼうとする姿勢です。わたしたちは、うまくいかない事例があると、「だからこれはダメなんだ」とすぐに「一般化のワナ」に陥ってしまいがちですが、「総合」は始まってすでに20年近くが経つものです。この間に、大きな成果を上げた実践はたくさんあるのです。
ならば、そうした事例に学ばない手はありません。それら数多くの事例について一つひとつ論じることはできませんが、いくつかご紹介しておきますので、ご興味のある方は実際に調べていただければ嬉しく思います。
たとえば、長野県の伊那市立伊那小学校は、総合的な学習の先進事例として有名な学校です。ヤギやヒツジ、ニワトリなどの生き物の飼育が特に有名ですが、木工や料理など、その他の活動も盛んです。
■60年以上「通知表」がない公立小学校
伊那小学校には、何と60年以上もの間「通知表」がありません。固定的な時間割やチャイムもありません。「探究」を中核にする以上当然のことではありますが、公立小学校でもここまでのことができるのかと、多くの人は驚かれることと思います。「探究」(総合)の長い歴史を持つ、きわめて貴重な学校です。
この学校の探究テーマは、毎年各クラスの先生と子どもたちで考えて決めています。その長い歴史における、無数のプロジェクトの成功と、そしてうまくいかなかった例もきっとあったでしょうから、そうしたさまざまな経験から、わたしたちは実りある「探究」の条件を大いに学び取れるはずです。
以前、伊那小学校の林武司校長とご一緒した際、伊那小では、先生同士がとことん対話し協働する機会がたっぷり設けられているというお話を伺いました。さらには、「伊那小を切る会」なるものも、40年近く毎年続いているとのこと。現状に満足せず、常に互いにリフレクションする機会を意図的に整えることは、「探究」を中核にした学校には特に不可欠なことなのだと思います。
■「探究」の実践には蓄積がある
和歌山県にある、文字通り「プロジェクト」をカリキュラムの核とした「きのくに子どもの村学園」と、その全国に複数ある系列校からも、学ぶべき英知はたくさんあります。ご興味のある方には、ぜひ、この学校の創設者、堀真一郎さんの『きのくに子どもの村の教育』をお読みいただければと思います。
大阪には、やはり個人や協同での「探究」を核にした「箕面こどもの森学園」もあります。こちらの学校も、辻正矩さん他の『こんな学校あったらいいな』という本で詳細を知ることができますので、お読みいただければ嬉しく思います。
世界的な注目を集めている国際バカロレア(IB)の教育プログラムも、文科省の推進もあって、今少しずつ日本国内に普及し始めています。これもまた、教科横断的な「探究」をカリキュラムの中核とした教育です。詳しくは、文科省のホームページや、『セオリー・オブ・ナレッジ──世界が認めた『知の理論』』などをご参照いただければと思います。
公立であれ私立であれオルタナティブ学校であれ、実りある「探究」の実践は、このようにかなり蓄積されているのです。
■課題解決型学習で移住者が増えた「離島の奇跡」
最近では、特に多くの高校が「探究」型の学びを活発に行っています。たとえば、島根県の離島、隠岐島にある隠岐島前(どうぜん)高校などがその先進的な事例として有名です。生徒たちは、島の資源を活用した課題解決型学習を行っています。全国的にも注目され、移住者も急増。教育の魅力化が人口増にもつながるという「離島の奇跡」を見せました。
わたしも、以前こちらの高校に講演に招かれ、生徒たちと語り合ったことがありました。哲学者・教育学者という「資源」を、とことん活用し尽くそうと食らいついてくる多くの高校生に出会いました。希望に応えて、翌朝も、フェリーが出るまでの間、予定には組み込まれていなかった「哲学対話」を行うことになりました。学ばされているのではなく、あふれる学びの欲求に衝き動かされている若者たち。そう感じました。
ちなみに、こうした「探究」を核としたカリキュラムは、地方でこそ花開く可能性が高いとわたしは考えています。
というのも、地方は、過疎化や少子高齢化をはじめとする、社会課題のいわば“宝庫”だからです。これらの課題を、隠岐島前高校のように、生徒たち自身が地域の人たちとともに解決していく「探究」の学びをデザインすることは十分に可能です。規模から言っても、子どもたちは地域課題解決に貢献しやすい。学校や世代を超えたプロジェクトチームを発足させることもできるでしょう。
■地方は子どもたちと解決できる「課題の宝庫」
地方には地方ならではの教育課題もあります。たとえば、家業を継いでもらいたいから、あまり学校で勉強させてくれるなという親は今も少なくありません。勉強して都会に出て行かれたら困るというのです。同じように、教育をすればするほど、子どもたちが都会に出て行って少子高齢化が進むというパラドックスもあります。
でもだからこそ、地域の課題解決プロジェクトに、子どもからお年寄りまで、皆がチームになって挑むといった教育実践をしてみたらどうでしょうか。子どもたちはむしろ、その地域に愛着を持つかもしれません。故郷を、もっとよいものにするための仕事を起こしたいと思うようになるかもしれません。
わたしは今熊本大学の教員をしていますが、熊本でも、女子中学生が耕作放棄地を農地に変える会社を起業したというニュースが話題になりました。まさに地方は、子どもたちとともに解決していくことのできる「課題の宝庫」なのです。教育の最先端は、今後地方が開いていくかもしれません。
■「現実的に無理」ではなく可能性を問いたい
前回述べたように、学校教育の構造転換の必要は、今や明らかであるはずです。だとするなら、「現実には無理」とか、「そんなことは不可能だ」とかばかり言うのではなく、「どのような条件を整えればそれは可能になるか」を問い合いたいものだとわたしは思います。
先生のマインドや、先生自身が豊かな「探究」を経験する必要性、また教員養成や教育行政のあり方等、考えるべき条件は無数にありますが、これらの具体的なアイデアについては、ぜひ『「学校」をつくり直す』をお読みいただければと思います。
「プロジェクト(探究)」をカリキュラムの中核にして、それ以外の教えるべき内容はちゃんと網羅できるのか。そう疑問に思われる方もいるかと思います。
その心配はごもっともです。だから、ゆくゆくは──できることなら2030年ごろの学習指導要領においては──学習内容をぐっと“精選”し、本気で「探究」に振るための方向性を示す必要があると考えています。
■現行制度においても「探究」を中核にするのは正当
ただ、その気になれば、現行の学習指導要領内であっても、「プロジェクト(探究)」の時間を4~6割程度確保することは可能なはずです。「総合的な学習の時間」が大々的に始まってからしばらく経ちますが、学習指導要領はさらに、さまざまな教科を横断した「合科的・関連的な指導」の必要性を明記しています。新学習指導要領の目玉の一つ、「カリキュラム・マネジメント」は、「教科横断的な視点から教育活動の改善を行っていく」ことを一つの柱にしています。カリキュラムの中核を「探究」にするのは、現行制度の観点から言っても、むしろまったく正当なことなのです。
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熊本大学教育学部准教授
1980年生まれ。博士(教育学)、専門は哲学、教育学。著書に『教育の力』(講談社現代新書)『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)『勉強するのは何のため?』(日本評論社)他多数。全国の多くの自治体や学校等でアドバイザーも務める。現在、共同発起人として、幼小中学校が一体となった軽井沢風越学園の設立を準備中。
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(熊本大学教育学部准教授 苫野 一徳 写真=iStock.com)
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