韓国で"戦犯ステッカー"が提案される背景
プレジデントオンライン / 2019年4月8日 9時15分
■韓国世論の「反日感情」は高まり続けている
戦後最悪の日韓関係が一段とこじれている。ソウル郊外の京畿道(キョンギド)議会では、日本企業を「戦犯企業」とみなし、その製品にステッカーを貼り付けるよう学校に義務付ける条例案が提出された。その後、この条例案はいったん取り下げられたものの、元徴用工への賠償問題に関して韓国原告団の主張は勢いを増している。
韓国の景気が減速し人々の不満が膨らむ中、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は対日の“怨み”を増幅させる世論を抑えることができない。むしろ、韓国世論の反日感情は日に日に高まっているようにさえ見える。
韓国の経済界や知日派には、この状況に危機感を持つ者が多い。その背景には、韓国経済の安定と成長のために、日本は最も重要なパートナーの一人であるとの考えがある。彼らは、朝鮮半島を含む極東情勢の安定のためにも、対日関係を重視している。
ただ、激しい世論の盛り上がりから、文政権がわが国との関係修復に取り組むことはできそうもない。今後、日韓関係は一段と悪化することが懸念される。
■文氏は「日本への怨み」をくみ取って大統領に
韓国では、これまで富を公平に分配する経済システムを整備できていなかった。多くの経済資源が一握りの財閥企業に集中してしまっている。第2次世界大戦後、韓国政府は、相対的に経営基盤が整っていた財閥企業の成長を重視し、優遇することで経済の復興を実現した。
その結果、経済に占める財閥企業の存在感は圧倒的に大きくなった。サムスン電子と現代自動車の売上高を合計すると、韓国GDPの20%程度に達する。韓国のGDP成長率は、サムスン電子をはじめとする財閥企業の業績動向に左右される。これは、韓国経済の構造的な問題だ。
加えて、歴代の政権では大統領の親族などが財閥企業と癒着し、私腹を肥やしてきた。その状況に世論は不満を蓄積し、政権交代が起きてきた。文氏は、前の朴槿恵(パク・クネ)政権下でのスキャンダルへの怒りや、根強く残るわが国への“怨み”をくみ取り、大統領の座を射止めた。
政権発足後、文大統領は最低賃金の引き上げによって、世論の不満解消を目指した。しかし、経済成長という裏付けを欠いた最低賃金の引き上げは企業からの反発にあい、撤回を余儀なくされた。それに加え、世界的なスマートフォン出荷台数の減少と中国経済の減速により、輸出のけん引役であったサムスン電子の業績が急速に悪化している。
■対日批判を強める世論に迎合し、点数を稼ぎたい
経済運営が行き詰まる中、文政権が重視した北朝鮮との融和政策も限界に直面した。北朝鮮は、中国やロシアとの関係回復を進めている。金委員長にとって、韓国との関係を強化する意義は大きく低下している。
文政権にとって、世論に迎合し、低迷する支持率をつなぎとめるために残された手段がわが国への強硬姿勢だ。京畿道議会で議員が一部の日本製学校備品に「日本の戦犯企業が生産した製品であること」を記すステッカー貼り付けを義務付ける条例案を提出した背景にも、対日批判を強める世論に迎合し、点数を稼ごうとする考えがある。
一方、韓国の経済界や知日派の外交関係者らは、対日強硬姿勢を強める政治と世論への危機感を持っている。その背景には、わが国は韓国経済の安定と成長のために欠かすことのできないパートナーの一人との認識があるからだ。
■戦犯ステッカー条例案のマグニチュードは大きい
アジア通貨危機の際の日韓関係を確認すると、韓国経済界の危機感がよくわかる。
1997年、タイを震源地に「アジア通貨危機」が発生した。同年11月、通貨危機のあおりを受け、韓国政府はIMFに経済支援を要請した。これは、韓国が自力で経済を運営することができなくなったことに他ならない。
この時、韓国の大統領だった故・金泳三氏は、「日本をしつけ直す」というかなり強硬な対日姿勢をとっていた。それでも、わが国は経済運営が困難になった韓国を支援したのである。これは、韓国の経済界などに、日本は経済運営に欠かせないパートナーであるという確信を与えたはずだ。以後、韓国の企業経営者らは反日感情が高まる状況に懸念を示すことが増えてきた。
足元、わが国は、元徴用工への賠償命令が日本企業に実害を与えることを防ぐために、対抗措置を準備し始めた。国内でも、韓国の主張は容認できないとの意見が増えている。その上で戦犯ステッカー条例案が提案されたマグニチュードは大きい。
■経済界は日韓関係の悪化に危機感を強めている
条例案は、わが国製品への不買運動とみなすことができる。今後も韓国の政治家が同様の発想を重視し続ける場合、わが国の嫌韓感情は追加的に高まらざるを得ない。その状況は、わが国における韓国製品への不買運動に波及しかねない。それは、韓国の輸出をさらに減少させるだろう。
韓国の大手企業や大手金融機関では、海外投資家の持ち株比率が高い。経済のリスクが高まった際、海外投資家は保有株を売却し、資金が海外に流出するだろう。それは、韓国経済の下方リスクを追加的に高める要因だ。
韓国にとって、わが国との前向きかつ持続的な関係を構築することは、国力引き上げに欠かせないといえる。それは、朝鮮半島情勢の安定化にも無視できない影響を与える。韓国の経済界などがわが国との関係を重視しているのはこのためだ。
■出世コースだった「ジャパン・スクール」の凋落が著しい
韓国国内では、わが国に対する考え方が二分されている。今後のポイントは、文大統領がわが国との関係を修復し、真に未来志向の日韓関係の整備に取り組むことができるか否かだ。
冷静に考えると、文大統領がわが国との関係を修復することは、かなり難しいだろう。まず、文氏が有権者の支持を確保するには、対日強硬姿勢をとる以外、効果の見込める方策が見当たらない。4月に入り、元徴用工らの訴訟を支援する韓国の弁護団は、日本企業を相手取った追加訴訟を起こした。反日感情はさらに強くなっている。文大統領は世論に配慮するあまり、日韓請求権協定に基づいた対応を求めるわが国の要請にこたえることができない。
実務面でも、文氏が対日関係の修復を目指すことは難しくなっている。韓国外交部(外務省に相当)内では、対日交渉を担い、出世コースと見られてきた「ジャパン・スクール」の凋落が著しい。文氏は北朝鮮との融和と対日強硬姿勢を優先し、主要ポストから知日派の人材を外してしまった。
■わが国は韓国に感情的に対応するべきではない
文政権は対日関係が一段と冷え込むことに危機感をおぼえ始めてはいる。ただ、政治家生命を考えると、文政権は、世論への配慮を優先するだろう。世論に押されるようにして、韓国の対日批判は一段と強まる可能性が高い。短期間で、韓国の対日姿勢が修正されることは想定しづらい。
“日本憎し”の感情を募らせる韓国に対して、わが国は冷静に対応しなければならない。まず、政府は国際世論に自国の主張を冷静、かつ、明確に説明し、賛同を得なければならない。その上で、わが国は韓国に1965年の日韓請求権協定に従った対応を求めると同時に、対抗措置や第3国を交えた紛争解決への準備を進めればよい。
わが国が韓国に感情的に対応することは避けなければならない。それは、韓国の反日感情を激化させ、国際世論からの賛同を得ることを難しくする恐れがある。極東地域の安定のためにも、わが国が国際世論からの納得を取り付けることは急務だ。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=時事通信フォト)
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