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「朝6時に挨拶儀礼」私立教員の劣悪待遇

プレジデントオンライン / 2019年4月23日 9時15分

教師たちが提出した「傘連判状」(画像提供=今野晴貴)

2019年1月7日、東京都千代田区の私立高校・正則学園高等学校の教員25人がストライキを行った。毎朝6時から行われていた理事長への「挨拶儀礼」を拒否したのである。なぜ教員たちはストに訴えたのか。NPO法人POSSE代表で、雇用・労働政策研究者の今野晴貴氏が解説する――。

■中学校での「勧誘の業務」も課せられる教員

今年の1月7日、東京都千代田区にある正則学園高等学校という私立高校の教師たちが、個人で加入できる労働組合「私学教員ユニオン」に加入し、ストライキを行った。また、1月11日には、東京都文京区にある私立高校、京華商業高等学校の非正規教員2人が同ユニオンに加盟し、1月18日にストライキを行っている。

昨年度末にかけて、私立学校の教師たちが相次いで労働争議を起こしていたのだ。このことはメディアでも大きく取り上げられたが、問題の本質に触れる報道は少なかった。なぜ今、私立学校で問題が起きているのだろうか。本記事では、私立学校の教員のストライキが相次いだ背景を探っていきたい。

ストライキが相次いだ第一の背景には、人員削減の結果、私立学校の正規教員たちに多様な業務が課されることによって生じた過重労働の問題がある。例えば、私立学校では、多くの生徒を獲得するために他校との差異化が図られ、中学校などでの勧誘の業務が教師に課されるようになっている。

また、進学実績を上げるために補習の実施が求められることも多い。その結果、一人の教員が担当する授業が増えているにもかかわらず、教員の増員はされない。むしろ、人員が削減されるなかで新たな業務が課されている場合が多いのだ。

■私立学校が抱える「教員の非正規雇用問題」

第二の背景に、私立学校に広がる教員の非正規雇用問題がある。冒頭で触れた京華商業高校のストライキは、年度いっぱいでの非正規教員の雇止めに反対して行われた。また、私学教員ユニオンは3月8日、非正規教員への不当な雇い止めを問題に、安田学園中学校・高等学校に団体交渉の申し入れを行っている。

「教育」という極めて重要な社会の基盤が、低賃金・細切れ雇用の非正規教員により支えられている……。違和感を抱く方は少なくないはずだ。

このような正規教員の過重労働と非正規教員の低賃金・不安定雇用の問題の両方が原因となってストライキが起きたのが、冒頭に述べた正則学園高校だ。

■1日の労働時間は「約14時間半」に及んだ

同校の専任教諭(正規教員)の長時間労働は、過労死ライン(月80時間残業)を優に超える月100時間以上であった。朝6時半頃から夜9時頃まで休憩もなく働き、1日の労働時間は約14時間半。帰宅時間が終電間際になったり、学校に泊まり込んだりする教員もいたという。

長時間労働の結果、精神的余裕がなくなり、体調を崩してしまう教員も続出した。このような状態では、生徒に対して十分な教育やケアを行うことは難しくなる。

その上、早朝6時半からの理事長への「挨拶儀式」が義務付けられており、さらに教師たちを疲弊させていた。この「儀式」は、数十人の教職員全員が理事長室の前の廊下に一列に並び、一人ひとり理事長に挨拶をするというものであった。

また、同校は非正規雇用の問題も抱えていた。非常勤講師の賃金は授業時間1コマに対して約2000円のみで、授業以外の授業準備・教材研究、試験作成・採点、講習などはすべて未払いだった。

ほぼフルタイムで働いても、月の手取りは15万程度で、最低賃金水準の収入であった。その上、私学共済(私立学校の教職員を対象とした健康保険と年金の制度)には加入させず、一年ごとの有期雇用契約で、将来の見通しが立てられない状態にあった。

このような不安定な待遇に置かれ、十分に教育に集中することができるのだろうか。疑問を感じざるを得ない。

■理事長への早朝の「挨拶儀礼」を拒否

正規教員の過重労働と教員の非正規化が「教育の質」を低下させ、生徒の教育に悪影響を与えていることは、現場の教師たちにとって明らかであった。このことこそ、正則学園高校の教師たちが立ち上がりストライキに踏み切った一番の理由だったという。

こうした問題を改善するため、教師たちは私学教員ユニオンに加入し、ストライキを行った。具体的には、上述した理事長への挨拶儀礼を拒否したのである。

もしこの儀式がなければ、授業の準備や教材の研究、生徒のフォローなど、さまざまなことに時間を使える。この「無益なサービス労働」の強要に、教師たちの我慢は限界を超えていたのだ。なお、このストライキには教員25人が参加し、授業などには影響をだしていない。

