伊集院光はなぜ"ラジオの王様"になれたか
プレジデントオンライン / 2019年4月16日 9時15分
※本稿は、戸部田誠『売れるには理由がある』(太田出版)の一部を再編集したものです。
■存在しないアイドルのオールナイトニッポン
「ただいまCM撮影スタジオにいます」
レポーターからラジオブースに中継が入る。撮影が延びてしまい、“主役”が本番に間に合わないというのだ。その主役こそ、「芳賀ゆい」。実在しない架空のアイドルである。中継を受け、スタジオに控えていた伊集院光が、「都内某所のスタジオ」だとか「CMの内容はまだ秘密」などともっともらしい説明を重ねていく。
1990年2月16日に放送された『芳賀ゆいのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)である。
「芳賀ゆいちゃんがスタジオに到着するまで」の時間繋ぎとして、彼女のデビューまでの生い立ちを追ったラジオドラマが流される。
ナレーションは上柳昌彦アナウンサーが務める本格的なもの。だがもちろん芳賀ゆい“本人”は登場しない。何しろ、実在しないのだから。ドラマには、彼女の“デビュー”のきっかけとなった「ミス・ポニーテールコントスト」の模様も。その司会を務めたのがなんと古舘伊知郎(ホンモノ)。当時彼は『夜のヒットスタジオ』の司会もしていた。コンテストを振り返り、「すごく印象に残ってます。ビッグになって、早く夜ヒットに来てほしい」などとコメントを寄せているのだ。
■深夜のローカル番組から始まった
架空のアイドル「芳賀ゆい」は、2部(午前3~5時)で放送されていた『伊集院光のオールナイトニッポン』で生まれた。そもそものきっかけは「大島渚」だった。言わずと知れた強面の映画監督であるが、名前だけを見たら可愛らしい女の子でもおかしくない。そこから、「歯がゆい」という言葉もアイドルっぽいという話に。だったら、そのプロフィールをみんなで考えようと伊集院が悪ノリを始め、リスナーたちから大量のハガキが届いた。
やがて、芳賀ゆいは「握手会」まで開催。実在しないにも関わらず、集まったのは2000人。カーテン越しに誰だかわからない手と、みんなが握手をしていくのだ。この成功に勢いづき、企画されたのが『芳賀ゆいのオールナイトニッポン』だった。
当時は伊集院すら無名の存在。彼の番組もド深夜のローカル番組だ。誰も知らない、それどころか実在すらしないアイドルが『オールナイトニッポン』のパーソナリティを務めたのだ。それもほとんど一言も発せずに(『ラジオにもほどがある』藤井青銅/小学館文庫参照)。
さらに、彼女は奥田民生作詞の曲でCDデビューも果たし、写真集まで発売された。
いまでこそ「初音ミク」をはじめとして、ヴァーチャルアイドルは珍しいものではなくなったが、伊集院光とそのリスナーたちが作り上げた「芳賀ゆい」は間違いなくその先駆けだったと言えるだろう。
■想像が必要だからこそ自由度が高いラジオ
そもそも「伊集院光」もラジオによって誕生したと言っても過言ではない。
![](https://president.jp/mwimgs/3/3/-/img_33e5291209bd2e267552d05e0af3f15c283741.jpg)
三遊亭楽太郎(現・円楽)に弟子入りし、落語家・三遊亭楽大として前座生活をしていた頃、落語家を廃業した兄弟子が放送作家をしていたラジオ番組に出てくれないかと誘われる。先輩からの依頼に断れなかった彼は、師匠に無断で出演。だから、自分の風貌から最も離れた名前を名乗った。それが「伊集院光」だった。
彼の落語仕込みの話芸は評判を生み、2部ながら伝統ある『オールナイトニッポン』のパーソナリティに抜擢されたのだ。ミュージシャンでも、俳優でも、漫才師やコント師でもない(当時はまだ落語家であることも伏せていた)。まったく得体の知れない男が起用されたのだ。
伊集院はラジオをやっているときの快感をこのような例を出して説明している(2008年12月12日『僕らの音楽』フジテレビ)。
「松の木におじやぶつけたみたいな不細工な顔の女」
その言葉を聴いたときに思い描く顔は一人ひとり違う。映像が使えないから、想像を働かせなければならない。けれどその分、自由度が高いのだ。
■ルールを作る“さじ加減”の絶妙さ
よく伊集院光を評するときに「白伊集院」と「黒伊集院」という言い方をすることが多い。前者はテレビやラジオの昼の番組での顔で、後者は深夜ラジオの顔だと。その際に言われる「黒伊集院」は、たいてい彼の「毒舌」部分を指している。そして、それこそが、伊集院のラジオの魅力だと評される。
だが、彼の本当の意味での真骨頂は、人の心理をついたいやらしい「ルール作り」にある。絶妙なさじ加減で作られたルールの中で伊集院とリスナーとの共犯関係が結ばれていく。
「芳賀ゆい」の場合は、あくまでも架空で、ひとつのイメージに固めないまま、どこまでいかにもアイドルっぽいものを作れるかということだ。アイドル文化へのアイロニーも含まれていただろう。そのルールに従っていさえすれば、悪ふざけし放題。その結果、いつのまにか、当初想定していたものよりも遥かにスゴいものが生み出されていく。まさに人間の想像力の無限の可能性を証明している。
伊集院光は芳賀ゆいという想像上のアイドルを作り上げたことで一気にラジオ界で知らぬものがいなくなった。やがて、彼女と同じように伊集院光は世間の想像を超え、ラジオの王様になったのだ。
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1978年生まれ。ライター。ペンネームは「てれびのスキマ」。『週刊文春』「水道橋博士のメルマ旬報」などで連載中。著書に『タモリ学』『コントに捧げた内村光良の怒り』『1989年のテレビっ子』『人生でムダなことばかり、みんなテレビに教わった』『全部やれ。日本テレビ えげつない勝ち方』など。
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(ライター 戸部田 誠 写真=時事通信フォト)
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