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"巨大企業は悪、零細中小は善"なんて嘘だ

プレジデントオンライン / 2019年4月11日 9時15分

メディアでは「巨大多国籍企業は悪、零細な農家は善」という単純な図式が支配的だが――。(写真はイメージです/写真=PIXTA)

日本のメディアはワンパターンな記事が好きだ。「有機農業は善、農薬は悪」「巨大多国籍企業は悪、零細中小は善」「経済成長よりは環境保護」「モノよりは心」……。だがそれは現実を無視している。「食生活ジャーナリストの会」代表の小島正美氏は「このままでは日本は世界から取り残される」と説く――。

※本稿は小島正美『メディア・バイアスの正体を明かす』(エネルギーフォーラム新書)の一部を抜粋・再編集したものです。

■民間企業が種子を提供して何が悪いのか

記者はどちらかといえば、ものごとを単純にとらえる傾向がある。最初から「善」と「悪」が決まっていて、「食品添加物は悪、無添加は善」「有機農業は善、農薬を使う農業は悪」「原子力発電は悪、太陽光や風力など再生可能エネルギーは善」「巨大多国籍企業は悪、零細な農家は善」といった具合である。

その結果、記者の書く記事はワンパターンになりやすい。「主要農作物種子法の廃止」に関する記事も、そのよい例である。

主要農作物種子法(いわゆる種子法)は1952年、戦後の食糧増産という国家的な要請を背景に制定された。主な狙いは国や都道府県が主導して、米、麦、大豆の優良な種子を研究・開発し、普及させることだった。その法律が2018年4月1日に廃止された。

その背景には、コメの需要が一般家庭から、外食や中食の用途にシフトしてきた事情がある。単純にいえば、国や都道府県は家庭でおいしく食べられるコメの品種を開発し、それ相当の成果を収めてきたが、これからは外食や中食にふさわしいイネの品種開発が必要であり、いま以上に民間企業の参入を促して、時代に合った多収のイネの品種を生み出そうという発想である。

この法律の廃止に対して、メディアはワンパターンの反対論を展開した。その最たるものが「日本の食が狙われる 種子法の廃止と安倍政権の規制改革」との見出しで掲載された記事(2018年5月9日毎日新聞夕刊)だ。登場するのは、山田正彦・元農水大臣と、遺伝子組み換え作物を危険視する発言を繰り返す学者、伝統農業を守って自家採種の重要性を訴える民間人、というお決まりのパターンだ。

この記事はまず「種子は企業の知的所有物ではない。みんなの公共財だ」という考えを伝え、途中で「企業利益と効率化だけを目指せば、日本で種を生産する土台が崩れて自滅してしまう」「お米が企業の金もうけの道具にされる」と主張する学者や料理研究家の声を載せ、最後に「経済の論理で瑞穂の国はどこに向かうのだろうか」と結ぶ。

■40年前から変わらない記者の思考パターン

こういう記事を読んでいつも思うのは、記者にとって、「企業の利益」「効率」「生産性」は「悪」のようだということだ。旧モンサントをはじめとする海外の多国籍企業も、たいていは悪の象徴として登場する。環太平洋連携協定(TPP)(環太平洋パートナーシップ協定)に反対する学者の主張は正しく、TPPのメリットを説く学者は記事で取り上げるのにふさわしくないかのように、扱いに差をつけられもする。こういう記者たち(もちろん、メディアには右も左もあるが、主に毎日や朝日、東京など主要な新聞社にいる多くの記者を指す)の思考パターンは、私が記者を始めた約40年前から変わっていない。

種子法の廃止に関していえば、旧モンサントの日本法人が「とねのめぐみ」というイネの品種を開発しているが、奨励品種にもなっておらず、そもそも日本法人の社長に聞いても、日本市場に魅力はなく、関心はないというのが真実である。

日本市場は大きなマーケットではなく、魅力が薄いのだ。農水省は国内の企業を中心にもっと種子の開発に参入してくださいと懸命に呼びかけているが、民間企業が思ったほど参入してこないというのが実情である。

海外の巨大企業が日本の市場に新しい商品を出すのが悪いというなら、アマゾン、グーグル、フェイスブック、マイクロソフト、マクドナルドなどはどういう扱いになるのか。彼らはみんな悪徳企業だとでもいうのか。その理屈でいけば、世界中に進出している日本のトヨタは悪の範疇に入るはずだが、自国の多国籍企業が責められることはほとんどない。

いうまでもなく、野菜や果物の種子はすでに「サカタのタネ」や「タキイ種苗」など民間企業が供給しており、国や自治体が管理しているわけではない。民間企業が開発したトマトやピーマンなどの種子を農家が買って、その野菜や果物を消費者が食べているという構図が長く続いている。そこに何か不都合があるかといえば、何もない。伝統野菜の自家採種を禁止する法律があるわけではなく、在来の種子を守りたい人は守っていけばよい。

もし民間企業の参入を悪だというのなら、野菜や果物の世界で本当に民間企業の参入のせいで消費者や国が損失を被っているかを調べ、民間企業の「横暴」ぶりをリポートできれば、おもしろい記事になるだろう。いつも同じ顔ぶれの反対論者だけの意見を並べるのではなく、先例となる野菜や果物の現場で何が起こっているかをきちんと報道してほしい。

