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医学博士が名古屋へロードバイクで走る訳

プレジデントオンライン / 2019年4月12日 9時15分

医学博士・東京大学名誉教授 矢作直樹氏

■「中今(なかいま)」を貫けば、ひとりの時間もキラキラ輝く

長年、東京大学附属病院で救急医療と集中治療、ふたつの部署の部長を務めるなど医療の現場で命と向き合ってきた矢作直樹さん。約3年前に退任し、現在は、東京大学名誉教授として執筆や講演などの活動を精力的にしている。

多くの著作には医師として生と死を見つめ続けたからこそ語れる矢作さんの“哲学”がちりばめられている。とりわけ矢作さんが大事にしているのが「中今(なかいま)」という生き方だ。

「『中今』とは、神道から継承されている考え方です。意識を過去や未来に合わせるのではなく、今という時間を大切にして、今この瞬間を無心に生きる、楽しむ、という感覚。私も親からよく言われて育ちました。例えば、ひとりでいる状態を“寂しい”という心のあり方ではなく、“とても自由な状態で、ありがたいもの”と受け止めて、あるがままに、ありのままに今を楽しむことが『中今』につながるのです」

だが、ひとり=孤独というイメージがあり、その状態になりたくないと感じる人も少なくないだろう。どうすれば、「中今」の状態になれるのか。

「単純に童心、無心(夢中)になればいいのです。今の自分に集中するのです。寝付きの悪い小さな子がお母さんに添い寝をしてもらって、『羊が1匹、羊が2匹……』と言われているうちに次第にウトウトすることがあります。それまでは感情が波立っていたけれど、ほかのことを忘れて羊の世界に意識を合わせると、すーっと楽に眠りにつける。例えていえば、そんな感覚です。

無心になる方法は何でもよいのです。瞑想してもいいし座禅を組んでもいいし、ヨガをしてもいい。絵を描くのが好き、音楽が好き、武道をするのが好きなら、それをやるうちにその世界に没入できるのではないでしょうか」

そうした没頭体験をしていると、今そこに集中する自分以外の余計な感情が自分から消えていく、と矢作さんは語る。では、「中今」の状態になるほど好きなものがない場合はどうすればいいのか。

■「没頭」する時間が、日常を“別物”にする

「なろうと思って中今の状態になれるわけではありませんし、その状態になれないことが悪いわけではありません。特に熱中できることがなければ、例えば、料理をしたり、軽い運動で体を動かしたりしてはどうでしょうか」

食材を切り、焼き、煮炊きし、味付けする。火加減に注意する。一連の動きには集中力が必要だ。そのことで「今の自分」を楽しむことができる。運動も同じだ。ウオーキングやジョギングをすることで自らの「呼吸」を意識する。余計なことは考えないですむ。

「簡単にできることで言えば、エスカレーターではなく階段の上り下りもそうです。自然と一段一段に意識が向きます。スクワットや腕立て伏せもいい。あとはスポーツではなく、運動です。スポーツは、勝負です。若い人はともかく、大人はゲームで感情を波立たせても意味がありません。過度なスポーツは体に大きな負荷がかかり老化が早まります。だから自分のペースで好きな運動をすればいいのです。それが『中今』にもつながる。そもそも日本人は、昔からよく歩いていたのです。なにか用事があると、平気で数十キロ歩いた。広い大江戸八百八町を『桜を楽しみたい』と言って東京の南から北まで平気で歩いたのです」

全身を動かすことは、矢作さん自身も実践している。気が向くとロードバイクで近場では箱根往復、少し足を延ばして名古屋までひとりで走りにいくことがあるのだ。また、息があがらない程度のペースで、数十キロの長い距離を走るランニング「ロングスローディスタンス」も空いた時間にしているという。そうやって無我夢中で運動をし、汗を流しているときは、たとえひとりであっても充実感がみなぎり、何ともいえない爽快感に満たされるという。

「今日も私は息をして、生きている。生かされている。心と体に『ありがとうございます』という感謝の気持ちが自然と湧き上がってきます」

南アルプスの山々などをひとりで散策しているときもそんな気持ちになるという。大学時代には本格的な登山で、猛吹雪により視界が10メートルぐらいの危険な気象条件でも登ったが(2度滑落し九死に一生を得た経験もある)、若い頃のように体が思うように動かない今はそうした100%の力を出し切る攻めの登山ではなく、負荷のかからない「散策」をする。すると、登山時にほとんど気づかなかった雄大な景色や、木々や花の美しさに感動し圧倒されるそうだ。これぞ、まさに「中今」の瞬間だ。

胡蝶蘭の花が咲くとSNSでお披露目(写真提供=矢作さん)。

自然の美しさといえば約3年前から矢作さんは出版記念などで贈られた胡蝶蘭やグズマニアといった南洋系の植物を育てるようになった。

「毎年咲くキレイな花に心打たれます。また花芽が伸びる様子や根の張り方などを観察すると、その生命力に驚かされます。育て方次第で胡蝶蘭は50年と生きるそうです。花に囲まれる生活がこれほど楽しみやエネルギーを与えてくれるなんて思いもしませんでした」

花を育てるという「未知の体験」が人生に彩りを与えてくれる。それは、自分の知らない著者やジャンルの本を敬遠せず、面白がって読んでみることでも獲得できるものだろう。

「多くの書き手の“思想”に触れると教養が積まれます。それは人とのコミュニケーションや仕事で役に立ちます。また、読書は自分が本当に好きなものや得意なものを発見するきっかけにもなります。自分の中に眠る水脈を見つけたようなものです」

矢作さんの事務所の1階はすべて書籍。ここに引っ越す際、医療関係の本や雑誌などを大量に廃棄したが、それでも段ボール280箱分あった。

「ここには医療関係の本はほとんどありません。政治・経済・外交・歴史や自然科学に関するものばかり。読んでいくうちにこの量になりました」

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矢作直樹(やはぎ・なおき)
医学博士・東京大学名誉教授
1956年、神奈川県生まれ。81年、金沢大学医学部卒業。その後、麻酔科を皮切りに救急・集中治療、内科、手術部などを経験。2001年より15年間、東京大学医学部附属病院救急部・集中治療部部長を務める。著書には『人は死なない』(バジリコ)、『今を楽しむ ひとりを自由に生きる59の秘訣』(ダイヤモンド社)、『動じないで生きる』(幻冬舎)など多数。

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(フリーランス編集者/ライター 大塚 常好 撮影=堀 隆弘)

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