オリックスCEO"裁判官にかました言葉"
プレジデントオンライン / 2019年5月6日 11時15分
■上司に怒られ、しぶしぶと勉強
入社した1975年、その年に新設された国際部に配属になりました。びっくりしましたよ、英語なんて全然できなかったから。当時、海外からの電話はピッと独特の音が鳴るからわかるのですが、その音が鳴るたびにドキッとして、針のむしろ状態でした。
ある日、書類1ページ程度の英文を訳すのに手こずっていたら、部長から「井上君、君、英語は?」と聞かれて、「全然できません」と言ったら、「じゃあ、なんでうちに来たんだよ」と。「そんなの人事に聞いてくださいよ」って返しました(笑)。社内の英語試験でも、受けた40人のなかでたしか40番目でした。
もう国際部にいたくない。そう思っていた入社3年目、船舶関連事業を行うペルサス・シッピング(現オリックス・マリタイム)に出向することになりました。オリックスはもともとリース事業から始まった会社ですが、当時はリース物件をOA機器から船舶、航空機へと広げているときでした。
もう英語を使わなくて済む。そう思っていたら、なんのことはない、こっちのほうが英語を使うんです。船員の手配、売船の交渉、ぜんぶ英語でやらされました。というか、やらざるをえなかった。ブロークンイングリッシュでどうにかやりとりしていました。
そんななか、81年に香港の現地法人で欠員が出て、なぜか僕に白羽の矢が……。初の海外赴任は苦労の連続でした。
あるとき、お客さまのところに打ち合わせに行ったら、お客さまがいないんです。そしたら、うちの会社から連絡があって、「お客さまがこちらに来ていますよ」と。まともにアポをとることすらできませんでした。
それでも、英語が拙いことによる失敗はこれくらいでした。それは事前に手を打っていたから。「僕は英語ができないから、おかしいことがあったら遠慮せずに指摘してくれ」と皆に言っていたんです。だから周りも僕も慎重になる。弁護士と契約書について打ち合わせをすると、必ずあとからこういう話をしたよね?という確認のファックスが届きました。そのころはかえってミスが少なかったかもしれません。
赴任後も特に英語を勉強せずに過ごしていたのですが、ある日とうとう、本社の上司から「いい加減、勉強しろ」と言われてしまって。しぶしぶ自費でニュージーランド人の英語教師を雇い、毎日勉強しました。料金は安かったのですが、毎日だから、月に10万円くらいかけたかな。
それから香港駐在のおよそ1年半の間、ずっと英語漬けで過ごしました。うちに帰ると英語のテレビをつけっぱなしにして、寝ているあいだもつけっぱなし。ビジネスに直結する英語なら、やはりCNNやBBCなどのニュースを流すのが一番ですね。あとは、「ウォール・ストリート・ジャーナル」などの英字新聞や英語の契約書を、ひたすら声に出して読んでいました。
実は、この「声に出して読む」ことが、一番効果的でした。5回くらい、暗記するまで繰り返し声に出して読んでいると、半年ぐらいしたら自然とフレーズが出てくるようになるんです。気づけば、日常的な会話もできるようになっていました。
英語しか話さなかったのもよかったのだと思います。海外に赴任すると駐在員同士でつるみがちですが、僕は必要がない限り、なるべく日本語で話さないようにしていました。
■英語を習得する3つの近道
その後、同じく船舶関連事業を行うギリシャの現地法人に転勤することに。そこでさらに英語力が培われました。
ギリシャではロンドンにいる弁護士と仕事をしていたのですが、電話で、契約書の内容について専門用語を使って話すわけです。電話は表情で伝えられないぶん、難しい。スムーズにしゃべれるよう、分厚い英語の契約書を暗記するくらい読み込みました。それを赴任中の5年間、やり続けたんです。
当時は海運不況の真っ只中。不良債権を巡って裁判所に出廷したこともありました。ギリシャの裁判所で聖書に宣誓しろと言われたときには、「I'm a Buddhist. I don't tell a lie(私は仏教徒だから嘘をつかない)」などと裁判官にかましました。英語でのストロングスタイルな交渉術もこんな感じで身につけていったように思います。
でも、自分の英語力の上達を一番実感したのは、帰国後でした。
本社でプライベートエクイティの仕事をしていたときのことです。買収した会社の株式を第三者に売る局面が出てくるわけですが、下手な英語で売り込んでも、誰も買わないわけです。質問があったら即座に答え、時には冗談も交える。黙ったらダメ。日本にいましたが、本当の意味での英語力はここで発揮されたと思います。
日本を拠点に海外との取引にしばらく従事したのち、40代前半のころ、再び海外に赴任することになりました。今度はアメリカ、ロサンゼルス。そこで新たな壁にぶつかりました。英語の発音がまったく伝わらなかったんです。
■グローバル企業の中で一番英語を習得すべきは経営者
それまでの香港やギリシャでは、英語が母国語の人がそんなにいなかったので、発音が悪くてもお互い理解し合おうとしていました。でも、アメリカ人相手だとそうはいかない。僕が「シップファイナンス」と言えば「sheep(羊)finance」に、「サンキュー」と言えば「sunk you(あなたを沈めた)」と言ったと思われました。アメリカ英語の発音には苦労しましたよ。
でも、ロスでの4年間があったからこそ、生きた英語を自分のものにすることができた。CEOとなったいま、重要な契約を結ぶときも通訳は介しません。たとえば買収の案件があるとします。買収先の企業の社長の質を見極めるためディナーをして、トータルで3~4時間くらい話しますよね。その限られた時間の中で互いの人間性を確かめ合わないといけない。何気ない会話の中にも駆け引きがある。それは通訳を介してはできないことなんです。そういう意味で、グローバル企業の中で一番英語を習得すべきは経営者です。
グローバル企業で働く日本人を見て感じるのは、しゃべらない、ということ。英語を習得するうえでの近道は、まず無口はダメ。それから恥を忘れる。プライドを捨てる。この3つさえクリアできれば、英語はすぐに覚えられます。この3つは日本人が苦手なことであり、プレゼンテーション能力にも直結することです。
日本人は真面目一辺倒になりがちですが、ビジネスを円滑に進めるには場の空気をつかむことも必要です。そんなときに役立つのが、気の利いたジョーク。最後に私が最近よく使うものをお教えしましょう。
「My English is too poor to understand the speech of previous presidents, but I can easily understand the Trump's.(英語が苦手で、これまでの米国大統領はスピーチで何言っているかさっぱりだったけど、トランプはわかりやすいね)」
これで、つかみはOKですよ。
○ 分厚い英語の契約書も暗記するくらい5回音読
× 海外駐在の日本人と現地の日本食店に入り浸る
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オリックスCEO
1952年生まれ、東京都出身。中央大学卒業後、75年オリエント・リース(現オリックス)入社。香港、ギリシャ、米国に駐在した。2006年常務、09年専務、10年副社長を経て、11年に社長。14年にグループCEO。
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(オリックスCEO 井上 亮 構成=辻 枝里 撮影=村上庄吾)
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