■「モノより心」という構図の欺瞞

メディアにありがちなもう一つの善悪二元論が、「モノより心」的な設定である。自然の食品がいいとか、自然の農業がいいとか、自然エネルギーがいいとか――。成長よりは環境、モノよりは心といった具合に、効率性や経済成長を悪いかのように見る傾向は、記者のDNAに遺伝子のように組み込まれている。

新聞記事やNHKの番組では、若者が未来を託す農業はたいていの場合、有機農業である。収量や収入よりも、ゆったりとした時間、自給自足に近い生活、自然の中でのびのびと環境に合った小規模な農業が理想として描かれる。大規模な農業で年収1000万円を稼ぐ若者の話は、記者には人気のないネタである。

自然農法を試みる若者がいてもよいだろうが、それが日本全体の農業を強くするとは到底思えない。地方で家族を育ててゆく、これからの若い世代にとって、収量の少ない有機農業(もちろん高収入の例もあるだろうが)がよきお手本になろうはずがない。個人がどんな人生観をもとうが自由だが、反成長主義や反経済の論理では、日本の将来は暗い。しかし、その暗い未来をよいことのように描くのがいまの記者たちである。

「モノよりは心」といった生き方を本などで主張している人はたいてい裕福な学者、評論家、民間企業に勤めていない人に多い。民間の経済の現場で「富」を生み出すのがいかに大変かを身をもって経験している人は、簡単に「モノより心」とはいわない。「心」重視の学者なら、きっと心も豊かなはずで、お金もそれほど必要ないはずだから、ご自分の退職金の半分を福祉などに寄付してもよさそうだが、そういう話を聞いたことはない。もしいたら、ぜひ教えてほしい。

■「資源小国」日本の宿命

日本の今後の将来を考えるうえで欠かせない思考は、日本は「資源小国」だという認識である。日本の食料自給率が低いことはよく知られているが、エネルギーの自給率が6~7%しかないことは、あまり知られていない。ふだんはニュースにもならないが、北海道の大停電でわかったように、エネルギーがなくなれば、そもそも生活が成り立たず、機械や肥料などを使う農業も立ち行かなくなる。

火力発電の燃料などに使われる天然ガスや石油などの化石燃料を輸入するのに、年によって変動はあるものの、年間約25~28兆円もかかっていることは、もっと知られていいはずだ。30兆円近いお金をどう生み出すのか。それが国家的に見た民間企業の仕事である。

小島正美『メディア・バイアスの正体を明かす』(エネルギーフォーラム)

食料と農業の関係でいえば、科学技術の力で農業の生産性を高めていくことはとても大切である。フランスやアメリカでは、小麦やトウモロコシなどの面積あたりの生産性は、1950年代に比べて3~4倍も向上した。少ない担い手と面積で穀物の収量を上げていくことができれば、今後人口が増える世界の食糧問題の解決にもつながる。

そもそも私たちが手ごろな価格でパンや豆腐などを食べられるのは、海外の輸出国(アメリカやカナダ、豪州など)での高い生産性のおかげである。食品の価格が安ければ、生活費の中で余ったお金を余暇や教育などに支出できる。

そうした生産性の向上は、遺伝子組み換え技術や化学肥料、農薬、農業機械など、さまざまな科学技術が発達した結果である。だがメディアの世界では、科学技術による生産性の上昇を評価するニュースは少ない。

■効率性と技術力を否定してどうする

国全体を見たとき、生産性の向上なしに豊かな生活はありえない。スイス(人口約850万人)を見てほしい。1人当たりの国民所得は、年によって異なるが長い間世界2~5位だ。スイスにはコーヒーでおなじみのネスレ、ノバルティス(製薬企業)、シンジェンタ(農薬や種子、遺伝子組み換え作物などのトップ企業。中国の企業に買収された)、チューリッヒ保険、アリスタ(製パン)など、名だたる多国籍企業がいくつもある。

それらの企業が生み出す富で、スイス国民は豊かな生活を維持している。世界中で彼らの商売が成立しているのは、彼らが世界中の消費者のニーズに合った商品を開発して売っているからだ。

科学技術に保守的な態度を示す西欧人でも、まさかこうした優良企業をつぶせ、とまではいわないだろう。西欧人は伝統や歴史を重んじるが、その一方でこういう優良な企業を育てている。西欧は戦略的でしたたかである。

同様に、日本の富と雇用をつくり出しているのはトヨタ、花王、味の素、ソニー、クボタ、サントリー、イオンなどの多国籍民間産業である。その民間産業に求められるのは、効率性と技術力を備えた競争力だ。新聞社自体が民間産業のはずなのに、そこで働く記者たちの発想が「モノより心」では、日本は世界から取り残されていくだろう。

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小島正美(こじま・まさみ)
食生活ジャーナリストの会 代表
1951年愛知県犬山市生まれ。愛知県立大学卒業後、毎日新聞入社。松本支局などを経て、東京本社・生活報道部で主に食の安全、健康・医療問題を担当。生活報道部編集委員として約20年間、記事を書いた後の2018年6月末で退社。東京理科大学の非常勤講師も務める。『誤解だらけの放射能ニュース』『メディアを読み解く力』など、著書多数。

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(食生活ジャーナリストの会 代表 小島 正美 写真=PIXTA)

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