外資金融でリストラ2回、どう糧にしたか
プレジデントオンライン / 2019年4月21日 11時15分
■就職活動で「女性」であることを痛感
「就活のときに、女性だというだけで、どうしてこんなに理不尽な思いをするんだろうと憤っていました」
のんびりとした校風の女子校で青春時代を過ごし、東京大学に進学した井出さん。男性の多い大学ではあったものの、特に性別によってハンディを感じることもなく学生生活を送っていた。
井出さんが「女性」であることを痛感したのは就職活動を始めてから。時代は就職氷河期の真っ只中だった。国際協力関係の仕事がしたいと考えていた彼女が、ある日系大手金融機関の説明会に赴いたところ、そこで訊かれる質問は「出産したら仕事はどうするの?」といったことばかり。男性には「どんなことがやりたいのか」「大学で何をやってきたか」と質問するというのに、女性には何より先に“結婚出産で辞めないのか?”という確認をしてくるわけだ。
同じ説明会で、ある女性社員は井出さんに「この会社は女性の総合職の枠が1人しかいないの」と告げた。「女性自身が女性の採用数の少なさをあたり前のように言うことの救いようのなさ。なんと理不尽なんだろうと感じました」。
■日系企業に嫌気がさしてゴールドマン・サックスへ
そんなもやもやを抱えていた大学3年の3月、米ゴールドマン・サックス(以下、GS)の日本法人が開催した「スプリング・ジョブ」という就活生向けのイベントに参加。そこでは、発表した成果や、どんな仕事をしたいのかしか質問されず、日本企業で感じた理不尽さはみじんも感じなかった。その点に好感を持ち、かつ日系企業に辟易していたことから、英語も大して話せないのに就職を決めてしまったのだ。
とはいえ、GSといえば、外資の中でも「ガツガツ系」で有名な企業だ。友達にも「本当に大丈夫?」と心配され、入社が近づくにつれ不安が高まった。
予感は的中。企業分析をし、投資家に情報を提供するセルサイドアナリスト(証券会社など株を売る側のアナリスト)の部門に配属され、アナリストの補佐をすることになったが、降ってくる仕事を回すので精いっぱいの日々。創意工夫をしながら業務にあたる余裕はなかった。
■仕事を続けていく自信がもてなくなった
この仕事に適正がないかもしれないと悩んでもいた。「もともと、強く主張したり説得したりすることが苦手なタイプなので、なかなか株を買ってもらうことができないことが課題でした」。
同社は3年経てば昇進の有無が見えるのだが、昇進どころか仕事を続けていく自信がまったくもてず、上司に「忙しいのでやめたい」と申し出たこともある。そのときは引き留めてもらえたが、いつかこの会社を辞めることになるんだろうな、と思いながら仕事を続けていた。
そんな不安を抱えつつも、アナリストからさらに上のアソシエイト職へと昇進し、自動車部品セクターを担当していた2008年のこと。
市場の悪化が顕著となり、社内の空気は最悪。井出さんは対象外だったが、冬休みの前に大規模なリストラが行われ、ごっそりと人が辞めさせられた。
■突然の内線電話
そして、翌年2月のある朝、知らない内線番号から、調査部長が「会議室に来てほしい」と電話をかけてきた。嫌な予感がした。会議室で告げられたのは、「1時間以内に荷物をまとめて」という一言。困惑の中、引き継ぎをしなくてはと同僚と話していたら、早く出て行ってと追い討ちをかけられた。
確かに、評価は下から数えたほうが早かった。納得できなくはない。それでも、なぜ私だったんだろう――やりきれなさがこみ上げてきた。その一方で、仕事に追い立てられてきた毎日から「これで解放される」と安堵していたのもまた事実だった。
GSのセルサイドアナリストといえば、業界内では頂点に等しい。リストラされたとはいえ、その立場から他社に同職種で転職する気にはならなかった。そんな時、以前担当していた顧客であった外資系の投資顧問会社から「バイサイドアナリスト(資産運用会社に所属する証券アナリスト。株を買う側になる)を探しているので来てほしい」とスカウトされた。アナリストランキングなど、自分の名前が外部には出なくなることに一抹の寂しさは覚えたが、もともと前に出て行くタイプの人間ではない。新天地としてここを選んだ。
