グーグルを真似すると会社が崩壊するワケ
プレジデントオンライン / 2019年4月8日 9時15分
※本稿は、小笹芳央『モチベーション・ドリブン』(KADOKAWA)を再編集したものです。
■欧米先進企業の働き方を真似る愚
働き方改革を進めるうえで、欧米の先進企業の働き方を参考にする企業は多い。
みなさんの会社の人事担当者も、グーグルの元人事トップ、ラズロ・ボックが書いた『ワーク・ルールズ!』(東洋経済新報社)や、新しい組織論を展開している『ティール組織』(フレデリック・ラルー著、英治出版)といった本をきっと読んでおられることだろう。近年、欧米先進企業の人事・組織本はいくつもベストセラーになっている。
しかし、本当に欧米の先進企業の働き方が、一般的な日本企業の参考になるのであろうか。そもそも、グーグルのような働き方をしたから、グーグルはグーグルになり得たのかといえば、そうではない。グーグルは、プラットフォーマーとして一発当て、その余力があるから「for One」寄りに見える働き方が許される。因果関係が逆なのだ。
私は組織変革の基軸に「One for All, All for One(個人は組織のために、組織は個人のために)」という考え方を置いているが、いわゆるグーグル的な働き方は「for One」として魅力的な施策が目立っている。
少し落ち着いて考えればわかりそうなものだが、「グーグルのような働き方をしたらグーグルになれる」わけではなく、「プラットフォーマーとして一発当てたからグーグルのような働き方ができる」と見るべきだ。
■因果関係のボタンを掛け違えてはいけない
これはグーグルに限らない。フェイスブックでも、アマゾンでも同じだ。プラットフォーマーとして一発当てたから「for One」寄りの働き方が許され、その「for One」寄りの働き方を求めて優秀な人、優秀なエンジニアが集まる。
優秀なエンジニアが集まれば、サービスが進化し、業績も上がる。新しい働き方のメニューも追加され、より「for One」寄りの働き方が実現して人が集まる――こうした好循環が起きているのだ。
だから、グーグルの真似をしてもグーグルにはなれない。いや、それどころか、因果関係の最初のボタンを掛け違えたまま、“グーグル的な”働き方ばかりを真似すれば、その企業は、おそらく組織が崩壊する。実際、そうした働き方を取り入れたのに人が長続きせず辞めてしまうとか、期待するようなクリエイティブな成果が出ないといった悩みをもつ組織はある。
■「自分たちの参考になるか」を考えて学ぶ
もちろん、欧米の先進企業の働き方の中にも、一般的な日本企業の参考になるものはあるだろう。それを見つけるために本を読むのであれば、「One for All, All for One」の観点から読むことを勧める。
流行だから、新しいからと飛びつくのではなく、「One for All, All for One」を実現するために参考になるか、と考えて読む。すると、「この本はfor Oneの話しかしていない。for Allの視点がないな」といったことがわかり、自分たちの働き方改革の参考になるかならないかも判断できるはずだ。その視線や工夫こそが、日本企業の人事部や、組織を率いるリーダーの腕の見せ所となる。
■高スキル人材をかき集めても業績は上がらない
流行に飛びつくのと同様に、高いスキルをもった人材にやたらと飛びついて、高額報酬で次々と採用する企業がある。しかし、こうした企業の多くもまた、うまくいかない。なぜなら、そのスキルに魅せられるあまり、自分の企業が目指す姿や文化、DNAなどに対して、従業員全員の共感度合いが薄いからだ。「for All」として束ねるビジョンなり、理念なり、考え方がないために、どんなにスキルが高い人を雇っても個人能力を発揮するにとどまってしまい、組織力が発揮されることがない。
そして外からやってきた高スキル人材がリーダーになっても、根本の考え方や目指す姿が共有されていなければ、メンバーがつらくなり、「何なんですか、あの人は」となる。
特にスタートアップには、こうしたスキル人材偏重に陥る企業が多い。スキルが高い人を雇って、「自由にやっていいよ。成果出してね」といった具合だが、それで業績が上がるわけではまったくないのだ。
人間は限定合理的なので、要素還元的に「個人が仕事をして、その集まりが企業である」ということではない。直接間接的な連携関係や協力関係があり、そうした関係を心地良く感じる人もいれば、逆に、関係に苦しむ人もいる。組織によって苦しんでいる個人もいれば、組織からかけがえのないもの、生きがいを与えられたと感じて働いている人もいる。それぐらい人間は感情的な生物なので、組織文化とのフィット度合いや良好な人間関係、組織からの承認といったものが、昔以上にものすごく重要度を増している。
■「金銭報酬」あっての「感情報酬」
つまり、感情報酬がどんどん大事になってきているのだ。感情報酬を適切に提供し、従業員の意欲を高め、成長エンジンとしている企業を、私たちは「モチベーションカンパニー」と呼んでいる。モチベーションカンパニーでは、金銭報酬や地位報酬に加えて、働く個人一人ひとりに感情報酬を提供する。それによって、優秀な個人を引き寄せる。
勘違いする人はいないだろうが、金銭報酬と感情報酬の関係でいえば、金銭報酬が大前提となる。金銭報酬は生きていくうえでの食い扶持だから、なくては生きていけないものだ。金銭報酬があっての感情報酬である。
