"どんな患者も断らない"救急病院の働き方
プレジデントオンライン / 2019年5月7日 9時15分
■救急車での患者の受け入れ数が日本一の救命救急センター
神奈川県の湘南鎌倉総合病院は、救急車で搬送される患者の受け入れ数が日本一多い。一般的な救命救急センターの受け入れ人数は年間約5000人。その3倍近い年間約1万4000人を受け入れ、多いときは10分に1台の救急車が到着する。患者の「たらい回し」が問題視される今、このような病院は稀有だろう。
このER(救命救急センター)を率いているのが40歳の山上浩さんだ。ポリシーは「絶対に断らない」こと。20名の医師と4人の専属救命士がいるほか、総合内科や一般外科とも連携し、病院一丸となって臨機応変に動くことで「受け入れ数日本一」を実現した。
3月24日放送のドキュメンタリー番組「情熱大陸」では、「運ばれてきた患者は100%受け入れる」という信条を持つ山上さんに密着した。
■「カラオケ、何歌ったんですか?」
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この日、運ばれて来たのは90代の女性。自宅の階段で足を踏み外して頭を打ち、額に大きく傷口が開いていた。
【看護師】「はい、洗いますね~。大丈夫ですか?」
外科医を煩わせることなく、山上は直ちに自分で傷の縫合を進める。
【山上】「難しいなぁ……」
難しいと言いつつ、あっと言う間に30針の縫合を終えた。搬送されてくる患者は圧倒的に高齢者が多い。次に運ばれてきた90代の女性は、カラオケ店で転倒し足を骨折した模様だ。高齢者の搬送は骨折によるものが最も多い。
【山上】「カラオケ、何歌ったんですか? ちなみに一番得意なのは何です?」
【患者】「君が代」
あははと、場が和む。ヒリヒリするような現場にあって終始穏やかな自然体。「どんな状況でも全ての患者を受け入れる」山上がそう決めた理由は、過去の苦い経験にある。
■当直で痛感した「医師としての非力さ」
1979年福井県でサラリーマン家庭に生まれた山上さんは、福井大学医学部在学中に自身が不整脈を患ったことから、心臓を診る循環器内科医を目指した。だが卒業後、内科医として当直勤務をする中で、医師としての非力さを痛感したという。
【山上】「当直していると、子供のケガや交通事故の救急要請などで救急車から受け入れを依頼されることも多かったんですが、内科医の僕には子供のケガも診ることができなくて……。あの当時は救急車を断っていたんです。でも、このままじゃダメなのかなと。僕が考えている医者というのはそういう医者じゃなかった」
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■救急救命士が受け入れの窓口対応をする
一念発起して現在の病院に移り、救命救急の世界に身を投じた。
そして、救命救急医としての経験を積みながら、患者を断らないためのシステム作りに着手したのだ。まずは過酷な職場になりがちな救命救急の最前線に3交代のシフト勤務を導入し、8時間勤務を守るように徹底した。その結果、男性医師が多いERとしては珍しく、所属する20人のうち6人が女性医師だ。「救命救急に男女の能力の差はない」という考えで、数年前から積極的に女性を採用してきた。
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加えて、本来は消防署に勤務しているはずの救急救命士を病院で独自に雇用し、患者受け入れの窓口対応を任せた。他の病院では医師が窓口対応するのが一般的だが、医療の知識も備えている救急救命士が担当することで、医師は治療に専念できるようになったのだ。こうしたシステムは全国でも珍しいという。
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さらに、救急では手に負えない重篤な患者を迅速に治療できるよう、他の科の専門医が24時間体制でバックアップしている。こうした体制づくりが功を奏し、湘南鎌倉総合病院の救命患者の受け入れ数は格段に向上した。
■「延命措置を望まない」患者が運ばれてきた
介護施設に入所している、80歳近い男性が運ばれてきた。元々重度の心臓疾患があり、認知症の進行も認められるという。心肺停止状態で、山上は直ちに蘇生に取り掛かる。エコーで確認しながら生還への道を探っていたところ、男性の妻と連絡が取れた。
状況は一変。妻は「回復の見込みがなければ、延命措置を望まない」という。高齢化が進む現在、このようなケースは決して少なくないそうだ。その後も手を尽くしたが、男性に蘇生の兆しは訪れなかった。
【山上】「……じゃあ、中止します……」
こんな時、山上は複雑な思いにとらわれるという。
【山上】「われわれの仕事としては救命第一というのは変わらない。ただ何でもかんでもやることが正しいかどうかっていうことですよね。それをご本人が望んでいるのか」
救命救急医は患者と向き合いながら、同時に世の中の現実とも向き合っていた。
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■「ブラック患者」も受け入れる
「絶対に断らない」山上のもとには、当然厄介な背景を背負う患者も運ばれてくる。食道静脈瘤破裂の42歳の男性だ。過去に他の病院で暴力行為があり、受け入れ先が他に見つからなかった。
【山上】「近隣病院では、いわゆるブラックリストと言って、問題のある患者として受け入れ先が無かった。うちが断ったら本当に行くところがなくなって命を落とす可能性がある……」
医学的には緊急事態だ。救急だけでは対処できないため、直ちに内科と消化器の専門医も駆けつけ、内視鏡を使った止血処置が始まる。
【患者】「あーーーーーーーーーーーーーー」
■スタッフの誰もがベストを尽くす
過去の行いはどうあれ今、命の危機にある患者。スタッフの誰もがベストを尽くしていた。出血箇所をゴムバンドで縛り、見事止血に成功。一段落すると同時に、大げさなほどのねぎらいの言葉をスタッフにかけていた。
【山上】「ありがとうございました、さすが!」
【女性看護師】「山上先生がやりたいことができる環境を作ってあげたいと思ってる」
【山上】「……看護師の鑑のような人ですね。だてに年取ってないですよね。あははは」
院内の誰もが山上さんを応援したいと思っている様子が伝わってくる。彼らのサポートや心意気に全幅の信頼を置いているからこそ、どんな患者でも受け入れられるのだろう。
深夜0時からの8時間勤務が終わると、妻が待つ家に歩いて帰る。ゆっくり休んでリフレッシュ。次の勤務は2日後、朝8時からだ。
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救命救急医
1979年福井県生まれ。福井大学医学部在学中に不整脈を患い循環器内科を目指したが、卒業後内科医として当直勤務をしていた時に、対応できる場面が極端に少ないことに気づき救急医に転向。2013年湘南鎌倉総合病院救急総合診療科部長。2018年から救命救急センター長に就任。妻と娘2人の4人家族で、趣味は山登り、ランニングなど。「どんなに忙しくても病院以外の自分の時間や家族との時間を確保することが大事。仕事ばかりしていると優しくなれないんですよ」と微笑み、過酷な現場でもどこかに温和さをにじませる40歳。
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(「情熱大陸」(毎日放送) 写真提供=毎日放送)
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