幸せ感度低い男女をほっこりさせる撮影術
プレジデントオンライン / 2019年4月22日 9時15分
■高校時代は帰宅部。大学3年で学生起業した
【田原】駒下さんは、全国にカメラマンを派遣するサービス「ラブグラフ」を運営されていると聞きました。もともとは、どこのお生まれですか?
【駒下】大阪の城東区です。大阪城公園のあるあたりで育ちました。
【田原】中高生のころからカメラに興味があった?
【駒下】それが趣味も特技も何もなくて。部活は中学で野球部でしたが、高校は帰宅部でした。
【田原】帰宅部? 何する部活ですか?
【駒下】本当の部活ではなくて、どこの部にも所属せず、授業が終わったら家に帰る人たちのことを「帰宅部」っていうんです。僕も学校の帰り道にラーメン食べたりアルバイトしたりしていました。
【田原】高校のときにカナダにいらっしゃってますね。
【駒下】関西大学の附属校に通っていたので、大学受験は早めに終わりました。時間がたっぷりあったので、いとこが留学していたカナダのトロントに1カ月くらい行ったんです。学校に通ったわけではないので、留学ではありません。いとこに連れていってもらって観光地を回ったり、いとこが学校に行っている間は1人で街に出てぶらぶらしていました。
【田原】カナダで何か得るものはありましたか?
【駒下】はい。ナイアガラの滝など、観光地を回って写真をいろいろ撮りました。カメラはiPhoneで、技術も何もありませんでしたが、思いのほか楽しくて。写真を撮るのはおもしろいんだと初めて気づきました。
【田原】そのとき将来はカメラマンになろうと?
【駒下】いえ、このときは全然。大学も社会学部に進学しました。心理学やジャーナリズムなどいろいろな分野を学べそうな気がして選んだのですが、カメラマンになろうとは考えていなかったですね。
■ミスコンで、カメラ好きの先輩に出会う
【田原】関大に入学したのは2012年。大学では何を?
【駒下】ミスコンを運営する学生団体に入りました。年末にミス関大とミスター関大を決めるイベントがあって、その運営費を集めるためにスポンサーを引っ張ってきたり、学生に来てもらうために広報をするといった活動をしていました。
【田原】ミスコンって何人くらいの人からミスやミスターを選ぶの?
【駒下】だいたい30人ずつです。候補は応募だったり、スカウトだったり。5、6月の段階でSNS投票と面接をして6人に絞り、年末のイベントで最終的に決定するという流れでした。
【田原】ミスコンっておもしろいのかなあ?
【駒下】学生団体に入る前にほかのサークルにも行きましたが、あまり楽しくなくて。営業や広報のようにサークルでは軽々とできないことが、学生団体ならできると聞いて参加しました。ただ、実際に僕がやったのは候補者を撮影するカメラマンでしたが。
【田原】営業じゃなくて?
【駒下】はい。団体で知り合った先輩が、ミス関大の女性を楽しそうに撮影していたんです。それを見て僕もやってみたくなって、カメラを買ったらハマりました。
【田原】僕もカメラを買って撮った経験があるけど、全然ハマらなかった。どこが魅力だった?
【駒下】カメラで僕の初めてのアイデンティティができた感覚でした。それまで趣味も特技もなかったのに、友達を撮っているうちに、「こまげといえばカメラ」とキャラがつくようになって。それがうれしくて、さらにハマっていきました。
【田原】こまげ? コマシタさんじゃなくて?
【駒下】あ、学生時代からのあだ名です。
【田原】友達は、どうして駒下さんに写真を頼むんだろう?
【駒下】後から聞いたのは、「こまげの写真は温かい写真が多いな」という意見でした。僕はポーズの指示をしなくて、友達が遊んでいるところをそのまま撮ることが多かった。写真の中で、みんなが自然な表情をしているから、気に入ってもらえたのかなと思っています。
【田原】趣味ではなく仕事にしようと思ったのはいつごろからですか?
