アップルがiPhoneナシでも成長できる訳
プレジデントオンライン / 2019年4月9日 9時15分
※本稿は、田中道昭『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』(日本経済新聞出版社)の一部を再編集したものです。
■「プレミアムブランド」として突出している
この記事では、私の専門領域の1つであるマーケティングにおけるブランド論からアップルを分析していきます。
ブランドには、①創業者や経営者のブランディングであるセルフブランディング、②商品・サービスを対象とする商品ブランディング、③企業全体を対象とするコーポレートブランディングがあります。米国メガテック企業4社の共通点としては、コーポレートブランディングに優れているということが挙げられます。
その一方で、当該企業が提供している商品そのものがブランド化しているかどうか、特にプレミアムブランド(通常の商品よりもブランド価値が高く、価格も高めのプレミアムプライシングで販売可能な商品)にまでなっているかどうかということになると、4社の中でもアップルがもっとも優れていると分析されます。
■iPhoneの「i」に込められたさまざまな意味
図表1はラダリングというフレームワークでアップルのiPhoneを代表例としてブランディング分析したものです。優れたブランドは、名称から、属性(特徴や実績)、機能価値、情緒価値、ブランド価値に至るまですべての階層で顧客価値に優れています。
まずブランド名であるiPhoneの「i」にはさまざまな意味が込められています。小文字から始まることで違和感を醸し出し注目させる一方、全体として明快なトーンと発音。そして何より、iには「私」「私の」「自分らしく」という意味やブランド価値までもが込められているのです。
属性では、本人確認としてのフェースID(アップルが開発した顔認証システム)、プラットフォームとしてのアップストア、保有しているデバイス間を同期化させるアイクラウド、スマホとしての各種特徴、そして後で詳しく述べるヘルスケア管理機能などが挙げられます。
■「自分らしいライフスタイル」という顧客価値を提供
それぞれの製品の機能価値や情緒価値は、CMやコピーといったプロモーションからできるのではなく、属性から派生するものであるということが重要なポイントです。機能価値としてはCX(カスタマーエクスペリエンス)=CI(カスタマーインターフェイス)に優れていて使いやすいこと、情緒価値としては実際に使っていて「誇らしい、信頼できる」といった気持ちになることが指摘できると思います。
そして、最終的にiPhoneは、「自分らしいライフスタイルを過ごす」「自分のライフスタイルや気持ちに合った高品質のスマート機器を自分らしくスマートに使いこなしたい」というような顧客価値を提供していると表現できるでしょう。アップルがiPhoneに対して哲学・想い・こだわりを持っているように、自分の仕事やライフスタイルに哲学・想い・こだわりを持って過ごしていきたいと思っている人。それがアップルのターゲティングであり、ポジショニングでもあるのです。
■「個人データの利活用をしない」という価値観
アップルが本書で取り上げている8社の中で際立っているのは、顧客のプライバシーを重視し、個人データの利活用をしないことを明言していることです。「IoT×ビッグデータ×AI」時代において、消費者から集積したビッグデータの利活用を行わないことはAI戦略にも大きな影響を与えます。実際に「アップルはAIにおいて出遅れている」とはよく指摘されることです。
「出遅れているから言い訳のために個人データの利活用は行わないと述べているだけ」という批判もありますが、私は、アップルのプライバシー重視のスタンスは「その人らしくあってほしい」という同社の使命感や価値観からきているのではないかと分析しています。
確かに、アマゾンからは、協調フィルタリングというAIのアルゴリズムによって自分に興味のある商品を推奨するメールが届いてくる一方、アップルは消費者に対して一律に商品・サービス紹介のメールを送ってくるので、センスがないと思うこともしばしばです。しかし、自分の個人データがさまざまな場面でテクノロジー企業に取得されていると体感する場面が増えてきた中、アップルの姿勢は今後、再評価されるだろうと予測しています。
■「フェースID」を使うのは信頼感があるから
私自身は長年アップル製品を愛用してきました。現在では、フェースIDを搭載したiPhoneⅩ、通常のiPadとiPadPro、そしてアップルウォッチ・シリーズ4を同期化して使っています。「アップルの製品だから使用している」という機能も少なくありません。
その最たるものがフェースIDです。iPhoneⅩとiPadProに搭載されたフェースIDは、便利である一方、自分のプライベートな生活や、ありのままの姿がそこで記録されているかもしれないと意識することが多々あります。それでも私がこれらの製品を使っているのは、アップルが個人データの利活用をしないという信頼感や安心感があるからです。
決済アプリについては、仕事上の要請から、主要なものは一通りスマホにインストールして、それぞれ数回程度は実際に使用もしています。それでも私が実際にもっとも多用しているのは、アップルウォッチを使用端末とする「アップルペイ×Suica」決済です。時計の右側にあるボタンを2回クリックすれば決済画面が現れ、対応する機器の読み取り部にかざすだけ。コンビニでの決済、タクシーやJR、地下鉄での支払いなど、本当にスピーディで快適です。
もっとも、利便性以上に重要なのは、やはりアップルの信頼性や安心感。自分のクレジットカード情報を提供し、さらには自分の銀行口座にまで紐づけて金融取引を行うとなると、信用のおけない企業に任せることはできないからです。