教師たちは、単に自分たちの待遇改善を求めているのではなかった。「理事長のためではなく生徒のために時間を使いたい。そのために学校の体質を改善したい」。このような想いこそ、彼らがこのような行動に出た理由なのである。

■農民一揆の手法「傘連判状」を提出

ストライキの結果、私学教員ユニオンは、団体交渉で次の成果を獲得した。

・早朝の理事長への挨拶儀式の廃止
・非正規教員の来年度の雇用延長
・非正規教員の無期雇用への転換制度の創設
・非正規教員の私学共済への加入
・正規教員の減額されていた賞与の過去二年間分の支払い、今後の賞与の全額支払い
・正規・非正規ともに、不払い残業代の過去二年分の支払い、今後の残業代の全額支払い

これらは、組合結成とストライキ決行から1カ月間で勝ち取った内容としては、非常に大きな成果だといえるだろう。

取り組みの過程で、ネット上で注目を集めたのが、教師たちが提出した「傘連判状(からかされんぱんじょう)」だ。傘連判状とは、江戸時代の農民一揆において用いられた手法であり、誰が首謀者かを分からないように円形で名前を連ねた陳情書のことだ。歴史の教科書で見たことがある人も多いだろう。

この手法を用いて、学校側の報復により特定の個人が攻撃されるのを回避しようとしたのだ。この傘連判状には、職場の3分の2以上の一般教員があつまって署名したという。正規・非正規の「垣根」を超えてこのような取り組みが進められたところにもまた、大きな意義があるといえよう。傘連判状は、正規・非正規の連帯を象徴するものでもあった。

■良好な教育環境の提供は「社会全体」の課題

以上のように、私立学校でストライキが相次いだ背景には、教員の過重労働と非正規化による「教育の質」の低下、そして、それをなんとか改善したいという教師たちの想いがあった。このような想いが伝わり、教師たちの行動には、多くの同業者からの共感の声や世論による後押しが寄せられた。

子供たちに良好な教育環境を提供することは、すべての人に関係する、社会全体の課題だ。それゆえ、先生たちが問題を告発すれば、社会もそれに反応し、支援してくれるのだ。

そして、ひとたび教員のストライキが社会的に注目されるようになると、それに勇気づけられた同様の動きが次々と出てくるだろう。というのも、ここまで述べてきた、教員の労働条件の悪化に伴う「教育の質」に低下は、一部の学校ではなく、多くの学校に広がっている問題だからだ。だからこそ、個別の学校の問題に終わらせず、業界全体の改善を目指すことが求められる。

■安田学園中学校・高等学校にも団体交渉の申し入れ

実際、私学教員ユニオンは、3月8日に、新たに安田学園中学校・高等学校に団体交渉の申し入れを行ったという。ここでも、非正規教員への不当な雇い止めの問題が中心となっている。同学校の問題と団交の経緯については同ユニオンのウェブサイトに詳しい。

同じような問題を抱えている先生はきっとたくさんいるのだろう。

上に紹介した正則学園高校の事例のように、労働組合(ユニオン)では、働き手の想いや要望に基づいて、職場内のさまざまな問題について使用者と交渉することができる。以下に、今回紹介した私学教員ユニオンをはじめ、労働相談窓口を記しておいた。ぜひ、不当な環境に泣き寝入りをするのではなく、一度相談をしてみてほしい。

<無料労働相談窓口>
私学教員ユニオン
*私立学校で働く教員で作っている労働組合です。多数の学校に組合員がいます。正規・非正規にかかわらず、一人からの相談にも対応します。
NPO法人POSSE
*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。
総合サポートユニオン
*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。
仙台けやきユニオン
*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。
ブラック企業被害対策弁護団
*「労働側」の専門的弁護士の団体です。
ブラック企業対策仙台弁護団
*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

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今野晴貴(こんの・はるき)
NPO法人POSSE代表/雇用・労働政策研究者
1983年生まれ。仙台市出身。2006年、若者からの労働相談を受け付けるNPO法人「POSSE」を設立し、以来代表を務める。年間約3000件の労働・生活相談に関わる。また、相談事例から日本の労働問題について調査・研究、政策提言を行っている。著書に『ブラック企業』(文春新書)、『生活保護』(ちくま新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)など多数。発信媒体に雑誌『POSSE』、Yahoo!ニュース 個人オーサ―、共同通信社連載・「現論」など。博士(社会学)。

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(NPO法人POSSE代表 今野 晴貴 画像提供=今野晴貴)

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