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穴開け加工の名人"あえて買収された"ワケ

プレジデントオンライン / 2019年5月3日 11時15分

精巧な穴加工技術を持つ岐阜・可児市のダイニチは過去5期で売り上げが6割近く上昇している。確かな技術を持ちながら、それが利益に結びついていたとは言い難かった同社が、なぜ驚異のV字回復を遂げたのか。兵庫県立大学大学院の中沢孝夫客員教授が解説する。

■髪の毛より細い穴を正確に開ける技術

製造業に従事する中小企業の多くは、部品や素材を加工するBtoB。一般の消費者には馴染みが薄いが、それで重要度が下がるわけではない。

ここで紹介するダイニチもその1つだ。“吹けば飛ぶよな”極小の部品を作る同社の現場を見ていると、その超微細・精密な加工能力に驚く。

例えば、現代医学に欠かせない医療機器である極細の管・カテーテル。その部品の直径0.5ミリの素材に開けられた0.02ミリの穴――髪の毛よりずっと細い穴を滑らかに正確に開ける技術は、ダイニチの真骨頂の1つだ。

機械組み立ての下請けだった約30年前、精密加工の独自技術をさらに極めれば武器になる、と気付いたのは当時の下村尚之社長(現会長)だ。きっかけは、ふと見かけた盆栽だった。「小さくできる技術には付加価値がつく。これこそが日本が世界で勝負できる技術だ」と閃いたという。

そこから一貫して磨かれてきたダイニチの高度な精密加工技術が生かされているのは、カテーテルや内視鏡(腹腔鏡)を使った検査・手術・治療の最先端の現場である。

極小の穴を開けるマイクロドリル(写真上)。微細な製品の数々。(同下・左から)尿管用の内視鏡のキャップ、カテーテルの繋ぎの箇所や先端の部品等々、医療用機器関連が多い。

かつては患者の胸部・腹部を10センチ、20センチと切り開いていた外科手術も、今はカテーテルや内視鏡の挿入のために10ミリ、20ミリの穴を開けるだけ。患者の負担は大幅に軽減された。大動脈弁や僧帽弁の人工弁への置換や、バイパスの手術などは開胸手術が必要だが、その手術もセンサー技術、画像技術などを駆使した各種医療機器の発達に助けられている。ダイニチはカテーテルや内視鏡関連だけでなく、脳神経外科の手術で使う「超音波メス」の加工技術も得意としている。

外科医や内科医の技術・技能は、こうした医療機器の進化とともに格段に進化してゆくが、それは医療機器を構成する無数の部品を担うダイニチのような部品メーカーの、素材の加工能力の向上があってこそだ。

日本をはじめ米国、中国の特定の医療機器メーカーからの受注生産が主で、それ以外にも半導体製造装置の部品や航空機、自動車、空圧・油圧部品等、さまざまな精密加工にも取り組んでいる。基本はやはり「穴を開ける」技術。さらにはその穴の内面をミクロン単位の公差でつるつるピカピカの表面に仕上げる高度な技術を生かす。

■あえて買収されて、本筋に注力する

そんなダイニチは資本金1550万円、従業員23人の中小企業だが、売り上げは4億2166万円(17年12月期)。賃金はあえて記さないが、大手と比べても遜色ない。

ただ、以前はそうではなかった。

現社長の井上寿一氏は、大阪の部品商社・井上特殊鋼の社長を兼ねる。井上特殊鋼は未上場の中堅企業だが、アセンブリメーカーとしての高い技術力と、マーケティング力のない町工場とのネットワークを編む組織力とを併せ持つ独特の強みがある。

利益の計上に四苦八苦。一般向けに作ったビールジョッキなどの自社製品も売れゆきが芳しくなかったダイニチは12年秋、その井上特殊鋼に買収された。

後継者不在の会社としてM&A仲介会社の打診を受けた井上氏のダイニチ評は、「技術は突出して素晴らしかったが、発注側とのマッチングがうまくなされていなかった」。もっとも、当時は井上特殊鋼に在籍していた谷佳憲・現ダイニチ常務は、「将来性のある医療機器分野への進出が期待できる」ことに注目した。

■勝ち残りのためにありとあらゆる知恵を絞らねばならない

顕微鏡で見つつガンドリルの刃先を磨く(写真上)。国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」の動物実験でダイニチ製注射針が使用されたため、JAXAからバッジが贈られた(同下)。

「一般に中小企業が弱いのは、営業力・交渉力。広い視野と情報収集・分析力に欠け、見積もり依頼があっても、せっかく開発・蓄積した『現在の技術』を『価値』として売り込むことができず、時間あたりの加工費用を見積もりの基準にしてしまう」(井上氏)

その点、井上特殊鋼は、中小企業の各工場の持つ技術・技能の「力」の意味を客観的に把握し、製造を依頼する会社との間に立ち、適正な価格設定を提示できる。

そのコンサルティング能力を信頼した下村氏が決断した。山田修平工場長は、「突然のことで社員は不安がったが、井上特殊鋼側は好意的に接してくれました」と当時を振り返る。

「実績が思うように上がらなかった1年目は辛かったが、2年目に『小さな穴から大きな未来へ』という現在の方向性に沿った営業・設備投資と人員の配置換えを断行。業績も勢いよく上がり始めました」(谷氏)

こうしてダイニチは、経営資源を「穴開け」加工という“本筋”に注力。自らの「価値」をマーケットに堂々と問える企業に生まれ変わった。

企業は、勝ち残りのためにありとあらゆる知恵を絞らねばならない。あえて買収される道を選んで、得意の“本筋”に注力するのも、その立派な知恵の1つだろう。

会社概要【ダイニチ】
●本社所在地:岐阜県可児市
●資本金:1550万円
●売上高:2012年度2億6668万円、17年度4億2000万円
●従業員数:23人
●社長:井上寿一(1958年生まれ。慶應義塾大学卒業。12年より現職)
●沿革:1948年創業。「精密複合加工」「微細穴加工」「精密深穴加工」「円筒ホーニング加工」の4種類の加工技術。12年井上特殊鋼グループ入り。

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中沢孝夫
兵庫県立大学大学院客員教授
1944年、群馬県生まれ。全逓中央本部勤務を経て立教大学法学部卒業。福山大学経済学部教授などを経て現職。約1200社のメーカー経営者や技術者への聞き取り調査を実施。具体的なミクロの経済分野を得意とする。著書に『世界を動かす地域産業の底力』『中小企業新時代』ほか。

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(兵庫県立大学大学院客員教授 中沢 孝夫 構成=中沢明子 撮影=山口典利)

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