安倍首相が"令和おじさん"と呼ばれない訳
プレジデントオンライン / 2019年4月5日 9時15分
■新元号に「日本の古典」を使ったのは自分のため
4月1日、新元号が「令和(れいわ)」と決まった。天皇陛下の即位にともなって5月1日午前0時から施行される。
日本最初の元号「大化」から数えて248番目にあたる。これまで「令」の字が使われたことはなく、「和」は20回目の使用だ。日本最古の歌集である『万葉集』からの引用で、国書からの引用は初めてだという。
沙鴎一歩は『万葉集』の文言からの引用や「令和」という新元号自体には異論はない。
しかし安倍晋三首相が自らの理想国家を実現するために、私たち国民のだれもが親しみを感じる『万葉集』を利用して新元号を制定したところには異を唱えたい。安倍首相という男は、自分のために日本の古典まで使うのだ。
一時的に日本中がお祭り騒ぎになっているが、改元に臨んだ安倍首相の真意を読み取る必要がある。
■『万葉集』は日本人の魂の文学である
1日午前11時40分から菅義偉官房長官が「令和」の決定を発表し、出典元も明らかにした。
それによると、『万葉集』の「梅花の歌32首」の序文に書かれた漢文「初春令月 気淑風和 梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香」から取られた。
この序文は、九州・太宰府長官の大伴旅人の屋敷に人々が集まって宴を催し、そのときに皆で歌を詠んだことを説明したものだ。旅人か、旅人の部下の役人、山上憶良の作だとみられている。現代語訳すると、こんな感じになる。
「初春の、物事を行うのによい月だ。大気がよく澄んで、風はやわらかくとても気持ちがいい。ウメは鏡の前で女性が付けるおしろいのように咲き誇り、ランはその美女が身に施した香のように薫っている」
平成に代わる元号を求めた『万葉集』は、貴族から農民までさまざまな階級の人々の魂の歌を集めて編纂された。日本人の魂の文学である。
現存する歌集の中で日本最古のもので、全20巻に約4500首の歌が収録されている。歌は種々雑多な雑歌(ぞうか)、死者をいたむ挽歌(ばんか)、男女で詠み合った恋の相聞歌(そうもんか)の3つに分かれている。「令和」の出典元である梅花の歌32首は、雑歌に入る。
序文は漢文だが、歌は漢字の音を使った「万葉仮名」で書かれている。編集は7~8世紀後半とみられ、編者は不明だが、奈良時代の歌人、大伴家持といわれている。一般的には皇族の額田王や歌人の柿本人麻呂らの歌が有名で、一介の農民や防人(さきもり)の詠んだ情緒ある歌も親しまれてきた。
■首相就任の直前に出した『美しい国へ』で書いたこと
「令和」が発表された1日には、有識者による懇談会や全閣僚会議での協議も行われ、そのうえで「令和」に決まったという説明だった。ところが、その後の報道で、実際には安倍首相に一任され、6案に絞られた候補の中から安倍首相が決めたことがわかってきた。有識者に反論はなく、閣僚からも異論が出なかったという。
なぜ安倍首相は『万葉集』を選んだのだろうか。
そこで沙鴎一歩が思い出すのが、安倍首相が官房長官のときの2006年7月に出版した『美しい国へ』(文春新書)という本である。「自信と誇りのもてる日本を取り戻そう」と訴えたもので、安倍首相の初めての単著だった。
読んでみると、内容は自ら信じる保守主義を強調したものに過ぎず、「美しい日本」という言葉に騙されたのをよく覚えている。どこがどう美しいのかを考えて読まないと、危険でかなり怪しいのである。
たとえば第一章の「わたしの原点」ではリベラルと保守主義を比較し、安保反対を「中身も吟味せず、何かというと、革新とか反権力を叫ぶ人たちを、どこかうさんくさいなあ、と感じていたから……」などと批判する。さらにジャパン・アズ・ナンバーワンにも言及している。安倍首相の「第一主義」好きは、アメリカのトランプ大統領のそれよりも古く、トランプ氏以上なのかもしれない。
■自らの理想が最高であると信じて疑わない
第二章が「自立する国家」で、第三章が「ナショナリズムとはなにか」と続く。これだけ見ても安倍首相の理想とする「美しい国」が何ものであるかが、よく分かる。
新しい元号を中国の古典からではなく、日本古来の『万葉集』から採用したところは、一見すると日本らしさが表れている。しかも『万葉集』は、純粋で牧歌的、なおかつ情熱のこもった歌が多い。「これが日本の美しさだ」と感じる人もいるだろう。沙鴎一歩も『万葉集』に収められたひとつひとつの歌に対しては、そう感じる。