【駒下】きっかけはやはりミスコンでした。年末に最終イベントがあって、実行委員はみんな感極まって泣いていた。でも、僕は達成感がなくて、涙が出なかった。どうして泣けないのかと思って考えたら、自分のために写真を撮っていたからだと気づきました。最初は友達に喜んでもらいたくて撮っていたのに、いつのまにか自分の写真を見てほしい、もっと有名になりたいというモチベーションに変わっていたんです。でも、結局それじゃワクワクしない。やっぱり人に喜んでもらいたくて、そこからカップルの写真を撮り始めました。
■川島小鳥の写真を見て、カップル撮影を開始
【田原】カップルの記念写真?
【駒下】そのころ写真家の川島小鳥さんが撮影したカップル写真を見る機会がありました。当時、“バカップル”って言葉があるくらいに人前でイチャイチャするカップルは邪魔者扱いされていたのですが、川島さんが撮ったカップル写真は本当に幸せそうで温かい。大学の友達カップルをこんなふうに撮ってあげたら喜んでもらえるかなと思って、僕も撮り始めました。
【田原】それが仕事になった?
【駒下】SNSやウェブサイトにアップしていたら話題になって、全国のカップルから「私たちもこんな写真を撮ってほしい」と依頼が来るようになりました。最初は個人で、撮影料5000円プラス交通費で撮っていました。でも、たとえば東京から依頼が来て、大阪から撮りに行くと交通費が往復で3万円もかかってしまう。撮影料より交通費のほうが高いのは、なんかもったいない気がして。そこで現地のカメラマン仲間とつながって代わりに行ってもらうように。それで法人化したという経緯です。
■SNSとHPで、全国から撮影依頼が殺到
【田原】全国からって、どれくらい反応があったの?
【駒下】月に50件くらいあったと思います。当然、1人じゃさばききれない。
【田原】すごいね!
【駒下】「ラブグラフ」と名づけてサイトに公開したのが14年の1月。その2週間後にリクルートの方から「代官山のツタヤで写真展をやらないか」と声がかかりました。これに作品を30~40点出展して、さらにラブグラフの名前が広がりました。忙しくなったのはそこからですね。
【田原】カップルは普通、自分たちで撮ったり、その辺の人にシャッター押してもらうでしょ。どうして若い人は駒下さんに頼むのかな?
【駒下】自撮りって腕の長さで構図が決まるから、理想の写真がなかなか撮れないんです。一方、それまでプロのカメラマンに撮影してもらうのは、女性1人で、モデルさんのように撮るスタイルがほとんど。カップルを自然に撮るサービスは新しかったので、依頼が殺到したんじゃないでしょうか。
■ビジョンに共感した全国のカメラマンが、次々参加
【田原】派遣するカメラマンは社員?
【駒下】業務委託契約です。法人化の時点で約30人の仲間が全国にいました。
【田原】フリーランスなら、自分で直接やればいいのに。どうしてラブクラフと契約するんだろう?
【駒下】僕たちの掲げる「幸せな瞬間を、もっと世界に。」というビジョンに共感してくれたからだと思います。家族やカップルで幸せに暮らしていても、日々生きていくうちにその状態に慣れて、幸せの感度が下がってしまうことがあります。僕たちは、いま幸せなんだ!ということを、写真を通してあらためてかみしめてもらいたい。そうすれば世界中の人々が幸せになれるんじゃないかとSNSで発信し続けていたら、それに共感してくれるカメラマンが集まってくれました。
【田原】法人化はお金もかかるでしょう。雇用じゃなくて業務委託でフリーに発注する形なら、法人にしなくてもよかったんじゃないですか?
【駒下】会社にしたのは、企業との取引が増えてきたからという理由もあります。たとえばリクルートさんの結婚情報誌「ゼクシィ」の広告写真を提供したり、富士フイルムさんの写真教室の講師をしたり。企業と仕事をするときは法人のほうが信用してもらえるので、覚悟を決めて株式会社にしました。お金はそれほどかからなかったです。資本金は30万円。登記に25万円ほどかかりましたが、個人の撮影で稼いだお金で賄えました。
【田原】法人化後はどうですか。ウェブサイトの閲覧も増えた?
