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形ばかりの春闘で本当に給料は増えるのか

プレジデントオンライン / 2019年4月3日 9時15分

春闘といえば生活向上のためのベア(ベースアップ)を巡る攻防だったが、今やべアに対するこだわりも薄くなっているようにみえる。写真は春闘集中回答日でボードに書き込まれる各社の回答額=2013年3月13日午前、東京・日本橋の金属労協(写真=時事通信フォト)

今年も「春季労使交渉(春闘)」の季節がやってきた。こうした労使交渉にはどれだけ意味があるのか。本当に給料アップに影響しているのだろうか。日本総研の山田久主席研究員は「組合のベア要求は経営に緊張感と事業創造のプレッシャーを与える。それは日本企業の競争力の源泉だ」と主張する――。

■薄れるベースアップへのこだわり

2019年春季労使交渉は、その序盤から経団連会長が「官製春闘」への牽制を行い、一部産別労組がベア(ベースアップ)統一要求を掲げるのをやめるなど、ここ数年とはやや異なる展開が見られるなか、3月13日の集中回答日を迎えた。

いわゆるパターンセッターとして注目を集める、自動車や電気機械の大手企業のベアは、多くが前年を下回る回答となった。連合が公表した、3月22日時点で回答を得た傘下組合の妥結額の集計値は、いわゆる定昇(定期昇給)込みの賃上げ率(集計組合員数による加重平均)で前年やや下回り(2.17%→2.13%)、組合数による単純平均では低下はより大きくなった(2.13%→2.07%)。また、定昇相当分を控除した額のわかる組合の集計でも、ベア分は昨年の0.64%から0.62%に低下している。

ちなみに、年齢や勤続年数が上がるに従って、毎年賃金が上がる仕組みが定期昇給で、その会社の賃金体系全体を押し上げるのがベア(ベースアップ)である。

交渉妥結はこれからが本番であり、連合によるより詳細な集計内容や産業別にわかる経団連集計も公表されていないため、結論を下すにはなお早いが、少なくとも現時点では今春闘の特徴として以下のことが指摘できよう。

第1は、足もとでの業績悪化懸念や経営環境の先行き不安の高まりにもかかわらず、賃上げ自体の流れは維持されていることである。いわゆる「官製春闘」が始まる前であれば、現在のような先行き不透明感のある情勢下では、ベア・ゼロ回答が続出していたであろう。ここ数年の政府の働きかけのもとで議論が進み、やり方はともかく、少なくとも一定の賃上げの必要性の認識が労使で共有されるようになった成果といえる。

第2は、賃上げの流れは続いている一方で、ベアへのこだわりが薄れているようにみえることである。すでに指摘した通り、主要企業の個別額にせよ、連合の集計値にせよ、ここ数年、政府が要請してきたベアについては、モメンタムが弱まっている印象がある。この背景には、経団連が「官製春闘」を牽制するとともに、ベアにこだわる春闘のあり方に違和感を表明し、多様な手段での賃上げを主張してきたことも影響しているだろう。

第3は、働き方改革や格差是正など、賃上げ以外の議論の広がりがみられていることである。2019年4月から関連法が施行され、「働き方改革」への取り組みが本格始動する。これを控え、非正規労働者の処遇改善、年次有給休暇の取得促進、勤務間インターバル制度の導入などの話し合いが労使で行われている。さらに、シニア活躍が大きなテーマに浮上するなか、定年年齢の引き上げの議論も進んでいる。

■頭をもたげる春闘不要論

以上のような今春闘の特徴には、ポジティブな面とネガティブな面が混在している。

ポジティブな面では、政府の働きかけがやや弱まり、先行き不透明感が強まっているにも関わらず、賃上げの動きが維持されたことを指摘できよう。働き手の多様化が進むなか、賃上げ以外に議論が広がったことも望ましい方向である。とりわけ、評価・処遇改革に着手し始めた企業が登場していることも前向きに評価できる。デジタル変革で産業構造が大きく変わり、女性・シニア・外国人といった多様な人材活躍が求められるなか、依然として残る年功的要素を薄め、職務・成果型の評価・処遇制度を構築することは喫緊の課題と言えるからだ。

半面、ネガティブな面として懸念されるのは、ここ数年のベア復活の動きが弱まる兆しがみえることである。そうした流れが今後一段と強まっていけば、ベアにこだわって横並びで賃上げを実現しようと機運が失われ、春闘不要論が勢いを増すかもしれない。そうなれば、米中摩擦やデジタル変革など環境の激変が中期的に続くことが予想されるなか、90年代終わりから2000年代にかけての状況が再現され、賃上げの流れが数年以内に止まってしまうのではないか。大袈裟かもしれないが、2019年春闘が、デフレ経済をもたらした「ベア・ゼロ回帰」への序曲にならないか、懸念されるのだ。

