なぜ麹町中の試験は何度も受け直せるのか
プレジデントオンライン / 2019年4月12日 9時15分
※本稿は、苫野一徳『「学校」をつくり直す』(河出新書)の一部を再編集したものです。
■興味・関心・学ぶペースは子どもによって違う
教育について考える時、次のことをおさえておくのは本来基本中の基本です。
子どもたちは、それぞれ興味・関心も、学ぶペースも、自分に合った学び方や適した学習空間や、いつどこで誰とどのように学び合えばいいかなども、全部異なっているということです。同じ個人においても、これらは成長の過程において変わってきます。
でもこれまで、学校はそのほとんどを統一してきました。いつ、何を、どのように学ぶかということを、あらかじめ決めてきたのです。
子どもたちは、今は算数をやる気分でなくても、「いいから算数をやりなさい」と言われ、好きな本をとことん読み続けたくても、「これから授業です。本をしまいなさい」と言われてしまうのです。これでは、もともとある「学びたい欲求」が殺されてしまうのも当然です。
これが、もっと自分のペースで、自分に合ったやり方で、また自分に合った教材などで学べたとしたらどうでしょう?
■「自分で計画を立てる」と学習意欲が変わる
実はこうした問題意識をもとに、世界には「学びの個別化」の実践を長い間続けている学校がたくさんあります。アメリカ生まれの「ドルトン・プラン教育」や、ドイツ生まれオランダ育ちと言われる「イエナプラン教育」などが有名です。どちらも100年ほどの理論と実践の蓄積があります。
これらの学校では、子どもたちが、自分たち自身で1週間、時に1カ月以上の学習計画を立てます。もちろん、特に低学年の子どもたちは先生が手助けします。でも慣れてくると、自分で学習計画を立てることができるようになります。友だちの力を借りて立てることもあります。
ここでの学ぶべき内容は、あらかじめ決まっています。まさに「出来合いの問いと答え」です。でも、その内容を、お仕着せの時間割通りに学ぶのではなく、自分のペースや学び方で学び進めることができたなら、子どもたちの学習意欲には大きな違いが出るはずです。何しろ、分からなくても授業が先に進むことはありませんし、分かっていたら、自分のペースで先に進んでいけるのですから。
■個別化した学びは「ゆるやかな協同性」に支えられる
誤解がないよう言っておくと、これは「自分のやりたいことだけを学んでいい」ということではありません。日本の場合、学習指導要領の内容は、学校が責任をもってすべての子どもたちにその修得を保障すべきものです。でも、それをみんながみんな同じペースでやる必要はないはずです。むしろ、いつ、何を、どのように学ぶかを個別化したほうが、その到達はより十分に保障されるはずなのです。
もっとも、この「個別化」には必ず「協同化」をセットにする必要があります。「ゆるやかな協同性に支えられた個の学び」の環境を整えるのです。そうでなければ、子どもたちの学びは「孤立化」してしまいます。孤立化した学びは、それで構わないという子にとっては尊重される必要がありますが、多くの場合、学びを進める上で問題のほうが多いものです。誰もが一人だけで勉強を進められるわけではないからです。一人だと行きづまってしまうこともあるでしょうし、意欲が続かないということもあるでしょう。「個別化」された学びには、先生や友だちの支えがやはり必要なのです。
■国語の教材が合わないなら、また別の本を読めばいい
ICT(情報コミュニケーション技術)の進んだ欧米では、子どもたちの教材がオンライン上に多様に用意されている場合もあります(たとえばマイケル・B・ホーン、ヘザー・ステイカー著『ブレンディッド・ラーニングの衝撃』などをぜひご参照ください)。みんながみんな、同じ教材で勉強する必要はないのです。
教材の個別化にとって、ICTは強い味方です。でも、必ずしもICTだけに頼る必要はありません。
たとえば国語について言えば、与えられた文章教材が自分に合わないということもあるでしょう。「スイミー」や「スーホの白い馬」や「やまなし」など、多くの子どもを惹きつける力をもった教材はあったとしても、教科書の物語の全部が全部そうであるわけではないはずです。それを引きつけさせるのが教師の力量だ、というのも一つの大事な考えですが、でも、興味を持てない教材のせいで、国語嫌いになってしまった子どもたちはたくさんいるはずです。
だったら、良質な本をたくさん揃えて、子どもたち自身が選んで読み浸るようなことをしてもいいかもしれません。これもまた、教材や学びの個別化です。さらに、それぞれが読んだ本を互いにプレゼンしたり意見交換したりといったことをしてもいいでしょう。これは「個別化」と「協同化」の融合です。こうした発想に基づいた、「リーディング・ワークショップ」という実践もありますので、ご興味のある方にはぜひ調べていただければ嬉しく思います(ルーシー・カルキンズ『リーディング・ワークショップ』、ナンシー・アトウェル『イン・ザ・ミドル』、プロジェクト・ワークショップ編『読書家の時間』など参照)。
■サッカー好きなら「英語のサッカーマガジン」を
ここまでお話ししてきたのは国語の例ですが、この発想はあらゆる教科に適用可能です。
たとえば英語についても、みんながみんな同じ教材を使わなくたっていいでしょう。サッカー好きの子は英語のサッカーマガジンを教材にしたっていいかもしれませんし、ギター好きの子はギターマガジンを教材にしてもいいかもしれません。それぞれの子どもの興味・関心に応じた教材は、ネット上にも無数にあります。興味の持てない、つまらない文章を延々読まされるより、工夫次第でははるかに実りある学習ができるはずです。個別化の基本は、教材にしろペースにしろ、「選択できる」という点にあるのです。
ちなみに、意外に知られていないことなのですが、学校の先生には「教科書の使用義務」はありますが、それは教科書だけを使用しなければならないとか、教科書の中身を全部網羅的に教えなければならないとかいったことを意味してはいません。多様な教材の開発は、授業の工夫としてむしろ奨励されているのです。
■テストを「一斉にする」必要はない
でもそんなことをしたら、一斉のテストなんてできないじゃないか。そう言われるかもしれません。
これにはこう問い返したいと思います。そもそも、わたしたちはなぜテストを一斉にする必要があるのでしょうか? さらに言えば、なぜ、一斉のテストで子どもたちを序列化する必要があるのでしょうか?
