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金閣寺がまた焼失しても再建が難しいワケ

プレジデントオンライン / 2019年4月17日 9時15分

三島由紀夫『金閣寺』(新潮文庫)

火災で尖塔が崩落したパリ・ノートルダム大聖堂。マクロン大統領はいち早く再建を宣言し、国費投入を示唆した。日本政府も「要請あれば積極的に支援したい」と述べた。これに対し、ジャーナリストで僧侶の鵜飼秀徳氏は「政教分離の議論が不十分な日本では、東日本大震災後に再建できていない寺社が多数ある。また1950年に焼失した金閣寺は国宝だったので再建されたが、現在は国宝指定されていない。もし再焼失したとき、国費で再建されるかは不透明だ」と指摘する――。

■カトリックの殿堂・ノートルダム大聖堂が炎に包まれた

少し寝坊をした4月16日朝、NHKニュースをつけると目を疑うような光景が飛び込んできた。

フランス・パリにおけるカトリックの殿堂・ノートルダム大聖堂が炎に包まれ、シンボルである高さ約90メートルの木造の尖塔が崩れ落ちるシーンであった。

かつて私は10年ほど前にパリを訪れ、1週間ほど滞在したことがある。その際、ルーブル美術館も、エッフェル塔も、オペラ座も、凱旋門も、名所旧跡はあちこち見て回ったが、あえてノートルダム大聖堂にはあえて足を向けなかった。

その理由は、必ずパリを再訪することを誓って、「あえて楽しみに取っておいた」のだ。それが、かなわぬ夢となった。しかし、私の落胆などはパリ市民の悲嘆と比べようもない。世は無常だ、と思った。

火災から半日ほど経った頃、私はパリの知人に電話をかけた。彼女はノートルダム大聖堂から徒歩15分ほどの距離のアパートメントに住んでいて、自宅からも大聖堂の尖塔が見えるという。

彼女は「夜の7時過ぎに友達がうちにやってきて、その場で『火事だ』と知らされた。窓の外を見ると炎と煙が立ち上がっていて、目の前で尖塔が崩れ落ちていった。『あー、あー、あー』と声を上げている間に、あっけなく。街では泣いている人があちこちにいて、カトリックではない人も『辛い』と話している。パリ市民にとって、ノートルダムは『いつもある風景』。それを失ってしまった。永遠に残り続ける存在はないんだなと思った。しかし、パリのテロの時とは違う。今回は憎悪が生まれていない。世界中から励ましのメッセージが寄せられ、世界が優しくなったような不思議な気分でいる」と話してくれた。

私は本棚から2冊の本を取り出した。『燃える塔』(高樹のぶ子、2001年)、『金閣寺』(三島由紀夫、1960年)である。『燃える塔』では、こう描写されている。

「このZ聖堂は何年か前に、火災にあって焼け落ちてしまっています。見た目は西洋の石造りの教会に似ていましたが、内部が木造だったために、火の回りが早かったと聞いています。(中略)ソラーナ神父は、教会が燃え落ちて以来、再建に東奔西走中で、寄附をつのり、再建の同意を得るために、毎日駆け足で生きているような有様でした(以下略)」

本作のモデルとなったのは、山口サビエル記念聖堂(山口市)である。1991年9月5日、失火によって全焼した。戦後復興の最中の1952年に完成。2つの塔が象徴的な壮麗な教会で、山口のシンボル的存在であった。再建にはイエズス会や信者、地元の諸団体などが資金を拠出したという。多くは民間の寄付による再建であっただけに、資金集めの苦労が目に浮かぶようだ。火災から8年後の1998年に再建を果たした。

新聖堂は三角の屋根が特徴的で、旧聖堂のデザインとは大きく異なるものとなった。旧教会の完全なる復元を希望する市民からは失望と批判の声が上がったが、今ではすっかり町の風景に溶け込んでいる。文化財の指定がなされていなかったことで、建築デザインの変更が可能になったのだろう。

■1950年に全焼した「金閣寺」は国宝だったから国費で再建された

後者の『金閣寺』も、事実を基に描かれた小説である。1950年7月2日。その日は京都市民にとって悪夢となった。国宝鹿苑寺(ろくおんじ)の舎利殿(金閣)が、同寺に属する青年僧によって放火され、全焼したのだ。この衝撃的な事件は当時の知識人を刺激し、三島由紀夫や水上勉らが作品に取り上げるなどした。

三島は作品で、金閣の放火は、吃音などの生い立ちに悩まされた青年が、金閣という「美への嫉妬」を燃やし放火に至った、との解釈を示している。

金閣は当時、国宝の指定がなされていた。そのため再建には国の税金が投入されることになった。また、京都財界などをはじめ、全国からも寄附が集まり、金閣は火災から5年後には再建を果たしている。

金閣の場合、古い設計図を基にして正確に復元がなされた。しかしながら、「再建築」であることから、再建後は国宝の指定からは外れてしまった。ちなみに、同寺は世界遺産だが、金閣が単独で指定を受けているのではなく、鹿苑寺庭園全体としての登録である。

■ノートルダム大聖堂の再建にマクロン大統領は国費と投入示唆

今回のノートルダム大聖堂の再建はどうなるのだろう。

ノートルダム大聖堂
※写真はイメージです(写真=iStock.com/eugenesergeev)

