50代息子が老親に鬼畜の所業ができる理由
プレジデントオンライン / 2019年4月9日 9時15分
■高齢の弱者である親を痛めつける、卑劣な「息子」
「高齢者虐待 過去最多」
3月27日の新聞各紙は、こんな見出しの記事を掲載しました。厚生労働省が次のような調査データ(2017年度)を前日に公表したのです。
虐待と認められた件数:1万7078件
相談・通報件数:3万40件
●介護施設職員による虐待
虐待と認められた件数:510件
相談・通報件数:1898件
2006年に統計を取り始めて以来、いずれも最多を更新しており、在宅での親族による虐待の多さが際立っています。
さらに、衝撃を受けたのは、これに付随して発表された「虐待者の続柄」です。
在宅介護における虐待者総数1万8666人を調べたところ、最も多かったのが「息子」で40.3%、それに次ぐのは「夫」で21.1%。つまり、「男性介護者」による虐待が60%を超えているのです。
介護を必要とする主な世代は80代以降、息子世代は50代でしょう。50代の息子が認知症や寝たきり状態などの80代の親を罵倒したり、手をあげたりしているというのは本当に悲しい事実です。
介護者の男女比は、一般的に男性が3割、女性が7割と言われていて、男性は少数派です。にもかかわらず男性の虐待者が6割超えというのは、男性介護者による虐待がいかに多いかを示していると言えるでしょう。
■介護虐待、その残酷で恥知らずな所業の中身
前回の記事で女性ケアマネジャーMさんの下記の証言を紹介しました。
前出の厚労省のデータはこの証言を証明していることになります。
●身体的虐待
暴力的行為によって身体に傷やアザ、痛みを与える行為や外部との接触を意図的、継続的に遮断する行為
●心理的虐待
脅しや侮辱などの言葉や態度、無視、嫌がらせ等によって精神的に苦痛を与えること
●性的虐待
本人が同意していない、性的な行為やその強要
●経済的虐待
本人の合意なしに財産や金銭を使用し、本人が希望する金銭の使用を理由なく制限すること
●介護・世話の放棄・放任
必要な介護サービスの利用を妨げる、世話をしない等により、高齢者の生活環境や身体的・精神的状態を悪化させること
■なぜ、男性介護者は親を虐待してしまうのか?
そのMさんは男性介護者が虐待に至りやすい原因を次のように考察しています。
「男性は介護やそれに伴う家事のスキルが乏しく、女性よりもストレスは大きいのです。ただ、日々介護をしていればそうしたスキルも少しずつ身についていく。男性介護者にとって最も大きな問題は介護の悩みを吐露したり、相談できる相手がいなかったりして、精神的に孤立してしまうことだと思います」
介護疲れに加え、この「孤立」により身体的・心理的虐待に拍車がかかってしまうのでしょうか。
介護するのが女性の場合、一定の育児・家事スキルを持ち日々の出来事を話せる相手が身近にいることが多い。話し相手のなかには介護経験者がいることもある。悩みを聞いてもらったり、アドバイスを受けたりすることができるわけです。問題が即解決できなくても、悩みを話すことで精神的に楽になることもあります。
ところが、男性には身近にそうした対象がいないことが多く、問題を自分ひとりでなんとかしようとする傾向がある。そのため次第に精神的に追い詰められていき、虐待に至ってしまうケースが出てくるというわけです。
こうした男性介護者の「危うさ」は福祉担当者も認識しています。各地の地域包括支援センターなどが互いに語り合える場を設けることがありますが、呼びかけても参加する人が少なく、機能せずに終わるケースが多いそうです。
■男性介護者が、互いに悩みや思いを吐き出せる場
それでも成功例はあります。東京・荒川区にある「荒川区男性介護者の会」、通称「オヤジの会」。介護保険制度が施行される6年前の1994年に創設され、以来25年間にわたって男性介護者に対して介護保険サービスの利用の仕方などをアドバイスしたり、介護者同士が悩みを語り合ったりする場として機能してきました。
オヤジの会では毎月1回、介護者が語り合う機会を設けています。偶数月の週末の夕方に行われる定例会と奇数月の第2金曜日の午後(日中)に行われる「サロンM」です。筆者は3月8日(13時30分から15時まで)に行われたサロンMに参加しました。
場所は荒川区社会福祉協議会があるビルの3階ミーティングルーム。参加者は6人で、初参加は私を含め2人です。
口火を切ったのは同会副会長の神達五月雄さん。簡単な自己紹介と現在、自身がどのような介護を行っているかを語りました。それにならって参加者たちも順番に現状を語っていきます。場をリードする神達さんが、まず自分のことを語ったことで、参加者が率直に話せる空気が生まれました。
■「そうか、みんなつらいんだ」と納得でき、気持ちが楽になった
サロンに2年ほど参加しているHさん(60代)は、こんなことを語りました。