【駒下】月に30万~50万PVに増えました。いまはもっと多いです。
【田原】繰り返し聞いて申し訳ない。どうしてそんなに多くの人が見てくれるんだろう?
【駒下】どうしてでしょうね。「ラブグラフを見ているとほっこりする」という感想が多いですが……。
【田原】「ほっこり」ってどういうことですか。最近「エモい」って言葉を聞いて覚えたけど、それとは違う?
【駒下】ほっこりは、なんとなく優しい気持ちになれること。エモいも、そんなに違わないです。もともとはエモーショナルなものを指してエモいと言っていましたが、最近はうまく言語化できないけれど感動したときに使うようになっています。古文の「いとおかし」、一昔前の「ヤバい」と同じかな。
■「エモい」を表現する、世界300人のカメラマンネットワーク
【田原】いま契約しているカメラマンは何人くらいですか?
【駒下】約300人です。最近は日本だけじゃなく、海外のネットワークも広がっています。
【田原】海外はどこ?
【駒下】最初はオハイオでした。日本で活動していたカメラマンがオハイオに移住することになって、始めてみようかなと。次はカナダのトロント。これはお金をもらって撮るのではなく、僕たちに共感してくれた現地のカメラマンが自分の作品をラブグラフのサイトにアップするスタイルです。あとオーストラリアだったり、アメリカのロサンゼルスだったり。まだ現地に行ってないので、僕も行きたいんですけどね。
【田原】そこが不思議なんだよ。普通は本人が現地に行ってメッセージを伝えたりして広がっていくものでしょう。駒下さんは何もしてないのに、どうして仲間が増えるんだろう?
【駒下】SNSの影響は大きいと思います。「#ラブグラフ」というハッシュタグがツイッターで人気になって、多くのお客さんやカメラマンに知ってもらえた。カナダやアメリカのカメラマンもSNSがきっかけでした。
【田原】そうですか。駒下さんとお話ししていても、野心満々で「行くぞ」というタイプに見えない。それなのにどんどん広がっていくのがおもしろい。
【駒下】ほんと、大きくしようと思って起業したわけではないんです。これをやれば人に喜んでもらえるということが、たまたま新しくてニーズがあることだったから大きくなった。僕としては、目を瞑ってバットを振ったら、偶然ボールに当たってヒットになった感じです。
■プロカメラマンが、9800円から出張撮影
【田原】料金はいくらですか。
【駒下】9800円と1万9800円の2つのプランがあります。後者のプランだと、全国どこへでも行って、写真データを50枚以上納品。お客様は6~7割がご家族です。もともと写真館で撮影していたご家族が、もっと自然な写真が欲しいと考えてご依頼されるケースが多いです。前者の安いプランは、若いカップルのお客様が多いかな。
【田原】カップルの撮影は、デートにくっついていくわけ?
【駒下】デートに同行するというより、デートコースの一部として撮影するパターンが多いです。たとえば葛西臨海公園で撮影して、その後はお二人でディズニーランドへ、とか。
【田原】出張撮影の競合はありますか?
【駒下】いくつかあります。ただ、写真のテイストやクオリティが違います。ほかのサービスはポーズを決めて撮るスタイルですが、僕たちは自然な表情が売りです。あと違うのは補正。他のサービスは撮ったまんまを納品することが多いですが、僕たちはいわゆる“インスタ映え”するように色味を補正してお渡ししています。一般の方だと、この加工の部分が案外難しい。そこを任せられるのもラブグラフの人気が高い利用の1つだと思います。
■ジャーナリストとカメラマンの共通点とは
【田原】お客さんは初対面。自然な表情を撮るというけど、駒下さんはどうしてほっこりする写真を撮れるの?
【駒下】それは、3歩踏み込んで2歩下がることを意識してします。最初は「出会いは何だったんですか」「お子さんの名前の由来は何ですか」などと、お客様が話しやすい質問をどんどん投げかける。しゃべることでリラックスして、イケると思ったらサッと引き、お客様だけで会話している様子を撮る。
【田原】ジャーナリストも、相手にいかに本音をしゃべらせるかが大事。でもこれが一番難しい。
【駒下】ですよね。僕たちの場合、家族のお客様はやりやすいんです。お子さんと同じ目線で話してまずお子さんと仲良くなれば、親御さんも「この人はいい人」と警戒を解いてくれます。
【田原】駒下さんに人の懐に飛び込むスキルはあるのかもしれないけど、ほかのカメラマンはどうですか?