しかしへそ曲がりの沙鴎一歩には、これが安倍首相の作戦に思えてならない。安倍首相は美しい『万葉集』を隠れ蓑にして、理想とする保守主義を貫こうとしているのではないか。安倍首相は自らの理想が最高であると信じて疑わず、驕りとたかぶりで反対意見をまともに取り合わない。その政治姿勢は民主主義国家の宰相とは思えない。
■「令」という字に安倍首相の驕りが透けている
「令和という新元号自体には異論はない」と書いたが、「令」という言葉には違和感もある。「よい」という意味合いよりも、上からの指示という意味を強く感じるからだ。701年に制定された日本古来の法律「大宝律令」の「令」でもある。安倍政権が国益ありきで、国民を従わせようとしているとも受け取れる。
これまで沙鴎一歩は、もり・かけ問題などを通じて、「安倍首相は驕りを慎むべきだ」と繰り返してきた。しかしその驕りが、ついに改元にまで出てしまった。
新元号を検討した懇談会メンバーは、その点をどう考えたのだろうか。京大教授の山中伸弥氏や作家の林真理子氏などは、首相官邸から出て来た際、新元号を褒めるばかりで批判的な言葉は皆無だった。何のための懇談会だったのだろうか。単なるアリバイ作りにすぎなかった。
■なぜ小渕氏は「平成おじさん」と親しまれたのか
平成の改元では、小渕恵三官房長官(当時)が墨書を掲げ、「平成おじさん」として一躍、若い世代の間で有名になり、その後首相に就任した。
今回も菅官房長官が「令和」の墨書を掲げて記者会見したが、その直後に安倍首相が登場した。その記者会見では「『平成』を発表した当時とは時代が変わり、首相自らが記者会見することが一般的になっている」といった趣旨のことを語っていた。
結局、安倍首相は自らを宣伝したいのである。「令和」を決定した首相として歴史に名を残したいのだ。驕りに対する反省など、これっぽっちもない。これでは小渕氏のような「令和おじさん」にはとてもなれないだろう。
■負の側面を「美しさ」で消し去ろうとしている
安倍首相は記者会見で、「『令和』には人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められている。(万葉集は)わが国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書だ」と語った。
「美しく心を寄せ合う」や「豊かな国民文化」という言葉自体は問題ない。問題は安倍首相自身が心の底からそう思っているかどうかなのである。
続けて「文化を育み、自然の美しさをめでることができる、平和な日々に心からの感謝の念を抱きながら、希望に満ちあふれた新しい時代を国民の皆様とともに切り開いていく。新元号の決定にあたり、その決意を新たにしている」とも述べた。
「美しさ」という言葉が目に付く。元号の改元によって日本が一新されたことを示し、安倍政権の持つ負の側面をすべて消し去ろうとしているかのように思えてならない。
■安倍政権の政策は薄く、改革は目先のものにすぎない
安倍政権は少子高齢化の解決策に「一億総活躍社会」の実現を掲げ、過労死や過労自殺が社会問題化すると、返す刀で「働き方改革」を声高に叫んできた。また子供の虐待が問題視されれば、今度は体罰禁止を明記した児童虐待防止法の改正を進めようと躍起になった。
安倍首相は政策を掲げ、改革を実行に移そうとする。一見すると、国民のために奮闘する首相のように思われる。だが落ち着いて考えてみると、その政策の内容は薄く、改革は目先のものばかりなのだ。
アベノミクスもお世辞にも「成功している」とは言えない。国民の間に貧富の大きな格差が生じている。アベノミクスに問題がないとはいえない。
そうした日本社会の疲弊に対して、安倍政権が敏感だとは思えない。だから中身のない目先の政策や改革に躍起になるのだ。新元号の決定も同じである。
■「国民生活を最優先したものとは言い難い」
さて新聞の社説は、今回の「令和」改元をどう書いているか。4月2日付の朝日新聞の社説は「世の中が自粛ムードに覆われることもなく、元号予想があちこちで行われた。入社式で新入社員全員が、自分の『新元号』を披露した企業もあった。人々は思い思いに、この日を受け止めたのではないか」と前向きに書く。
だが、そこは安倍政権に批判的な朝日社説である。