「このサロンに参加して“介護でつらい思いをしているのは自分だけではない”とわかりました。私が介護している母は認知症の症状があり、言うことは聞いてくれないし、わけの分からないことを始めて困ることが多く、私はいつもいら立っていました。思わず怒鳴りつけたり、手をあげそうになったりすることもあります。直後は反省するのですが、母のケアをするとまたいら立つという繰り返し。しかもそんな日々がいつまで続くのかわからない不安もある。不幸をすべて1人で背負ってしまったような気持ちでいたわけです」
「ところが、サロンに参加者のほとんどが同様の経験をしていました。なかには私よりはるかに大変な人もいた。それを知ったことで“そうか、みんなつらいんだ。自分と同じように折れそうになる心をなんとか持ちこたえながら介護をしているんだ”と思えた。それで少し気が楽になりました」
Hさんも自分の介護でつらいと感じていることを話したそうですが、他の参加者がそれをうなずきながら聞いてくれたこともうれしかったといいます。介護の悩みを共有し、共感してくれる人がいる。そういう場を持てたことが救いになったといいます。
以来、HさんはサロンMにほぼ毎回参加。2カ月に1回、この場に来るのが楽しみになったそうです。
「予想に反して会合が明るい雰囲気だったこともありがたかったです。話の内容は相当深刻ですが、会話が重くなることはほとんどありません。参加者には長年介護をしてきた方もいる。あらゆる事態を経験して達観しているというか、介護の苦労も笑い話のように語るんです。また、参加者には介護から解放されたつかの間、会話を楽しみたいという気持ちもある。話題が介護から離れて盛り上がることがあって楽しいんです」
■オヤジの会が男性介護者の気持ちを支え、孤立を防いだ
Hさんは今年、お母さんを看取ったそうです。介護を卒業したわけですが、今後も出席を続けると言います。
「私は母の介護をしている時、このサロンで参加者の話を聞いて何度も救われました。これからは、そのお返しとして聞き役にまわり、経験を生かしたアドバイスができればと思っています。まあ、それ以上に、この場にいるのが楽しいということもあるんですが」
Hさんの話を聞くと、オヤジの会が男性介護者の気持ちを支え、孤立を防ぐことに役立っていることがわかります。しかし、各地の福祉団体が同様の集まりを設定しても、なかなかうまくいかないケースが多いなか、同会が長きにわたって男性介護者の心の拠り所として機能し得たのはなぜでしょうか。
「会を立ち上げた荒川不二夫会長の人間性や運営における配慮が大きいと思っています」と言うのは前出の神達副会長です。
「荒川さんは奥さんだけでなく、息子さんの介護もして、2人を看取るという経験をしています。男が介護をする大変さはもちろん、多くのつらさや悲しみをご自身が味わってきたわけです。それが同様の状況にある男性介護者への思いにつながり、悩みを語り合える会を作る動機になったそうです。荒川さんは壮絶な体験をしているにもかかわらず明るく前向きな方です。それに会は気晴らしの場でもありますから暗い雰囲気じゃ来てくれないという配慮もあるでしょう。荒川さんはそういう姿勢で男性介護者を温かく受け入れてきた。それが本音を語れる空気を作ったんだと思います」
■「オヤジの会のような場があれば、どんなに助かっただろうか」
荒川会長は現在、病気療養中のため出席できないということですが、その流れは神達副会長をはじめ会員に引き継がれているそうです。また、平日の日中に行うサロンMと土曜の夜の定例会の2つの集まりがあるのは、会員それぞれの介護事情に合わせるため。このあたりも参加者の事情に寄り添った配慮だといえます。
「定例会はお酒を飲みながら語り合います。お酒の力を借りないと話せない悩みもありますしね」(神達さん)
こうした数々の気遣いがあるから、オヤジの会に多くの男性介護者が集まるのでしょう。2009年には「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」という組織が京都市に設立され、初代代表をオヤジの会の荒川会長が務めました。
介護者が集い語り合う場の必要性とそのネットワーク化を呼びかけてきたことで、各地に会を作る動きが生まれていますが、活動実績があるのは全国でもまだ50団体ほど。誰もが参加できる規模には至っているとは言えず、多くの男性介護者はその存在を知らないのが現状です。
筆者は父親の介護をし、看取りました。虐待をするまでには至りませんでしたが、精神的に追い詰められ怒鳴ったことがあります。その時、もしオヤジの会のような場があれば、どんなに助かっただろうと思いました。
厚労省も調査データを発表するだけでなく、男性介護者の孤立を防ぐ具体的な方策を考えるべきではないでしょうか。オヤジの会のような、良い手本もあるのですから。
(スポーツジャーナリスト 相沢 光一 撮影=相沢光一 写真=iStock.com)
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