【駒下】契約前に全員とオンラインで面談をしています。そこで見ているのはコミュニケーション能力。何人か一斉に面談して、質問にきちんと答えられるかどうかはもちろん、自分が質問されていないときにも人の話をきちんと聞いているかどうかも見ています。極端な話、写真のレベルとコミュニケーション能力の二択なら、僕たちが一緒に仕事をしたいのは後者のある人。写真の技術は教育すれば後から伸びますが、コミュニケーション能力と人柄は補正が難しいので。
【田原】そこもジャーナリストと似てるね。ジャーナリストもキャラクターが大事で、そこは勉強して伸びるものじゃない。
■インスタ世代が求める「写真加工」機能
【田原】いま駒下さんの会社の社員は何名ですか?
【駒下】20人です。
【田原】これからさらに大きくされる?
【駒下】そうですね。僕、最初は戦場カメラマンになろうと考えていたんです。でも、戦場の写真を撮るより、いまの普段の幸せに気づいてもらえる写真を撮ったほうが世界平和につながる気がして、カップル写真を撮り始めました。そういう意味では、事業を成長させて、より多くの人にラブグラフのサービスを使ってもらったほうが理想の世界に近づくんじゃないかと。
【田原】資金調達も積極的ですね。NTTドコモの投資会社などから出資を受けたそうですが。
【駒下】ドコモさんとは相乗効果が大きいと思っています。まずドコモには「dフォト」というフォトブックをつくるサービスがあって、お互いのサービスに相互送客が可能になります。もう1つ、すごくインパクトが大きいのが、ドコモのキレイ度判定という画像解析技術によるシナジー。これは、日本のフォトコンテストの受賞作品を解析したうえで、「この写真は入賞するレベルかどうか」を判定する技術。いままで僕たちは全国のカメラマンから送られてくる写真が納品可能なレベルかどうかを目視で確認していましたが、この技術を使えば自動で判定できます。
■ビジョンと売上利益の拡大、どうバランスをとるか
【田原】なるほど。AIを活用するわけですか。
【駒下】カメラマンは撮影した画像に色味をつけるなどの加工を行いますが、将来はそれらのデータを機械学習させて、撮ってきた生データを突っ込めば、そのカメラマンらしい写真に自動で加工されて出てくるといったこともやってみたいですね。
【田原】駒下さんはビジョン先行で事業をやってきているけど、投資家の資金が増えてくると、利益を出すことや会社を大きくすることを求められるようになる。そこに葛藤はないですか?
【駒下】難しさはあります。でも、出資してくださる方たちの期待に応えたいという気持ちも強い。ビジネスとして確立させて持続可能なモデルをつくらなければいけないですね。
【田原】でも、ラブグラフは大きくしようと思っていなかったからユーザーにウケた。ここはどうですか?
【駒下】バランスだと思います。僕は、あくまでビジョンを追い求める。そして隣にビジネスをきちんとできる仲間がいて、事業を成長させていく。そこが今後の経営のポイントです。
■田原さんから駒下さんへのメッセージ
駒下さんは、「人を喜ばせるために撮り始めたら仕事になって、事業として大きくなった」と言います。これはとても大事な視点だと思う。資本主義が欧米で失敗したのは、経営者が社会をよくするためではなく、利益追求を最優先の目的にしてしまったから。その結果、格差が広がってトランプ現象や英のEU離脱につながった。
駒下さんはいまのところ純粋に「世の中のため」と考えていて、その思いがサービスにも表れています。これからも同じ姿勢を貫けるかどうか。それができたら、いいモデルケースになると思います。
田原総一朗の遺言:「世の中のため」を貫き通せ!
(ジャーナリスト 田原 総一朗、ラブグラフ代表取締役社長 駒下 純兵 構成=村上 敬 撮影=松本昇大)
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