「改元1カ月前という今回の政府の決定は、国民生活を最優先したものとは言い難い。混乱を避けるため、当初は昨夏の公表も想定したが、新元号は新天皇の下で決めるべきだという保守派への配慮から、このタイミングとなった。官民のコンピューターシステムの改修は綱渡りの対応を迫られる」
安倍首相の好きな保守勢力のために国民生活が犠牲になったと、朝日社説は言いたいのである。
■自分の理想のために工作していたのではないか
公文書の記録の在り方や情報公開にその矛先を向け、こうも指摘する。
「改元をめぐる政府の記録や情報公開のあり方も問われる」
「公文書を非開示にできる期間は原則30年までだが、平成改元の記録はいまだに公開されておらず、政府の消極姿勢が際立つ。しかも、平成の考案者の記録は残っていないとされる」
そのうえで朝日社説は主張する。
「有識者懇談会の内容を含め、選考過程を丁寧に記録し、しかるべき段階で公開して、歴史の検証に付すべきだ。まずは、平成改元時の資料をできるだけ早く公開してほしい」
平成改元時の資料公開はもちろん急いでほしいが、「令和」改元の資料を公にすることで、安倍首相が自らの理想国家実現のために新元号決定までの一連の流れを自分の理想のために工作していたかが、分かるはずだ。
■新元号は「選挙戦の道具」に使われてしまった
朝日社説は最後に訴える。
「『日本人の心情に溶け込み、日本国民の精神的な一体感を支えるもの』。安倍首相は記者会見で自ら首相談話を発表し、元号が用いられることへの理解と協力を求めた。だが、元号への向き合い方は人それぞれであることは言うまでもない」
「もとより改元で社会のありようがただちに変わるものではない。社会をつくり歴史を刻んでいくのは、いまを生きる一人ひとりである」
元号の改元で社会は変わらない。その通りである。
安倍首相は改元によって安倍政権に対する国民の批判をかわし、統一地方選挙など亥年の数多くの選挙に勝っていこうという計算なのだ。いわば元号を選挙戦の道具に使ったのである。
朝日社説にはその辺りまで鋭くかつ具体的に批判してもらいたかった。
■頑なに元号を使い続ける産経新聞の気風
次に産経新聞の社説(主張、4月2日付)。産経新聞は西暦よりも元号を重視し、記事では元号を中心に使ってきた。それだけに今回の社説には熱がこもる。朝日社説と違って大きな1本社説である。
冒頭で「天皇陛下の譲位に伴い、5月1日からの新しい御代(みよ)で用いられる元号が『令和(れいわ)』に決まった」と書く。「譲位」や「御代」などという格調高い言葉使いに、日本の伝統を重んじる産経社説らしさがにじみ出ている。
「元号が漢籍(中国古典)からではなく、国書(日本古典)から引用されたのは初めてであり、歓迎したい」とも評価する。これも中国を批判する産経社説らしい。
■ときの権力に迎合する「ジャーナリズム」の体たらく
産経社説は安倍首相の言葉を借りて、こう主張を展開する。
「安倍晋三首相は、新元号に込められた願いについて、『一人ひとりの日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたい』と説明した」
「政府には、新元号が公的文書はもちろん、広く社会で用いられるよう努めてもらいたい」
「日本で暮らし、または旅を楽しむ外国人が、格段に増えた時代である。政府は195カ国の政府や国連などの国際機関に『令和』を通知した。国内にいる外国人にも元号を理解し、親しめるよう工夫をこらしてほしい」
この産経社説を書いた論説委員は本気で安倍首相が「国民が花を大きく咲かせることができる日本でありたい」と願っていると考えているのだろうか。もしそうだとしたら、社会の公器である新聞の社説を担当する新聞記者として批判精神が大きく欠如している。ジャーナリズムがときの権力に迎合するようでは情けない。
さらに産経社説は「元号と西暦の換算をしなければならないとして、利便性の観点だけを尺度に西暦への一本化を求めることは、豊かな日本の歴史や文化をかえりみない浅見だろう」とも書くが、朝日社説と反対の主張である。
その朝日社説は「公的機関の文書に元号と西暦の併記を義務づけることも求めたい。日常生活での西暦使用が広がり、公的サービスを利用する外国人はますます増える。時代の変化に合わせて、使い方を改めていくのは当然だろう」と主張していたが、これからは「元号と西暦の併記」だと思う。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)
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