■アップルウォッチは「医療機器」に近づいている
アップルウォッチは、シリーズ4になってからはECG(心電図)計測ができるようになり、もはや事実上、「医療機器」と呼べる水準に進化してきました。この機能については後述しますが、医療データを委ねられるのも、やはり信頼できるアップルだからです(2019年3月時点では同機能は日本では有効化されていない)。
仕事では外出先の作業はパソコンよりiPad Proという機会が増えてきました。このように仕事上の重要な情報を委ねられるのも信頼できる企業だからなのです。
以上はあくまで私個人の事例です。「そんなことは気にせずにどんどん便利な生活を送りたい」と思う層も少なくないと思います。一方で、金融サービス、医療サービス、業務用サービスなどで信用力がより重要となっている昨今、アップルを再評価する動きが出てくる可能性が高いのではないかと予想しています。
■「ジョブズ亡き後のアップル」がヘルスケア市場を破壊する
スティーブ・ジョブズ亡き後のアップルは、業績や株価は大きく成長している一方で、イノベーションという観点からは持続的なものにとどまっています。もはやかつてのように破壊的なイノベーションを起こすのは困難なのではないかという指摘もあります。それに対して私は、iPodで音楽市場を破壊したアップルが、今度はアップルウォッチでヘルスケア市場を破壊するのではないかと予測しています。
先に述べた通り、アップルウォッチはシリーズ4からECG(心電図)を搭載し、事実上、「医療機器」と呼べる水準にまでヘルスケア管理機能を進化させています。このシリーズからはハードウエア構造が新たな段階に突入し、健康管理、医療管理のウエアラブル機器としての性格を強めています。実際にアップルは米国FDA(アメリカ合衆国保健福祉省配下の政府機関。食品・医薬品局)から限定的な医療機器としての認可も取得しています。
具体的に説明しましょう。iPhoneをお使いの方で、「ヘルスケア」という標準搭載のアプリをお使いの方も少なくないでしょう。通常であれば、「歩数」「エクササイズ時間」等が表示されるものですが、アップルウォッチとの併用により、「心拍数」「心拍変動」等が表示され、異常値が計測されるとリアルタイムでメッセージが送られてくるようになっています。まさに「健康管理」から「医療管理」へと進化してきているのです。そして、この心電図機能は、アップルのヘルスケア戦略の1つの機能にすぎません。
■ヘルスケア戦略を支える「ヘルスキット」
図表3は、現在公開されている情報から、アップルのヘルスケア戦略を将来展開されるであろうレイヤー構造としてまとめたものです。
レイヤー構造の底辺でインフラとしてアップルのヘルスケア戦略を支えていくのは、スマートヘルスケアのエコシステムとしてのHealthKit(ヘルスキット)です。ここには、アップルウォッチやiPhoneなどのアップル製品から取得された個人の医療・健康データのほか、将来的には病院のカルテ情報などが蓄えられていくことが想定されています。利用者はすでに公開されている健康管理アプリ「ヘルスケア」で自分のデータをチェックできるほか、将来的には医療機関との間でのやりとりにも使われることになるのです。
アップルはこのエコシステムを自社製品のみならず、多くの企業が展開するヘルスケア関連のIoT機器製品群にもオープンプラットフォームとして公開していくのではないかと考えられます。今後、アップルウォッチやiPhoneは、スマートヘルスケアのプラットフォームとしても成長し、そこではさまざまなヘルスケア関連の商品・サービス・コンテンツが展開されるでしょう。
■「アップルクリニック」を展開するのではないか
なおアップルは、ヘルスケア関連アプリ開発のプラットフォームとして「CareKit(ケアキット)」を、ヘルスケア関連のリサーチプラットフォームとして「ResearchKit(リサーチキット)」をすでに事業展開しています。
さらに私が予想しているのは、アップルは、スマートヘルスケアのエコシステムとしてのヘルスキット、スマートヘルスケアのプラットフォームとしてのアップルウォッチやiPhoneを基軸として、リアルな病院やクリニックである「アップルクリニック」を事業展開していくという流れです。アップルではすでに自社製品も活かした社員用のクリニックを展開していることが知られています。社員用で高速PDCAを回し、時機が到来したら広く一般向けに事業展開する可能性は否定できないのではないでしょうか。
アップルでは、アップルウォッチに心電図機能のほか、血圧測定機能、血糖値測定機能まで搭載していくことを計画しているようです。
医療においてもテクノロジーが重要であることは言うまでもありません。グーグルやアマゾンも、プラットフォームをめぐる戦いにおいて、この分野で侮れない相手になるでしょう。それでも最後に指摘しておきたいのは、医療分野のエコシステムやプラットフォームにおいてもっとも重要なポイントは、信頼性や安心感であるということなのです。
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立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。
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(立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭 写真=時事通信フォト)
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