"全落ち就活生"が経営者に転職できたワケ
プレジデントオンライン / 2019年4月13日 11時15分
※本稿は、池田達也『しょぼい喫茶店の本』(百万年書房)の第1章「僕は働きたくなかった」、第2章「100万円ください」、第6章「グルーヴはひとりじゃ生まれない」の一部を再編集したものです。
■「ちゃんとしていなきゃいけない」という重圧感
僕は働きたくなかった。
ただただ働きたくなかった。
理由はよくわからない。
大学生時代、アルバイトをしてみたこともあった。学費や家賃は親が払ってくれていたし、ブランド物が好きだったわけでもなく、飲み会や旅行にもあまり行かなかったので、そんなにお金のかかる学生ではなかったように思う。仕送りもあったので、まったく必要には迫られていなかったのだけれど、ただ、周りの友人はみんなアルバイトをしていて、アルバイトをせずに親の脛をかじっているのはクズだみたいな空気に耐えられなくなって始めてみた。
でも、ネットカフェ1日、居酒屋3か月、プールの監視員2か月、レストラン半年、喫茶店半年とどれも続かなかった。
別に人間関係が悪かったとかブラックバイトだったとかいうわけじゃない。働いている間ずっとスイッチを入れ続けている、あの感じが本当に無理だった。「ちゃんとしていなきゃいけない」。
あの感じがすごく疲れてしまう。バイト先に行った瞬間、本当の自分を捨ててちゃんとした自分を演じるのが辛かった。社員さんが目を合わせてくれなかったり、コップを少し強く置いたりするだけで、自分が何かしてしまったんじゃないかと考えてしまう、あの感じが大嫌いだった。
■お金より気楽さを求めて自営業を選んだ
自分はちゃんとしているつもりでも、誰かの機嫌を損ねてしまっているかもしれない。じゃあ自分はもっとちゃんとしないと。もっとしっかり演じないと。もっともっと本当の自分を捨てて、だめな自分を見せないようにしなければ。そんな悪循環をどのバイト先でも繰り返した。働けば働くほど、本当の自分はだめなやつなんだという気持ちが強くなった。そんな気持ちが溢れてしまうと、パタッとバイトを辞めてしまう。そして、辞めてしまったことで、より一層自分はだめなやつなんだという気持ちが増していく。
だから、僕は働きたくなかった。
そう考えてみれば、自営業で生きていくのは僕には向いているのかもしれない。働くのが嫌だと思っていた理由のほとんどは、環境によるものだった。周りの人にずっと気を遣い続けるあの感じだとか、ちゃんとしていなきゃと思うのも環境に対して思うのであって、その環境を自分で構成し、そこで働く自営業なら、自分を殺し続けるあの感じもない。
どんなにお金がもらえたとしても、嫌なことはしたくない。逆に、嫌じゃないことや楽しいこと、やりたいと思えることだったら、お金が少ししかもらえなくても問題ないし、むしろやりたいことがやれた上に、お金がもらえたらラッキーという感じだ。
■喫茶店を選んだのは「なんとなく」
僕の場合、会社勤めは嫌なことばかりなので、嫌なことをした対価としてお金をもらうことになる。確かに、世の中のたいていの人は大なり小なり嫌なことを我慢しながら働いて、そのお金で生きている。ただ、僕はその我慢で手に入る安定した生活や、ブランド物の服を着ること、高い車に乗ることを幸せとは思わない。僕が僕の価値基準で定義した幸せは、会社に勤めるという我慢をしなくても手に入れることができる。
世の中に数限りなく存在するレールの中から、僕は自営業というレールを選んだ。まず、どんなお店をやりたいのか考えた。僕はよく自炊をしていて料理が好きだったので、なんとなく飲食がいいなあと思った。飲食の中でも一番ゆったりしていて楽そうだと思ったのが喫茶店だった。
それに、喫茶店は自由度が高い。ご飯が食べたい人はご飯を食べ、コーヒーを飲みたい人はコーヒーを飲んでいる、本が読みたい人は本を読んでいるし、ボーっとしたい人はボーっとしている。それぞれがなんとなくそこに集まり、好きなように時間を過ごす、放課後の部室のような自由度の高い空間が僕は大好きだった。コーヒーが好きとかケーキが作れるとかではまったくなかったけれど、なんとなくの理由で喫茶店を選んだ。
![](https://president.jp/mwimgs/c/7/-/img_c78171582bf908e9144e0fb11a6f8cbb816591.jpg)
■とにかく早く作って早く出す
しょぼい喫茶店には大きく3つの側面があります。
ひとつめが、いわゆる普通の喫茶店としての側面です。看板を見て店に入って来てくれた通りすがりのお客さんが多い時は、この側面での営業になります。ランチの時間帯が多いです。
しょぼい喫茶店の近所には競合になるファミレスもなければランチ営業をしている居酒屋もないので、しょぼい喫茶店というわけのわからない店にわざわざ階段を上ってきてくれるお客さんがけっこういます。お昼休憩時のサラリーマンの方や近所のおばちゃんたちが多いです。