義務教育の一つの使命は、すべての子どもたちの「学力」を必ず保障することにあります。「学力」の本質は、哲学的に言えば「自由」になるための「探究する力」となりますが、ここでは話を分かりやすくするため、ひとまず学習指導要領の内容ということにしておきましょう。
原理的には、学校教育は小学校6年間を通して、あるいは義務教育9年間を通して、その内容の獲得を保障する必要があります。それはつまり、その水準の保障さえできれば、子どもたちを序列化する必要などまったくないということであり、また、その到達を保障するためにこそ、そこへ至るまでの学習計画や進度やテストなどは、個別化すべきであるということでもあります。
■九九は1年生で覚えても、3年生で覚えてもいい
人それぞれ、学びの進度は異なっています。だから、その一人ひとりの学びにしっかり寄り添う必要があるのです。2年生で九九を覚えられなかったからと言って、不必要にあせらせたり劣等感を抱かせたりする必要なんてありません。3年生や4年生でマスターできれば、それで問題はないのです。ちゃんとものにできれば、人より少し遅れていたって、その後ぐっと挽回できることだってあります。むしろ、分からないまま授業が進んでしまい、取り残されてしまうほうが問題です。
その逆に、九九を1年生でマスターしてしまったって何の問題もありません。小学生にして中学3年生の数学を理解できる子だってたくさんいます。学びの進度を、誰も彼も統一しようとするほうが、やっぱり無理があるのです。
「みんなで同じことを、同じペースで」の授業では、とりあえず授業は進んでいるものの、すべての子どもたちに、本当の意味で学力を保障することは残念ながら非常に困難です。繰り返し言ってきたように、必ず一定数の子が、勉強についていけず「落ちこぼれ」てしまうからです。これは構造的な問題なのです。
■テストはあくまでも「学習状況を確認するツール」
先生からすれば、「とりあえず授業はやった」という安心感はあるかもしれません。でもそのことと、すべての子どもの学力を保障することとは、本来別の問題なのです。
だからこそ、これからの学校は、学びをもっと個別化し、一人ひとりのペースに合わせて学力を保障する必要があるのです。
そんなわけで、テストもまた当然個別化するべきです。
たとえば、単元ごとのテストを用意して、子どもたちは「そろそろこのテストをやってみよう」とトライする。十分な理解ができていなければ、何度でもトライし直せる。重要なのは、その単元なり内容なりを修得することだからです。自分のペースでテストを受け、自分の到達度を確認し、次のステップへと進んでいく。テストは、その学習状況を確認するためのツールにすぎないのです。
一斉のテストや、その結果による序列化の発想から、わたしたちはそろそろ脱却する必要があります。繰り返しますが、義務教育においては、テストは子どもたちの進捗具合や到達度を把握するためにあるのであって、序列化や競争を促すためにあるわけではないのです。
■麹町中学校は定期テストを廃止した
ICTは、今後そのために活用していく必要があります。AIを活用したEdTech(EducationとTechnologyの合成語)は、何度でも受け直せる単元や内容ごとのテストを、そう遠くない将来、一人ひとりにカスタマイズしてくれるようになるでしょう。
工藤勇一氏が校長を務める東京都千代田区立麹町中学校は、上記のような発想から2018年度に出題範囲の決められた「定期テスト」を廃止しました。代わりに、単元ごとのテストと、年5回、出題範囲のない「実力テスト」を行い、子どもたちの学力状況を把握しているとのことです。単元テストは複数回受け直すことも可能です(工藤勇一『学校の「当たり前」をやめた』)。
前に紹介した伊那小学校にせよ、麹町中学校にせよ、公立学校でも、これほどにラディカルな実践をすることは十分に可能なのです。麹町中学校の今後の展開を、ぜひ興味深く注視したいと思っています。
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熊本大学教育学部准教授
1980年生まれ。博士(教育学)、専門は哲学、教育学。著書に『教育の力』(講談社現代新書)『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)『勉強するのは何のため?』(日本評論社)他多数。全国の多くの自治体や学校等でアドバイザーも務める。現在、共同発起人として、幼小中学校が一体となった軽井沢風越学園の設立を準備中。
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(熊本大学教育学部准教授 苫野 一徳 写真=iStock.com)
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