■日本企業の競争力の最大源泉が失われる

筆者の考えは、引き続きベアにこだわる必要があるという意味で、春闘の意義は全く薄れていないというものである。ベア、すなわち、従業員全員の賃金を底上げすることが必要なのは、わが国が経済の好循環を形成し、デフレ経済に決別するためである。それは、わずかでも着実に基本給が毎年上昇していくことが当たり前になることではじめて、人々は「ともかく安いものを買う」という志向を改めるからで、その結果として消費者は価値のある商品・サービスであれば値上げを受け入れるようになるだろう。それがデフレマインドを払拭させ、ひいては企業にとっての合理的なプライシングにつながるのである。

加えて、海外企業と比較したとき、日本企業の競争力における最大源泉は「普通の労働者」が持つ勤勉さにあり、それを維持するためにこそ、皆のやる気を喚起できるベアが重要だということを指摘したい。さらに、逆説的であるが、固定費となる人件費の増加が当然となるからこそ、安易な人件費削減と不採算事業の放置で、企業活動が縮小均衡に陥ることを避ける効果があることを強調したい。時代の変化に不断に適応していこうという緊張感と規律を、経営者と労働者の双方が持てることが、緩やかなベアにこだわるべき最も重要な理由と言えるのだ。

厳しい国際競争に晒され、デジタル技術革新で未曾有のパラダイム転換の最前線に立つ経営者からすれば、終身雇用・年功制の日本型人材管理の在り方は、負の遺産として映る面が強いであろう。新たな事業の創出は企業の生き残りにとって死活問題であり、これまでのあり方を大きく見直す必要があることに議論の余地はない。その意味で、メリハリを一層強める方向での評価・処遇改革への着手はポジティブに捉えられる。しかし、現実には多くの収益は既存コア事業から生まれ、その維持・発展のために「普通の労働者」のモチベーションを維持することも重要である。

変化の方向性のみに目を奪われ、今ある良いものの保持をおろそかにすれば、かえって企業が弱体化する。それは、90年代末に少なからぬケースで賃金抑制のツールとなった「成果主義」の教訓であったはずだ。幸運にも日本企業の多くは、過去の経営努力の成果として、筋肉質の財務体質と潤沢な手元流動性を有している。今必要なのは、拡大均衡の創造に向けてこれらを有効活用することである。

それは、ベアの継続による従業員モチベーションの底上げ・既存コア事業の保持と、メリハリをつけた新たな処遇制度の構築による優秀人材の保持・活用を通じた新規事業の創造の、二兎を追う戦略である。

■「ベアの継続」と「事業構造の見直し」はセット

以上のように、時代環境が大きく変化したとはいえ、ベアの重要性は変わらず、春闘は今後も必要といえる。かといって、ベアの流れを復活させるため、再び「官製春闘」の色彩を強めるのは望ましくない。来年に向けて重要なのは、政府の働きかけなしでも、ベアが継続される状況をどうつくるかである。そのためには、ベアがなぜ重要なのかについての根本認識を、労使間で深めることがまずもって必要である。

それは、既述の通り、時代の変化に不断に適応していこうという緊張感と規律を、経営者と労働者の双方が持てることにベアにこだわる意義がある、という認識である。それゆえ「ベアの継続」と「事業構造の見直し」はセットなのであり、これを実現するための労働者の技能転換や職場移動の円滑化が鍵を握ることになる。

■政府の役割は賃金決定を支援する仕組みの整備

しかし、わが国の場合、企業を跨ぐ労働移動を支えるインフラが十分でなく、それゆえにこそ労働組合も「賃金よりも雇用」を重視するスタンスで、賃上げの取り組みが弱くなる。ここに政府の介入が必要になる理由がある。だがそれは、賃上げを誘導する「直接的介入」ではなく、労働移動のインフラ作りに取り組むとともに、経済合理性に基づいた賃金決定を支援する仕組みの整備という、「間接的な働きかけ」である。

以上を念頭に、政府は政労使会議を再開し、まずはベアの必要性やその持続に向けた課題の全体像を示し、労使の議論を誘うべきである。それを踏まえ、企業の枠を超えた技能形成やジョブマッチングの仕組みの整備と、第三者機関による賃上げの目安提示といった新たな仕掛けづくりに取り組み、政労使が協力して新しい春闘の在り方を創造していくことが望まれる。

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山田久(やまだ・ひさし)
日本総合研究所 理事/主席研究員
1987年京都大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)入行。93年4月より日本総合研究所に出向。2011年、調査部長、チーフエコノミスト。2017年7月より現職。15年京都大学博士(経済学)。法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科兼任講師。主な著書に『失業なき雇用流動化』(慶應義塾大学出版会)

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(日本総合研究所副理事長 山田 久 写真=時事通信フォト)

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