タクシー会社が「新卒採用」を始めたワケ
プレジデントオンライン / 2019年4月16日 9時15分
■決断こそが経営者の仕事である
決断こそが経営者の仕事だと思っています。なかでも(1)会社の方向を決める、(2)優先順位を決める、(3)経営資源の再配分を行う――これらは経営者が行うべき最も重要な決断です。多くの場合、痛みや苦労が伴います。ときには恨みを買うこともあるかもしれません。
私は41歳でカネボウから分社化したカネボウ化粧品の社長に就任しました。当時のカネボウは産業再生機構の支援下にあり、非常事態における異例の人事でした。それを受けた私は、自分より年上の社員も大勢いる中で、ブランド数を3分の1に減らしたり、エリア別から流通別へと営業組織を再編したりと、従来のやり方を大きく変える改革に取り組みました。人生の中で最もプレッシャーを伴う決断の連続でした。
その後、テイクアンドギヴ・ニーズの社長、現在は日本交通で社長を務めていますが、経営者として決断をする際の心構えや作法は、カネボウ化粧品時代に苦しみながら身につけたものだといっていいと思います。以下、そのことをお話しします。
私が大きな決断を行う際に心がけていることの第1は「一人きりの時間をつくる」ということです。大きな決断には一人きりで考える時間が不可欠です。私の場合は週末に自室で自分一人になる時間をつくり、家族が寝静まった深夜に抱えている問題について考えるようにしています。
第2は「寝ても覚めても、そのことが頭から離れない状況になるまで自分を追い込む」こと。カネボウ時代、悩み苦しんだ末に決断を下すことを繰り返すうちに、いつしか「こうした苦しい葛藤こそ、実は大きな決断を行ううえでの必要条件ではないか」と感じるようになりました。
■代償が伴わない決断は、何かが欠落している
いまでは経営者としての経験を積み、かつてほどは悩まずに問題の答えが見えてくるようになりました。しかしそれでも「いや、だめだ。もっと考えろ」とあえて自分を追い込み、「もう1度」「もう1度」と問題から目をそらさずに考え続けることを自らに課しています。
多くの場合、繰り返し考えても結論は変わりません。それでもそんなふうに自分を追い込むのは、苦しみ、悩みという精神的、肉体的代償が伴わない決断は、何か大切なものが欠落しているように感じるからです。
経営者のひとつの決断によって、苦労や痛みを負う人たちがいる。私は経営者が決定を下すまでに悩み苦しむことは、そうした人々に対する誠実さの証しであり、礼儀、仁義ではないかと思っています。
第3は「自分で自分の背中を押す場所を選ぶ」ということです。
大きな決断には、考えに考え抜いて出した結論に対して、「よし、これでいいんだ」と自分の迷いにピリオドを打つ瞬間があります。そんなとき、私は自分の心が落ち着く場所に赴きます。それはたとえば会社の社員が働く現場であったり、ときには青春時代を過ごした母校(兵庫県立神戸高校)の校舎やグラウンドであったりしました。
カネボウ化粧品時代には百貨店の化粧品売り場に行き、フロアの隅の柱の陰から売り場で働く美容部員たちの姿を眺めたものでした。テイクアンドギヴ・ニーズでは、披露宴の裏方として働く社員たちの姿を会場の端から見ていました。
![](https://president.jp/mwimgs/4/1/-/img_41e5a0fb7c84428fa0fbe20b9d54807f376871.jpg)
「あの子たち、頑張っているな」と思いながら、「こんなところで俺がくよくよしてたらいけないな」「しんどいけど、やらなければいけない」と覚悟を決めるのです。大きな決断には、心が落ち着く、心が清らかになれる場所が必要だと思います。
決断に際し心がけていることの第4は、「後悔しないと決意する」こと。過去のことを後悔しても元には戻りません。「あのときこうしていれば」と考えるのは時間の無駄。だから反省はしても後悔はしない。そう自分に言い聞かせ、その覚悟が決まってから決断を下します。そのためにこそ決断に至るまで考えに考え抜き、葛藤し続けるプロセスが必要です。決断に十分な想いと覚悟がなければ、そこに後悔が生まれるからです。
■反対押し切り勤務シフトを変更
日本交通はかつてカネボウ化粧品で経験したような企業再生のフェーズではありません。しかしここでも就任以来、それまで業界の常識であったオペレーションや仕組みを大きく変えてきました。
たとえば多くの乗務員の勤務シフトは、過去数十年にわたり、朝7~8時頃に出庫して、深夜2時頃に帰庫するというのが一般的でした。これは需要の多い昼間と長距離のお客様が多い深夜の時間帯に十分な稼動を確保するためです。しかし、実際のところは無線の注文が多い早朝から午前中に車両の供給が足りなくなり、売り上げのロスが目立っていました。このようなデータをもとに、私は社長就任から3カ月で「午後3時前後に乗務員の出庫時間の中心を移す」ことを決め、多くの反対を押し切って実行に移しました。
また従来は中途採用中心だったタクシー乗務員の募集についても、大卒採用を行うように指示し、今では毎年150人ほどを乗務員として採用するようになっています。こうした変革の結果、日本交通は3期連続で最高益を更新し続けています。
「経営者は孤独だ」といわれます。その通りです。部下には上司がいますが、経営者の後ろには誰もいませんし、部下に甘えることも弱みを見せることも許されません。
もちろん大きな決断の前には、社員や社外の人を通じて多くの情報を集め、意見を聞き、どの道を採るかを考えます。しかし、最後に決めるのは自分です。決断の結果は社員をはじめ多くの人にさまざまな影響を与えるでしょう。経営者はその重みを受け止め、一人静かに自分と向き合うしかないのです。
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日本交通社長
1963年1月、兵庫県生まれ。県立神戸高校から同志社大学法学部に進む。85年に同大学を卒業、鐘紡に入社。2004年5月~09年3月、カネボウ化粧品社長。10年6月~15年6月、テイクアンドギヴ・ニーズ社長。15年10月、日本交通社長に就任。
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(日本交通社長 知識 賢治 構成=久保田正志 撮影=遠藤素子 写真=AFP/時事、兵庫県立神戸高等学校)
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