■天職に出合い、結婚もした矢先……
この転職は大正解。企業分析には長けていたため、ファンドマネジャーへのアドバイスがことごとく役に立ち、投資成績も抜群に良かった。「これが天職だったんだ」と実感し、自信を強めていく。バイスプレジデントとして十分な成果を上げ、見合う評価も得ていった。
転職後に井出さんは結婚。「妊活もしなくては」と思い描くライフプランを着々と進めており、仕事と家庭の充実を感じていた。
そんなあるとき、自分の成果と裏腹に、米国本体の屋台骨だったあるファンドのパフォーマンスが著しく悪化し、資産の流出が止まらなくなっていた。その止血のため、2012年ごろから海外支社のリストラが始まり、日本支社でもチームの何人かが退職勧奨を受け、雲行きが怪しくなり始めた。
そして、ある日突然「日本支社を閉鎖することになった」と告げられた。人生で二度目のリストラだった。
ただ今回は、期待されるパフォーマンスが出せていなかった前回とはわけが違う。結果は出してきた。なのに、会社の都合でまた仕事を辞めなくてはならなくなったのだ。「自分のライフプランを台無しにされた」という怒りを抑えきれなかった。
■子どもをあきらめなければならないかもしれない
「これから子どもを持ちたいと考えていた矢先のことでした。アナリストの仕事は、成果を上げて新しい顧客から信頼を得るには数年かかります。その前に産休に入るようなことは避けたいというのが私の考えでした。これまでのキャリアをつないで同じ職種であと数年、結果がでるまでは……と考えると、子どもをあきらめなければならなくなるかもしれない。とても悩みました」
男性であればこんな悩みを持たなくて良いのに、と就活の時に感じた理不尽な思いが、またここでよみがえった。女性であるだけで、どうしてこんなに苦しいのか。行き場のない怒りだった。
しかし、足踏みしている暇はない。転職活動を急ぐが、当時は日経平均株価が8000円台にまで落ち込んだ時期。転職はとても厳しい状況だった。IRや財務、ヘッジファンドなどの打診があった中、たまたまボストン・コンサルティング・グループ(以下、BCG)の情報収集を行うナレッジチームでコンサルティングをやらないかと連絡が入った。
同じ職種ではないが自身のバックグラウンドが活かせると同時に、BCGは女性が出産後も働き続けやすい環境を整えることに前向きで、その点を強調されたことにも心を動かされ、ジョインを決めた。
■タクシーを飛ばしてお迎えへ
採用されたのち、しばらくして妊娠。1年働いて産休に入り、復帰後は時短勤務で働いた。保育園は夫の企業内保育所にしか入れず、タクシーを飛ばして迎えに行かなければならないほどタイトな生活だった。
多忙を極める日々の中、心の支えになったのは、社内で増えてきたママ友の存在だ。
「どれだけ周りの人に理解があったとしても、育児と仕事との両立の大変さはやってみないとわからないところがあります。集まって話す機会ができてきて、『普段の食事作りってどうしてる?』とたわいもない会話の中で料理の話題になることが増えていったんです」
ようやく見つけた人生の「戦友」たち。起業の「き」の字も頭になかった井出さんは、ここで人生を変える発見をすることになる。
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シェアダイン 共同代表
1978年、高知県生まれ。2000年、東京大学経済学部卒業後、ゴールドマン・サックス証券に入社。09年アライアンス・バーンスタイン、12年ボストン・コンサルティングを経て17年シェアダイン創業。
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(井出有希 文=藍羽 笑生)
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