この側面での営業の時は、とにかく早く作って早く出すことを心掛けています。しょぼい喫茶店を開いた経緯を知らないお客さんには普通の飲食店を演じなきゃいけないので、ピリッとした感じになって僕は少し苦手ですが、それでも、どこかで修行したわけでもない僕の料理をおいしいと言ってもらえた時は素直に嬉しいです。
■イベントを行う人によってまったく違う客層になる
ふたつめが、コミュニティとしての側面です。SNSを見て、しょぼい喫茶店の背景を知っているお客さんや近所の常連の方が来てくれている時です。時間帯だと、週末や平日のティータイムが多いです。この時は和気あいあいとしていて、自分の家に知り合いを招いている感覚です。
注文の時も「今日は何ができる?」と聞かれたり、少し失敗しても「いいよいいよ」と言ってもらえたりするので、肩の力を抜いて営業することができます。お客さんと店員の境界が曖昧になるので、話しているうちに「じゃあ週末にその企画でイベント営業をやってみよう」という流れになったりします。
この時間帯は、しょぼい喫茶店を目指してくる人が多いので、決まった時間に確実に店を開けておくことが大切だと思います。毎日決まった時間に開け続ける積み重ねで、少しずつコミュニティが形成されていくのだと思います。
3つめが、イベント営業としての側面です。しょぼい喫茶店では、週末に間貸し営業をすることが多いです。この時は、イベントを行う人によってまったく違う客層になります。僕や妻が営業をしているだけでは届かないであろう層のお客さんたちが来てくれます。Twitterで「やってみたいです」とメッセージをくれる方もいますし、常連の方からの提案もあります。
■経営の勘所は、立地に合わせた空間の活用
この3つの側面の割合を、業態や立地に合わせて変動させていけば、しょぼい店の運営ができるのではないかと思います。
例えば、人通りの多い場所で路面店だったら普通の飲食店の側面を増やしたほうがいいですし、逆に人通りがそれほどない場所は、コミュニティやイベント営業の割合を大きくしたほうがいいと思います。普通の飲食店だけでやっていくのも、コミュニティだけでやっていくのも、単体では難しいなと僕は感じました。
普通の飲食店は、やはりそれなりのクオリティが求められ続けますし、コミュニティは常連さんがついてくれるまでが大変で、ついてくれたとしてもそれだけでお店の経営を成り立たせていくのは難しいです。なので、店という空間にいろんな側面をもたせて、空気を変化させながら運営していくのがいいと僕は思います。
■店の売りは自分だと意識する
あとは、とにかく機嫌のいい人であることが大切だと思います。なんだかんだ言っても、人間はひとりじゃ生きていけません。特にしょぼい起業でしょぼい店を運営していくには、お金をかけない代わりに人に助けてもらうことがたくさんあります。常連さんにイベントを開催してもらうにしても、そもそも常連さんになってもらうためにも、人柄が良くないと難しいと思います。
![](https://president.jp/mwimgs/3/f/-/img_3f5d8f84a96a9139cf9f070b881784c2149586.jpg)
しょぼい店は、人柄が一番の商品です。ちょっと休憩がしたいだけならチェーン店のカフェに行きますし、高級なものが食べたければ一流レストランに行きます。しょぼい店はそういうところと競争してはいけません。安売りと長時間労働は大資本だからこそできることであって、僕たちはそもそもそういうフィールドで競っていないんだと、以前モーニング営業をして失敗したことから痛感しました。
しかし、画期的なアイディアや商品は必要なく、とにかく機嫌のいい人であり続ければ、徐々にではありますが、人は集まってくることも学びました。「みんなに好かれろ」とは言いませんが、イライラした態度を外に出さないように自分の機嫌を自分でコントロールするのが、しょぼい店を運営していく上ではすごく大事なのだと思います。
ランニングコストを抑えれば、少し失敗したくらいで店は潰れません。とにかくいろいろ試してみてください。試してみて、いけそうだったらどんどんやって、だめそうならサッとやめる。この繰り返ししかないんじゃないかと僕は思います。
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「しょぼい喫茶店」店主
長野県生まれ。大学時代に就職活動に失敗し、自営業の道へ。インターネットで出資者を募り、2018年3月に東京・新井薬師に「しょぼい喫茶店」という名の喫茶店を立ち上げる。本書が初の著書。ツイッター:@emoiten
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(「しょぼい喫茶店」店主 池田 達也 写真提供=しょぼい喫茶店)
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