マクロン大統領はいち早く、「われわれはノートルダム大聖堂を再建する。それが国民の望むことだからだ」と表明し、国費の投入を示唆した。わが国の菅義偉官房長官も会見で「フランス政府から何らかの支援要請がある場合は、日本政府として積極的に検討したい」と述べた。

2017年8月29日付ロイター通信の報道によれば、ノートルダム大聖堂の所有は国であり、修繕のために毎年200万ユーロの予算を計上していたという。さらに、カトリック教会パリ教区は独自に慈善基金「ノートルダムの友」を設立し、1億ユーロの修復資金調達に乗り出したと伝えている。大聖堂は国の所有であるために国費で再建築をまかなうことが可能という解釈が成り立つ。

今回の火災は世界的ニュースにもなっているので、世界中のキリスト教信者や企業や個人から多額の寄附が集まることだろう。したがって、ノートルダム寺院の再建は比較的短時間のうちに、達成されるのではないかと、私は現時点では楽観視している。

■菅官房長官の「支援表明」について首をかしげざるをえない理由

だが、菅官房長官の支援表明については、首をかしげてしまった。

私が3月13日付プレジデントオンラインで「復興後の“新しい街”に寺や神社がない理由」で述べたように、日本における宗教施設は「政教分離の原則」によって公的資金が投入できない現状がある。

ノートルダム大聖堂の場合、海外の宗教施設だから税金を使っても問題ないという解釈だろう。だが、宗教は国境の概念がない。日本が国家として、他国の宗教支援ができるという解釈は、これまでの日本の宗教政策の流れの中では矛盾が生じる部分があるようにも思う。一方で、ぜひともノートルダム大聖堂の支援をきっかけにして、日本の「政教分離」の議論につなげていってもらいたい、とも考える。今回の火災は、日本における政教分離政策にも一石を投じるものになると思う。

■日本以上に政教分離の原則が貫かれているフランス

フランスは、信仰の自由を保障すると同時に、厳格な政教分離(ライシテ)を敷く国家である。フランスはそもそもカトリック国家であったが、1905年に政教分離法が制定され、日本の政教分離政策にも影響を与えている。

政教分離法 第2条「国家はいかなる礼拝に対しても公認せず、賃金を支払わず、補助金を交付しない」(以下略)

きっかけは1789年以降のフランス革命である。それまでフランスでは、一部の聖職者は身分保障や租税免除などの特権を得て、国を支配(政教一致)。教会は戸籍管理などを担っていた。その構図は、徳川幕府における檀家制度に似ている。一方で、ユダヤ教やプロテスタントに対する迫害などが生じていた。

特権階級への財政支出などが災いし、財政難に陥っていたフランスでは、怒りが頂点に達した市民らが蜂起。自由・平等・博愛の精神をスローガンに掲げ、万民が暮らしやすい国家がつくられていく。その流れの中でとくに信教の自由(信教の自由を前提とする政教分離)が規定され、カトリック以外の宗派であっても個人の意思として保障されるべきものとされた。そうして、定められたのが先述の政教分離法だ。

これは、いかなる者であっても宗教の違いによる差別を受けることのないとする精神に基づくものである。

■あらゆる宗教を受け入れるために厳格なルールが定められている

そうした政教分離法(ライシテ)の精神に基づき、フランスでは2004年、公立学校においてイスラム教徒の女子学生が着用するヒジャブの着用禁止法が制定され、また、2011年には公共施設での着用も禁止する法律が施行されるなど、常に政教分離の議論が持ち上がる。法律では、電車、路上、公園、美術館などの公の施設で顔を覆うヒジャブの着用を禁じ、罰則も規定されている。

フランスは多くの難民を受け入れる寛容な国家である。その根底には、信教の自由を徹底して保障する体制がある一方で、あらゆる宗教を受け入れるために厳格なルールが定められているのである(建前の側面はあるが)。この法律は外国人旅行客にも適用されるというから、日本以上に政教分離の原則が貫かれていると言える。

そうした意味ではノートルダム大聖堂の復興に国家が関与していく方針は、「既存の宗教を守り、維持し、ひいては信教の自由を保障する」という理にかなったものという見方ができるだろう。一方で、教会の衰退が著しい同国にあって、ノートルダム大聖堂だけを特別扱いしているとの議論も今後、起きるかもしれない。

※写真はイメージです(写真=ullstein bild/時事通信フォト)

■国宝や文化財に指定されていない有名な寺院や神社が炎上したら?

政教分離の議論が成熟していない日本では、たとえば同様の事態(建築物の炎上など)が今後、有名な寺院や神社などで起きた場合、どうなるか? 文化財に指定されていれば国費の投入も可能だろうが、そうでない多数の施設はどうなるのか?

日本は、災害が多い国である。東日本大震災の被災地では、政教分離の原則によって地域の寺社が再建できず、宗教空白地帯が生まれている現状がある。結果、信教の自由が毀損されている。

ノートルダム大聖堂の焼失は悲しい出来事であるが、これをきっかけにして、政教分離の議論を広げていく必要があるように思う。

(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳 写真=ullstein bild/時事通信フォト 写真=iStock.com)

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