ただ、金銭報酬がある程度まで得られたら、金銭報酬が5%増えるよりも、感情報酬が10%増えるほうが嬉しいと感じる。それが今の働き手だ。生き死にのレベルでギリギリ生活している人はよりお金がほしいと思うが、たとえば、年収が500万円を超えたら、感情報酬のほうを求めるようになる。
さらに年収が1000万円を超えたら、それは自分の自尊心を保つ記号となり、1500万円になればさらに記号化する。自分の尊厳や承認されている感覚、誰かに貢献している実感、そういったものを強く求めるようになるのだ。
■組織を束ねる「十戒」で統合効果が倍増
ではどうすればうまくチームや組織を束ねられるのか。ちょっとしたコツを紹介しよう。どんな組織も、DNAやミッション、ビジョンを言語化したり、行動指針をつくったりすることはすでにやっているところが多いはずだ。それらはとても大事だが、これに“あるもの”を加えるといいのである。
加えるべきものとは、「何々してはいけない」という自社独自の戒めだ。これで「統合」の効果が倍増する。DNAやミッション、ビジョンが「こうありたい」というポジティブ側からの統合施策だとすれば、戒めや戒律、十戒などは「これはダメ」というネガティブ側からの統合施策だ。この両方を併せて行うことで、より深く統合が図れる。
若手が多い企業で特に効果があるため、そうした企業の経営者には、十戒をつくるようによくアドバイスする。リンクアンドモチベーションでは、従業員向けの「LM十戒」と経営幹部向けの「経営十戒」があり、併せて従業員に伝えている。
「LM十戒」には、たとえば、「見て見ぬ振りをしてはならない」「苦言に耳をふさいではならない」「陰口をいってはならない」などの戒めが10個書いてある。
■「やってはいけない」を決めるメリット
「経営十戒」には、事業編と組織編があり、それぞれ5つずつの戒めが書かれている。事業編には、「顧客に迎合するビジネスをやってはならない」「競合を模倣するビジネスをやってはならない」などの戒めが書かれており、組織編には「特定の社員に頼るマネジメントをしてはならない」「個々人の情理を軽んじるマネジメントをしてはならない」などの戒めが書かれている。
戒律を設けるメリットは、「これだけはやってはいけない」ことが決まっているので、ゴルフでいうところの「OBゾーン」がハッキリする点だ。これさえやらなければ、あとは自由にやっていいというメッセージにもなる。子供を育てるとき、「嘘をついちゃダメ」「車道に飛び出しちゃダメだよ」「けんかしちゃダメ」など、ダメなことはダメと教えるのと同じだ。企業ごとにさまざまな特色で十戒を決めるのは面白いし、束になる軸になる。
■「陰口を言っていたら契約解除」もあり得る
もちろん、十戒などは、DNAやミッション、ビジョンなどがあっての話だ。リンクアンドモチベーションでもまずはDNAを固め(2002年)、十戒をつくったのは10周年のときであった。このころからBtoBのビジネスだけでなく、パソコンスクールや資格スクールなどを買収してBtoCのビジネスにも事業を展開し始めた。これによって、一気に従業員の多様性が増した。
若い人も増え、人数も増え、中途採用で入ってくる人などは前職の背景も違う。そうなると「こうありたい」だけでは統合力が弱くて、「これはうちではやってはいけない」も必要になったのだ。
以来現場では、派遣社員に対しても導入時に、「陰口だけは言ったらダメだよ」などと十戒を伝えて指導している。「陰口を言っていることがわかった段階で契約を解除します」とまで伝える厳しい部署もある。
創業者が元気な中小企業やベンチャーの多くは、創業者のキャラクターや、本当にあるかは別にして創業者のカリスマ性などで束なっている。ただ、創業者の命には限りがある。企業が永遠に継続していくゴーイングコンサーンを目指し、永続的に発展していこうと思えば、創業者や創業者に近い人材の経験から紡ぎあげられた哲学やDNAで企業を束ねるしかない。また、経営者個人のキャラクターやカリスマ性で束ねるよりも、哲学やDNAのほうが大集団を束ねられる。
さらに大集団になってくると、十戒などの禁止事項はあったほうがより束ねやすくなる。どんな宗教でも、これを食べてはいけないとか、殺生をしてはいけないなど、「やってはいけないこと」が決まっている。何億人、何十億人という信者を束ねるためには「これをせよ」「こうありなさい」だけではなく、「これだけはするな」も必要だということであろう。
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株式会社リンクアンドモチベーション会長
1961年、大阪府出身。1986年、早稲田大学政治経済学部卒業、株式会社リクルート入社。2000年、株式会社リンクアンドモチベーションを設立し、同社代表取締役社長に就任。2013年、同社代表取締役会長に就任し、グループ14社を牽引する。『会社の品格』(幻冬舎新書)、『モチベーション・マネジメント』(PHP文庫)など著書多数。
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(リンクアンドモチベーション社長 小笹 芳央 写真=iStock.com)
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