受刑者向け求人誌の意外な給料と採用条件
プレジデントオンライン / 2019年4月8日 9時15分
■なぜ、日本では刑期を終えて出所した受刑者が更正しにくいのか
容疑者が逮捕され、裁判にかけられる。
有罪か、無罪か。有罪ならどれほどの量刑がふさわしいか。法に基づいて決定され、実刑なら刑務所に収監される。事件の大小を問わず流れは一緒だ。そのため、犯罪者を一定期間社会から隔離する罰を与えるのが裁判の目的だと思う人がいるだろう。判決が下されれば一件落着というように。
世間の関心が薄れてからも被告人の人生は続く。判決にしたがって刑務所で(執行猶予付き判決の場合は社会生活を続けながら)一定期間過ごした被告人は罪を滅ぼしたことになり、社会に戻れるというのが建前上のルールだ。そこからまた人生をやり直すことができる……ことになっているが、現実は必ずしもそうではない。
刑務所暮らしはつらい。反省知らずで社会を恨み、出所したらまた悪いことをしてやろうと考える輩(やから)もいるだろうが、多くの受刑者は更生しようと思って社会に戻る。
■2人に1人が立ち直りに失敗している
ところが、家族や友人に温かく迎えられ、順調に仕事を見つけられる人ばかりではない。
その気があっても仕事がない。助けてくれる人もいない。罪を滅ぼしたはずなのに、元犯罪者のレッテルがいつまでも消えない。社会復帰どころかたちまち追い詰められ、また犯罪を犯して刑務所に逆戻りする受刑者がたくさんいるのだ。途中でつまずいてしまったら、それで人生終わりとなっていいのだろうか。
そんな考えは生ぬるいと思うだろうか。そんなことでは犯罪は減らないと。でも、それは違う。受刑者の社会復帰が困難だとどうなるか。データがそれを示す。刑法犯の再犯者率は、なんと48.7%(2017年版「犯罪白書」)に達しているのだ。
2人に1人が立ち直りに失敗しているのが現実なのである。いくらなんでも多すぎだろう。これ、前科者の復帰を許そうとしない社会の空気が、新たな犯罪を生む一因となっているとは言えないだろうか。
サポート体制も貧弱で、保護司(非常勤の国家公務員)の活動はほとんど無報酬。民間組織もボランティアで運営されるところが多い。善意の協力者に頼っているのが現状では、再犯者率の低下は望めない。実際、窃盗などの小さな事件を傍聴すると再犯者の多さにびっくりする。
「これで裁判は終わりますが、刑務所でよく反省し、二度と事件を起こさないようにしてください」
裁判長が言う判決後の決まり文句も虚しく響くばかりだが、やり直す覚悟のある受刑者がいるように、そういう人を積極的に雇い入れようとする企業もある。
■受刑者向けの求人誌に書かれた「採用できない罪状」とは
そのマッチングを行うべく2018年に創刊されたのが、受刑者と企業をつなぎ社会復帰を応援する求人誌『Chance!!』(発行・発売元:ヒューマン・コメディ)。発行人の三宅晶子さんによれば、季刊ペースで4冊刊行され、当初は苦戦したものの、収支も安定してきたという。最新刊の「2019年春 Vol.5」には42件もの求人情報が掲載されている。
『Chance!!』には記事も掲載されているが、目玉はなんといっても企業の求人情報と、応募に必要な履歴書。募集要項に必ずといっていいほど社長の顔写真が載っていることや、「採用できない罪状・病気等」「応募可能残刑年数」の項目があるのが、一般の求人誌との明らかな違いだろうか。応募条件はとても具体的に書かれていて、たとえばこんなふうである。
●採用できない罪状・病気等
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<半袖を着た状態で刺青・タトゥーが見える位置にある場合>(飲食)
<性犯罪・放火・殺人>(自動車板金塗装)
<誰でもOK(過去は関係ない)>(家屋解体業)
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●応募可能残刑年数
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<1年まで>(製造)
<いつでも応募可(無期刑の場合は、刑が執行されて10~25年経過した方で、釈放の見込みのある方)>(高級和菓子の開発・販売)
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■すべての企業が「身元引受OKで寮完備」で、給与は……
●給与、住居・食事サポート
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<歩合給47~50%(普通二種免許あれば月収50万~60万円可能)><2人部屋寮費1万円、水道・光熱費込み、キッチン、風呂、トイレ共同>(タクシー事業)
<日給12000円~、試用期間あり><寮:ひとり部屋30000円程度~、自己負担金:水道費・光熱費>(足場鳶・雑工)
<1年目の寮費:1カ月3000円、自立できるまでの間、昼・夜の賄い会社負担>(お好み焼き・鉄板焼き店経営)
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人材を募集するのは建築業がダントツに多いが、飲食や販売・接客業なども掲載されている。地域が全国各地におよんでいるのが特色で、地域密着型の保護司やボランディア団体では扱われない企業の求人情報を、入所している施設内で知り、応募することができる。掲載されている案件はすべてが「身元引受OKで寮完備」だから、当てのない受刑者にとって喉から手の出るほど欲しい住居と収入が確保できる仕組みだ。
また、年齢制限を設けていないところや、60代でも受け入れる企業があるのも貴重な点。再犯者率を高める原因に高齢者の犯罪があるからだ。住居も収入もなく、社会との関わりさえなくなったと感じる高齢者には、出所後すぐ、刑務所に戻るために犯罪を犯す人さえいるのである。もちろん、好きでそうしているのではない。
■入れ墨・指詰め・反社会的勢力との関係の有無を確認される
応募は入所施設で“就労支援”を受けた後、『Chance!!』についている専用の履歴書を使って行う。そこには、非行歴・犯行歴、起こした事件の背景・きっかけ、飲酒・喫煙・入れ墨・指詰め・反社会的勢力との関係の有無、被害者との関わり(被害弁償・損害賠償の額など)、再犯の可能性についての考え、再犯しないための決意や具体策など、書き込み欄が多数あって、受刑者が履歴書を書きながら自らの過去を振り返り、企業に経歴や更正ぶりが伝わる工夫が施されている。
そして、やる気を感じた企業は面接にも出向くという。この1年間で34人の内定者が決まったという。まだまだ全国の施設に十分行き渡っていないことを思えば、今後さらに増えていく可能性は高い。
『Chance!!』なんて雑誌、見たことないなと思う人がいるのは当然だ。基本的に受刑者向きの求人誌だから、置かれているのは少年院、留置所、拘置所、刑務所内などに限られているからである。
ほとんどの人が、できればこの先も同誌を必要とせずに過ごせたらいいと思っているだろう。けれど、人生は何があるかわからない。万一、自分や友人が罪を犯すことがないとは限らない。もし、あなたの周囲に受刑者がいて、社会復帰の手助けをしたいようなとき、この雑誌の存在を教えてみてはいかがだろうか。チャンスを掴む選択肢は多いほどいいし、罪を償ったあと、人生をやり直す権利は誰にでもあるからだ。
(ノンフィクション作家 北尾 トロ 写真=iStock.com)
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